(小説)うぐいすの館からホーホケキョ②「睡眠薬代わりに読む本#2(冨子、梅子の場合)」
(金田 冨子の場合)
「ところで冨子さんは、どんな本を読んでいるの?」
と武子が訊く。
「もっぱら推理小説ね。松本清張、内田康夫と手当たり次第に読んだわ。バリバリ働いていた頃の話だけど」
「今は?」
と梅子。
「新聞の連載小説を楽しみにしているわ。切り抜いて冊子にして保存しているの」
「読み返すの?」
「切り抜きのツンドク」
思い出したように冨子は,作家・内田康夫について語り出した。
「作者と勝負する面白さがあったと思うの」
「勝負って、どういうこと」」と、梅子と武子が訊いた。
内田康夫について
彼は、あらかじめプロットを組み立ててから書き始めることをしなかった。従って伏線がハッキリしない。
最後まで犯人が分からないことが多い。
冨子は寝床に持ち込んだ本が面白くなると、明日の仕事に差し支えると思い、後の解説のページを捲り犯人を察知して本を閉じたものである。
次の日、初めから読み直すと伏線に気が付く。楽しみは2倍になる。
内田康夫の本さらにはもう1つ値打ちがある。
2年位して、ツンドクしていた本を再読すると、またもや伏線が分からないのである。大抵、犯人も忘れている。そこで、作者の思考経路をたどる面白さを味わうことになる。
冨子が本の解説から読み始めると、『先に解説からお読みになる方もあるので……』という解説者の記述にぶっつかることが多い。同好の士は多いようだ。また、推理小説では、解説者はそのことを百も承知で、
「ここから先はネタバレになります」
などと、ハッキリ書いている。
解説から先に読むやり方は、作者や編集者との駆け引きがあって、それはそれで楽しいと冨子は思っている。
しかし、86歳になった今は、その楽しみ方は消えてしまった。パワーがないのである。元気ハツラツ意欲漫々の年齢の時の、本の読み方であろう。
(堤 梅子の場合)
「堤さんはどのような本を読んでいるの?」
と、武子と冨子が訊く。
「私? 本は読みません。学校の教科書でお仕舞いです」
意表を突かれて、一寸の間、武子と冨子は黙った。
ややあって、武子がそっと言った。
「私、本代と美容院の掛かりは別に惜しくなかったわ。贅沢な時間を過ごせるものだから」
「現実の方が絵空事の小説より面白いでしょう。代金も要らないし。何より暮らしに汲々としていると、本を手にする暇などなかったわ」
梅子は淡々と言い返した。
「私たちの世代、それもそうね」と、冨子は肯定しながらも、全く本(特に小説)を読まない人がいるという事実に驚きながら、
「本の代金節約術として、私は、図書館利用で切り抜けたわ」と、体験を披瀝した。
「フン、それも時間の無駄ネ」と梅子は言ってのけた。
うぐいすの館には、
老いに負けじと、執念でなおも活字を追いかける姿もあれば、
全く本(特に小説)を読まない人がいる。
現在、小説は売れなくなり、新聞も読まない人が増えているとかで、
活字離れが進んでると言われて久しい。
そのずっと以前から小説などの存在を認めない人もいたということを知り、冨子は、ある種の敬意すら感じた。
(生き方、それぞれ、考え方色々)
うぐいすの館、3時のテーブルでは、各自の思いを語りあって時間が過ぎていく。
次回、3話は、「この世にこんなに美味しいものがあるのか」
を長崎出身の冨子が語る。どうぞお楽しみに。
(オリジナル連載小説)うぐいすの館から「ホーホケキョ」
をお読みいただきましてありがとうございました。
2024年10月26日#0 連載開始
著:田嶋 静 Tajima Shizuka
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