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5章 モクレン館の誕生日会⑴

スイデンは、81歳の誕生日を迎えた。
杖は持ち歩いているが、杖なしでもスタスタと歩いている。
大きな体はしっかりして姿勢もいい。

モクレン館2階ホールで、5月生まれの誕生日会が開かれた。
祝・お誕生日 のパネルの下に、3人の入居者が並んで座った。参加者全員で「ハッピー・バースデイ」を唄った。
スイデンは、布で作った大きなケーキを抱いて、うれしそうに写真に収まった。
ショートケーキを参加者全員でいただいた。

3ヶ月遅れて、イチョウも、81歳となった。
イチョウは、誕生日会を欠席した。
写真撮影も断った。
(作り物のケーキを抱えて写真なんて! カッコ悪……)

帷帳とばり家には、誕生日を祝う習慣がなかった。
(誕生日は、めでたいのかしら?)
一番年嵩のタイサンボク職員は、誕生日会に参加しないイチョウに向かって、たしなめるように言った。
「お誕生日は、生んでくれた親に感謝する日だと思いますよ」

(親を選んで生まれて来た訳でなし、時代も選べない。ポンと産み落とされただけ)と、イチョウは、やや拗ねた気持ちである。
(よりによって太平洋戦争の最中さなかにこの世に送り出されて……)
子供の頃の悲惨な思い出ばかり。
国民学校入学を前にして疎開することになった。
そこでは、薩摩芋ばかりの毎日が続いた。
戦後も帷帳家の暮らしが良くなった訳ではない。
しばらくは、食料事情は悪く、帷帳家は薩摩芋すら手に入らなかった。
家畜の餌のような大豆を潰したものや、臭い外米が、時々配給される状態が続いた。
父親がしっかり働き、母親も元気で暮らしのため忙しく走り回ったから、イチョウは一度もひもじい思いをしたことはない。
高等学校にも進学出来た。女性として一通りの知識、技芸を身につけ、それなりの人生を歩むことが出来たと、イチョウはありがたく思っている。
イチョウが60歳になった時、両親が相次いで死去した。
続いて叔父と叔母の訃報がイチョウの許に届いた。
(順番かな)訃報を受け取っても、それほどの衝撃はなかった。
(人は死んで行く生き物だ)
イチョウは達観している。

いつのまにか、周囲の人々がいなくなる。
煙のように消え去っている。
長く生きるということは、沢山の人々の旅立ちを見送ることなのだ、とイチョウは思う。

誕生日会のお話はまだ続きます

→(小説)笈の花かご #19
5章 モクレン館の誕生日⑵
 へ続く




(小説)笈の花かご #18 5章 モクレン館の誕生日⑴
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2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
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