(小説)#9 「Re, Life 〜青大将の空の旅」
第2章 北村 航と志津子の出会い①
結婚
稲田志津子は、高等学校卒業後、更に専攻科に進んで、2年の間、洋裁技術の取得に明け暮れた。そして親の反対を押し切って大阪に行き、K洋装店に就職した。独立して洋裁店を持つ夢をみて仕事に励んだ。
24歳の時、地区公民館主催による “ぶらぶら旅” で北村 航と出会った。航は、公民館の広報誌係をしていた。その後、 “ぶらぶら旅” の写真展を手伝うなどして、何度か顔を合わせた。
航は、26歳。勤め先はM銀行で、支店長代理という役職であった。何度か2人だけで食事をした。
しばらくして、
「両親に会ってくれないか」と、航から遠回しの結婚の申し込みがあった。
家は、合資会社「北村製パン店」。食パンのみを作っている。
両親と従業員一名で、製造と得意先への卸をしている。
家族は、少し年の離れた弟が2人いる。
台所廻りは、女衆が1人、午前中だけ通いで来ている。
北村製パン店に休日はない。
「パンの仕事は、しなくていい、俺も全く関わっていない」
航は、熱心に言い寄った。
志津子は、すぐに、長崎市のモミ母さんに電話を入れた。
「家業のある家に入るのは、あんたには無理や、苦労するのが目に見えている」
「小姑2人とは、たいへんだ」と、止夫父さん。
使用人がいるのは難儀や、とか、洋裁店を持つ夢はどうなるのか、何で航さんはパンの仕事をしてないのか、何で、どうして、のオンパレードである。
「1回、長崎に連れて来なさい。返事は、それからだ」とバッサリ。
北村パン店に定休日はないが、朝の早い仕事で午後は幾らかゆっくりしている。
志津子は、航の休日に合わせて日曜日の午後、北村製パン店を訪ねることにした。
志津子は、心配でたまらなかったが、航の両親は、にこやかに迎えてくれた。
「朝の早いのだけはどうにもなりませんが、ゆるゆる慣れてください」
航の母・フクは穏やかである。
「航は、パンの仕事は継がないと決めています。誰か継いでくれたらそれでいいし、誰もいなかったらそれでもいいと思っています。適当なときに別に家を構えたらいいので、しばらくは離れで暮らしなさい」と航の父・修造も穏やかである。
航の次弟は、府立高校の1年生、明という。末弟は、府立高校を目指して頑張っている。2人は、2階の部屋にそれぞれ個室を貰っていた。
(そういえば、航は、府立高校から何処の大学へいったのかしら) 航は、自慢話をする人ではないが、両親もわざわざ言わない。 後に国立大学の経済学部を卒業したとわかった。尋ねないと何も自分からべらべらとしゃべることはない。 家中が静かである。
航は、無事両親に結婚相手として志津子を引き合わせることができた。
両親は、すんなり受け入れてくれた。
気をよくした航は、
「志津ちゃんのご両親にご挨拶に行きたい」と畳みかけてきた。
志津子がモミ母さんに電話を入れると、
「大ごとバイ」と、喜びながらもうろたえた。
志津子は、航と共に、長崎へ行くことにした。
航は、履歴書と簡単な家族構成書を用意していた。家族写真と北村食パン店の玄関の写真も添えられていた。
稲田の家では、止夫父さんの長兄・稲田欽一とモミ母さんの妹・キン叔母が呼ばれて待ち構えていた。志津子の妹・美千惠は、朝早くから、モミ母さんを手伝い、台所まわりで働いていた。
8畳と6畳の襖を取り払って、座敷机を2つ並べ、皿うどん2皿と刺身の盛り合わせの大皿が並べられていた。歓迎の宴である。
志津子の弟・英生は、テニスの試合で不在であった。航は、ギンギンに緊張して稲田家を訪れた。が、すぐに打ち解けた。
何より、止夫父さんが、航を一目見るなり気に入った。
航の結婚申し込みに、
「ふつつかな娘ですがよろしくお願いします」と、即答した。
「愛情いっぱい、きちんと育てられた人とすぐわかった。安心して託することができる」と、安堵の様子であった。
1ヶ月後、志津子の弟・英生がテニスの試合で大阪にやってきた。
早速、北村の家に連れて行くと航と航の両親に大歓迎された。
「みんなやさしか。パンがウマカ。」と感激して、長崎に帰って行った。
結納は、臨時休業して、航の父・修造が長崎に向かった。
一度の申し込みで「ハイ」と言えないなどと、止夫父さんは、古めかしいことを言って、北村修造を当惑させたが、
「なに、一旦玄関を出て、もう一回、ごめんくださいと入ってくればよかと」と、さばけた対応をした。大事な娘を嫁に出すことを心底、惜しんだのである。
志津子には、
「辛いことがあったら、いつでも帰ってきていい」と言った。モミ母さんは下を向いていた。( 苦労するのが眼に見えている…… )
結婚式は、長崎市内の “港の見える丘ホテル” で挙行された。
打ち合わせに従い、北村の家からは、本人と両親だけが並んだ。披露宴には稲田の家の親戚のすべてと志津子の学友が招かれた。
1ヶ月後、志津子の両親と弟の英生が連れ立って上阪し、北村製パン店の近くの料理旅館で披露宴が催された。今度は、北村の家の親戚、航の上司、友人、志津子の勤めていた洋装店の店主など多数が招待された。
長崎の一行は、すっかり満足し、止夫父さんは、安心して酒に酔い、
「よか婿さんだ」と言い続けた。
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