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(小説)笈の花かご #19
5章 モクレン館の誕生日会⑵
イチョウは、モクレン館の暮らしに馴れて来ると、各階の入居者が、ポツン、ポツンと、いなくなって行くことに気付いた。
他の施設に移る、自宅に戻る、入院する、と理由は色々ある。
施設内で死亡することもある。
入居者は全く気が付かない。
職員にたずねると、
「検査入院のようです……」
曖昧な返事が返って来る。
職員がモゴモゴ言っている時は、
(病状が深刻で、長期入院になるな……)と推定する。
何ヶ月たっても、まだ、
「検査入院です……」と職員が言う頃には、「嘘」と分かる。
既に亡くなっていることが多い。
そんな時、イチョウは、
「どうなったのですか?」と、ストレートに訊く。
「よく分かりません」とモクレン館のスタッフは必ず逃げる。
分らないはずがないのに。
モクレン館4階の食堂には、5階と4階の入居者が集う。
そこに集まる人々に、モクレン館から退去する人についての特段の知らせは届かない。
自宅に戻ることになった時は、当人が、周囲の人に挨拶して出て行くことがある。
「お世話になりました」「さようなら」の挨拶が交わされる。
長期入院や死亡で退去する時は、家族が部屋の後始末に来て、
「お世話になりました」と挨拶することもあり、その時やっと、部屋の主が去ったと知ることになる。
と言う訳で、片口施設長が、5階の磯口すすむの死去を公表したのは例外中の例外であった。
葬儀はひっそりと行われた。
身元引き受け人である甥は最後までモクレン館に来なかった。
磯口すすむの遺品は、片口施設長と業者の手で片付けられた。
仮に、「〇〇様が、亡くなられました」と、発表したとする。
強かに生き抜いて来た入居者各位にとって、さほどの衝撃にはならないとイチョウは確信している。
「アー そう」でお仕舞いである。
実際、磯口すすむの死が伝えられても、4階食堂の面々は黙ってその事実を受け入れた。
人生の残り時間が少なくなっている入居者への心配りか、プライバシーへの配慮なのか、モクレン館から公式にお知らせすることはない。
食堂の掲示板に、
山田 花子様 〇月〇日 ご逝去 ご冥福をお祈りします
と、訃報を出していいのではないか、とイチョウは思う。
少なくともヒソヒソ話はなくなるので、かえってさっぱりすると思う。
(人は生れて、生きて、そして死んで行くものだから)
夫婦とて、いつかは死に別れる。
イチョウは81歳の誕生日を迎えて、
(この先は、それほど長くはない)と思った。
(我や先。スイデンや先。先のことなど分からない……)
次の章は、イチョウの宝探しならぬ、物探しの話である。
→(小説)笈の花かご #20
6章 イチョウの物探し ⑴ へ続く
(小説)笈の花かご #19 5章 モクレン館の誕生日⑵
をお読みいただきましてありがとうございました
2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静 Tajima Shizuka
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