なぜ野球のトレーナーを志したのか?
今回は
私、谷本貴裕という人間について紹介させてください!
私は現在、
怪我に泣く野球選手を減らすために
予防に必要なコンディショニングの実施や発信、
パーソナルジムで一般の方々への予防に向けた取り組み(トレーニングや施術等)
のサポートを行っています!
私自身なぜトレーナーを志し、今に至るのか?
長くはなりますが、興味を持ってこのページを開けていただいた方は
読んでみてください!
学童期
小学校の時は児童数もかなり少なく、学年を超えてみんなで遊ぶことが多かったです。(今では廃校になってます)
身体を動かすのは得意で、休み時間や放課後はとにかく外に出て遊んでいました。
スポーツを始めたのは小学2年生の時で、仲の良い友達が野球をしているからというのを理由に、自分も野球を始めました。
父親がテニスをしていたので、最初はテニスをかなり勧められてましたが、自分でプレーしたり、テレビ中継を見たりする中で、かなり野球にハマっていきました。
好きな選手モデルのバットや手袋を買ってもらい、一丁前にモノマネしながらやっていました。
チームは弱小で個人成績もボロボロだったが、みんなで楽しく熱中できるスポーツに出会えて良かったなと思ってます。
ただやっぱりいっぱい勝ちたかった!笑
青年期
野球は中学、高校と継続していましたが、
とにかく怪我が多く、小学生の時は2度、中学で1度、高校でも1度肘を痛めました。
特に中学の時の怪我は、離断性骨軟骨炎という成長期に起こる肘の軟骨の怪我で、かなり症状も進行していて、約10ヶ月間ボールを投げることを禁止されました。
この時はさすがに泣いた。
中学、高校の怪我の時は、病院にも行きリハビリを受けました。
病院に行くと、周りには似たようなことをしている選手もたくさんいて、自分以外にもこんなに怪我している人たちがいるんだなという驚きがありました。
高校で進路について考える時間があり、自分は真っ先にリハビリ中に担当していただいていた方のことを思い出しました。
あの時自分が救われたように、今度は自分がサポートの側に立って、怪我に泣く選手たちを減らしていきたいと思いました。
また、サポートという立場で好きで続けていた野球にも携わっていきたい気持ちと、子供の頃から憧れていたプロ野球の現場で活動したいという気持ちが同時にありました。
理学療法士を志す
まだこの時は理学療法士という職業は知らなかったので、何をしたらなれるのか、図書館とかで調べてました。
ある日、選手をサポートする理学療法士の記事を見つけました。
その人は理学療法士としてプロ野球でも活動していたので
単純な自分は『これだ』と思いました。
そこから理学療法士の資格が取れる場所を探しまくりました。
場所はどこでも良くて、とにかく早く現場で活動していきたいという思いがありました。
いろんな養成校を探していましたが、
進学校であったこともあり、とりあえず国公立だと勧められ、
言われるがまま理学療法学科のある国公立を探しました。
学校選びの基準は、
県外に出てみたかったので、とにかく県外であることと、
二次試験の科目が少ないところ(勉強は最小限にしたかったからw)
でした。
とにかく早く受験を終わらせたいという思いが強かったです。
探していると、二次試験が面接だけという場所を見つけ、即決でこの学校(県立広島大学)を目指して勉強していきました。
大学では、スポーツだけではなく、脳や呼吸、循環器など幅広い分野の授業がありました。
『理学療法士ってこんなに勉強するんや』と衝撃を受けたのをよく覚えています。
3年生の後半になると病院での実習も始まり、いよいよ理学療法士としての本格的な準備が始まった。実習先は自分が行きたいと思う分野の希望を取って先生が選んでくれるというスタイルでした。
先生との面談のたびに野球に携わりたい、スポーツを仕事にしたいと言いまくっていた自分は、希望の欄にもスポーツ整形、外来などスポーツに関わっていけそうな分野をとにかく書きまくりました。
結果、見事に全てスポーツとは違った分野に行くことになりました。
実習先の方には失礼ですが、『なんでや』と思いながら実習までの日を過ごしていたのを覚えてます!笑
こんな思いのまま行った実習ではあったが、合計3箇所のお世話になった病院の患者様やスタッフの方々からは大切な3つのことを学びました。
・人をみるためにはどういうふうに考え対応していかなければならないかということ
・アスリートだろうが一般の方であろうが、一人の人であることに変わりはないということ
・人の人生に携わる仕事であるということに強い責任を持ってやること
自分にとって実習での経験が理学療法士としての在り方を考えさせられる貴重な時間となりました。
実習も終わり、就活の時期になった時、先生からプロ野球のトレーナーをしている人が知り合いにいるから一度会ってみるかと声をかけていただいた。
直にプロの現場で活動している方と会うのは初めてで、興奮半分、緊張半分でした。
その方がどのような経緯で今の場所にいるのか?
何をこれから自分はしてくべきなのか?
たくさん質問しました。
目標に向かっていくために自分は何をすべきか!
トレーナーの方から教えていただいたことも踏まえ、一度じっくり考え、まずは野球に限らず、たくさんの方をみることができる場所で幅広い視点を学ぼうと決心しました。
その時に学校の先生から、日本鋼管福山病院を勧めていただいたことがきっかけで、今の広島県福山市で活動をしています。
現在
そこからは野球選手だけではなく、一般の方々への治療にも多く携わらせていただきました。
最初の病院では3年間勤務し、
その後は整形のクリニックに移動し外来の方中心にリハビリを担当させていただきました。
病院やクリニックで勤務を続ける傍で、多くのご縁もあり、
少年野球や高校野球、社会人野球と野球の現場でトレーナーとして活動する
機会もいただきました。
ただこの時、病院やスポーツ現場を通して日々感じていたことがありました。
それは
『予防の重要性』
です。
怪我をした選手や患者様からよく耳にすることがありました。
それは
『痛み、病気で生活範囲が狭くなってしまった/プレーが思うようにできない』
『早くからカラダのケアをしておくべきであった』
『怪我をしてカラダの重要性に気付いた』
という意見でした。
私自身も怪我に泣いた経験があり、
この言葉が痛いほどわかりました。
このようなことを聞いたり、目の当たりにするたびに、
もっと早くから自分たちができることはなかったかのか?
と強く感じるようになりました。
クリニックに勤務し2年目、
理学療法士となって5年目の夏の終わりに、
以前から関わりのあったトレーナーの方から電話がありました。
内容は予防を目的とした
パーソナルコンディショニング施設をつくるから
働いてみないかという話でした。
予防を進めていきたいと感じていた自分としては願ってもないチャンスでした。
私自身、人生の節目となるタイミングや
チャレンジしたいことやりたいことがあるタイミングで、
本当に素晴らしい方々とのご縁に恵まれてきたなと実感しています。
ここから今現在も
『予防』を進めていくこと
野球に携わり貢献していくこと
プロ野球の現場にいくこと
を目標に現在もトレーナーとして、
怪我に泣く方や選手を減らしていくことを目標に活動真っ最中です!
これからも人の人生に携わる仕事であるという責任と覚悟を持ち、最高のサポートを提供できるよう精進していきたいと思います!
同じ思いの方はぜひ一緒に爆進していきましょう!!
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