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(小説)#10 「Re, Life 〜青大将の空の旅」

第2章 北村 わたると志津子の出会い②

志津ちゃんの台所奮闘記

わたると志津子の暮らしが始まった。
わたるは、朝7時20分発の特急電車で梅田へ向かう。
朝食は、梅田駅構内のコーヒーショップで済ませる。カウンターに近づくと、スッとモーニンサービスが出てくる。
すぐ、神戸へ向かう特急に乗る。朝は、このパターンに決まっている。
帰宅は、いつも夜の9時過ぎ。時々、0時を過ぎることもある。
土曜日の午後と日曜日は、公民館活動をする。


 志津子は、姑のフクから “ 6時頃に起きたらば……” とヒントだけ出された。
舅と姑は、4時起きである。
従業員の小山田 保と女衆おなごしの井山ナツ子は、朝6時に出てくる。
志津子は、何を期待されているかすぐにわかった。
お昼の弁当作りである。合計7個。
「学校行きの2つを先に作っている」と、ナツ子は、段取りを示唆した。
志津子は、すぐに、弁当作りの要領を覚えた。
洋装店勤務の時、店主と店員5人の昼食作りは、志津子の係であった。一番忙しい昼間に代わる代わる昼食を取るため弁当スタイルとなっていた。
志津子は、出勤したら一番に弁当作りに取りかかっていた。それが役に立った。


ナツ子は、出てきたらまず北村家の朝食作りをする。
家は、パン製造業であるが、北村の家の朝・昼・晩の主食は、米飯。
「朝は、おにぎり2個、中味は、オカカと鮭フレーク。それに自家製のぬか漬けがつきます。味噌汁は、わかめと豆腐と、大体決まっています」とナツ子。
どうやらナツ子は、志津子と同年齢であるらしい。
「志津子さんがおいでになったので、近いうちに引かしていただきます」
小声で言う。決まった人があるらしい。

 7時過ぎに、ドタンバタンと明と博が起き出してくる。
「おはよう」と声を掛け合う。
「いただきます」と、言いながら、用意の朝食を飲み込むように食べる。
「ありがとう」と声がして弁当が2個消える。

 8時に修造とフクが食卓に座る。
ゆったり急ぐ風もない2人の食事は早い。用意されたおにぎり2個と胡瓜のぬか漬けが減っていく。味噌汁の椀が空になる。
「ごちそうさま」と2人は、ナツ子に軽く頭を下げる。

入れ替わって小山田 保が来る。
「私たちも頂きましょう」と、ナツ子が志津子を誘う。

 こうして戦闘状態が開始された。
ナツ子の動きは、ゆっくりと優雅でほとんど音がしない。
聞くと、
「フク奥様に教わりました」と言う。
急いでガタガタバタバタしても、そんなに時間は変わらないから、丁寧にゆっくりなさい、との教えである。
食事の後始末をする。洗濯機2台を回す。掃除をする。志津子とナツ子と手分けして動き回る。
(ナツ子さんが退職されたら、これ全部私の役目?)
「志津子さんが来てくださって本当に助かります」と柔和な表情で軽く頭を下げた姑の言葉が腑に落ちる。いくら人手があっても足りない。
 
 パン製造専門で店頭販売はしないが、近隣の人々に請われては水曜日午前中に店売りをしている。それ以外は、卸販売である。店売りは志津子の役目となった。
作っているのは食パンだけあるが、比較的安価な食パンと、耳までおいしいと評判の高級食パンとを作っている。どちらも需要がある。
小山田 保は、朝食が済むとすぐ配達に出向く。午前中を精力的に回る。夕方は、さらに補充に行く。月末は、集金もしている。

 北村家の昼食が弁当というのは、仕事の手が空いた者から食卓に付くからである。魔法瓶2本に熱いほうじ茶を用意している。
12時30分ぐらいから1時過ぎまでに昼食は完了する。午後2時頃、夕方の分の仕込みを終えると舅・姑は、寝室に引き上げ
1時間ばかり休む。


 フクとナツ子は、2ヶ月分の献立表を作成していた。
1週間分の食材の発注に、週1回、八百屋と魚屋と肉屋から電話が入る。買い物に行く時間を節約している。
基本的に2ヶ月でメニューが一巡するが、季節の推移で食材が変わるため、その都度、微調整をしている。なんとも細かい。
 週2回、午後3時頃、品物が入る。広い台所にでんと据え付けられた大型冷蔵庫が一杯になる。
修造の飲むビールは、酒屋が見回りに来て勝手に補充する。納品書が郵便受けに入っているという次第。

 商売用の小麦粉等は、中庭の倉庫に収められていた。昔風の倉である。
「こんにちは。丸中製粉です」という声がすると、小山田 保が倉に行く。彼がいない時は、修造が倉に向かう。
「先代が、家屋敷、倉、井戸まで用意してくれていて本当に助かる」と、修造は、折に触れて先代の力を有り難がっている。
「先代は、コッペパン作りから家業を興したのよ」
姑のフクは、時代の流れにうまく乗った先代を敬っている。

 こうして志津子の新しい暮らしが始まった。
姑のフクとナツ子という先達のお陰で、志津子は、ゆるゆると北村の家の繁忙さに順応していった。
実家のモミ母さんは、
「ゆったりモンのあんたがネ」とあきれた。


志津子は、夫のわたるが家業に全く関心がないのが不思議であった。
時々(何で?)と思う。
(そういえば、初めてわたるのことを話したとき、止夫とめお父さんが
「長男なのに何でパン屋を継がないのか」と疑問を口にしていたなぁ)
 改めて聞く機会もないままに時が過ぎていった。
わたると志津子の間に子供はできなかった。




(    #11 第2章 ③ へ続く。お楽しみに。)



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