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(小説)笈の花かご

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この物語の主人公は、帷帳登子。 ある日、主人公が、ヒヤリとする出来事に遭遇したことから、トバリが開く。そのトバリの奥から、「アレマア、オヤマア」と、驚きあきるばかりに、老いの数々…
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2023年10月の記事一覧

(小説)笈の花かご #2

序章 ヒヤリ体験⑴ 時は、平成の終わり。 次の年号はどうなるか、あれこれと取り沙汰されていた。 石川県のイチョウの暮らしは、何ごともない。 ごく平凡な日々である。 ところがある日、イチョウはヒヤリとする出来事に遭遇した。 晩春の黄昏時、イチョウは、電動自転車に買い物の品を満載して変則三叉路で信号待ちをしていた。 本線は平素、自動車の往来が激しいが、その時刻、車の姿は途絶えていた。右から入って来る道路は狭く、普段、滅多に車は通らない。 人影も絶えていた。 目の前の信号が、

(小説)笈の花かご #1

はじめに この物語の主人公は、帷帳登子。 ある日、主人公が、ヒヤリとする出来事に遭遇したことからトバリが開く。そのトバリの奥から「アレマア、オヤマア」と驚きあきるばかりに、老いの数々が怒濤の如く吹きだして来る。 帷帳登子は、高校の古典の先生が出席名簿を、イチョウと、読みあげて以来イチョウの通り名で呼ばれている。 24歳で、水田芸と結婚して、帷帳登子は、姓が変わるのだが、周囲の人々は、変わらず、イチョウと呼ぶ。 笈の花かごでは、イチョウとスイデンと、夫婦を分けて呼び、物語が

(小説)笈の花かご #3

序章 ヒヤリ体験⑵ イチョウは、石川県に移り住んで以来、キョウダイ内科医院に通院している。 月1回、診察を受け、血圧の薬を処方して貰い、朝夕、服用している。 イチョウは当初、バスを利用して通院していた。 雪道の往復も平気であった。 キョウダイ院長は、イチョウの血圧を測った後に、毎回きまって忠告した。 「体重を3㎏、落としましょう」 イチョウは、院長のアドバイスを受けて1年がかりで3㎏の減量に成功したことがある。が、その時は、半年で元の体重に戻った。 イチョウはその後、減量を

(小説)笈の花かご #4

序章 ヒヤリ体験⑶ スイデンは、畑からの帰りに、坂道の下の所で右側の家の玄関に車を突っ込んでしまったのだ。 慎重に車がすれ違う道幅である。 上がって来た対向車のドライバーは、ずっと手前で左に寄って待っていた。スイデンは、空けてくれた所に向かわず右の方に行ってしまった。対向車のドライバーは、気の毒そうに言った。 「ブレーキとアクセルを踏み間違えたとしか言いようがない」 車の前の部分は大破したが、スイデンは、無事に運転席から脱出した。 突っ込んだ家の主は、畑友達で、自宅の破損

(小説)笈の花かご #5

1章 長崎への旅⑴ 鶴の港長崎、ふるさとへの旅。 (ふるさとの海は穏やかであろうか。山々は変わらず青く連なっているだろうか。友垣は穏やかに暮らしているだろうか) 久し振りの長崎への旅を前に、イチョウの思いは果てしなく膨らんでいく。 イチョウとスイデンの2人旅。 目的は、長崎の地で、老人ホームをみつけることである。 イチョウの両膝は疼き、外出には杖が必要となっていた。 イチョウは、これまで何回も、小松空港から福岡国際空港ヘ飛ぶルートで、故郷の長崎へ帰省していた。 福岡国際

(小説)笈の花かご #6

1章 長崎への旅⑵ 飛行機までは、バスによる移動で、杖をついて歩くことは避けられた。 しかし、イチョウは、バスの乗り降りに難儀した。 乗る時はスイデンがイチョウの腰を押した。 バスから降りる時は、スイデンが先に降りて待ち受けた。 これがつらい旅の始まりとなった。 小松空港の出発からしてモタモタであった。 福岡国際空港に到着してからのイチョウは、さらに難渋した。 スイデンがイチョウの旅行鞄を引き受けてガラガラと引っ張った。 イチョウとスイデンは、やっとの思いで見学を予約し