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(8)連休中の情景 その3(2025.1改訂) 

日本の一議員が触れた一件が各方面で波紋を呼んでいた。
ビルマの国防方針の一つ「共産中国に対する挟撃体制の構築」が中国の右派を刺激し、共産中国との良好な関係を望む、台湾野党・国民党が反発した。日本が連休中でも他国は平日だ。中国国内の右派が拳を上げ始め、騒ぎが拡大しつつある状況を各国のメディアが報道する。 
中国国内の国粋主義者や共産党員が中国内のSNSで罵詈雑言を並べ、プルシアンブルー社やレッドスター社のみならず、日本製品の不買運動を始めようと煽りだしていた。とはいえ、プルシアンブルーとレッドスター社は中国内で販売しているのはドイツやフランス車のエンジンを載せ替えた中古車だけで、様々な製品は「共産圏への情報漏洩となり兼ねない」として輸出していない。中国の人々の大半が欧州製の良質中古車にプルシアンブルー社が関与しているのに気付いていないのが実情だった。

共栄党の特定議員の発言により、日本製品の不買運動や民主党政権時の尖閣諸島国有化によるボイコット暴動に近い動きが中国内で始まるかもしれない、と危機感を抱いた日本政府と与党、そして中国に進出している企業は、共栄党と「陸と海からの挟撃」の言動をしたモリ議員に対して強く抗議する声明を出した。しかし、企業献金も一切受けつけず、経団連所属企業となんの接点も持たない共栄党は、与党と経団連トップの抗議を無視する。   
中国経済が下方局面に差し掛かっているこの時期に、未だに中国を有力市場として捉えている体たらくな思考と、中国政府に媚び諂う日本各位の先見性の無さに逆に呆れかえっていた。
本来の営利団体であれば、円安が徐々に進行している現在の経済状況下で「脱中国市場・国内生産回帰」に舵を切って然るべきなのだが、企業自身の技術力低下による輸出競争力の劣化により、自らが”生命線”としてしまった中国市場における売上を失なえば、企業業績の影響は避けられず、死活問題となっている状態にあった。 
日本の政財界の弱体化組織の幹部連が騒ぎ立てる一方、米国サイドがモリの行動を称賛してしまう。米国政府が再三に渡って要求してきたビルマ軍のアフガニスタン派兵を早々に容認した「見返り」もあるのだろうが、米国を始めとする西側諸国に同調して、日本の共栄党が台湾との共闘に賛同を示した「そもそも論」を支持した。

「モリ・イッセイ議員による「挟撃」発言により、中国政府は軍事演習をせざるを得なくなった。大規模な演習を余儀なくさせる事で、余計な軍事費や経費を中国に使わせる、陽動作戦だったと筆者は見ている。
アフガニスタンで注目を集めたビルマの空軍力とAI兵器導入による陸軍の優位性を、中国政府の情報隠蔽によって知らされていない中国国内世論は、未だに自軍・人民解放軍の能力を過信しており、中国にとって台湾制圧は造作も無い案件だと勘違いしているに違いない。 中国国防省も人民解放軍も、これまでに行ってきた過去の軍事演習では、実際の演習の映像を用いずに合間に兵器のプロモーションビデオを流すなどの「情報操作」をしてきた。
酷いケースでは中国内地での軍事演習の映像を用いて再編集し、「台湾上陸作戦風景」として公開映像を嵩上げし、台湾海峡での軍事演習を大規模なものとして膨らませていた。
しかしながら、今回ばかりはその手段は通用せず、本格的な演習を行なう必要が出てきた。同じ様な映像を流せば「既視感」に気付いた国民の反感が膨らみかねない。一方で本格的な演習を行えば、ビルマ軍によって自国の海軍力が丸裸にされる懸念も新たに生じている。ビルマ軍の広報が「人民解放軍の演習は、実際この程度だった」「この程度の攻撃であれば、台湾にとっては痛くも痒くもない」と発表すればメンツは丸潰れとなる。
台湾駐留のビルマ軍が保有する自律型戦闘機(UAV)はアフガニスタンで投入された50機を上回る150機で、ビルマ国境側にはその倍の300機が配備されていると言われており、ビルマ側の航空戦力を打破する為の演習が垣間見られなければ、「全く意味の無い演習」「所詮は自国民の自尊心を維持する為だけのマスターべーション」と批判が出るのは目に見えている。
当然、中国政府もその辺の状況を認識しているはずで、軍事演習の実施自体が様々なジレンマに囚われ、苦慮していると想定される。
この「負のループ」「狼少年のジレンマ」に中国を追い込み、陥らせたのが意図したもの(おそらく、そうなのだろうが)であるのなら、「稀代の策士」と巷で言われている日本の政治家・杜 一成氏(Mr.Kazunari Mori)は本物だったと、各国の政治から戦術に至る様々な分析官や私のような場末の学者が、改めて彼を高く評価するだろう」

米国のオピニオン紙が東アジア政治が専門の政治学者のコラムを掲載し、世界中に配信される。このコラムに準じた意見が米国内では主流とされると、米国には全く頭が上がらない日本政府と経団連企業が、矛先を収めてしまう。

プルシアンブルー社とレッドスター社がアジア市場を重視しており、欧米市場への進出は現時点では全く考えていない、と発言している点が再度強調される。中国を除いたアジア市場だけで、米国のトップ企業の売上高に肉薄している稀有な技術力を誇る企業だ、と。
それに比して、平成以降マイナス成長を続けている日本経済下で、経団連企業の中国市場と米国市場への依存度が高くなる反面、その他の市場では中韓等の企業に押されてシェアを失い、生命線である中国米国の2大市場でも存在感を失いつつある。与党と経団連企業にとって、人口の多い中国市場が「生き残る為の最後の砦」とせざるを得ない状況が、逆に問題視される。
片や社会党知事や市長の県や市の経済は上向きだ。日本経済でプラス成長なのは社会党が関与している地域だけ、という実態が比較対象となり、マイナス成長を牽引している与党と在京在阪の経団連企業の方が余程問題ではないか?と学者や経済評論家に指摘される事態となっていた。

「そもそも、経団連企業のような上場企業に勤務している人々は、日本の労働者全体の数パーセントに過ぎないので、社会党と共栄党は経団連企業の労働者を自分達の有権者として見做していないのだろう」そんな英国経済誌の記事もあった。
日本の与党と経団連のトップが共栄党に抗議をしたものの、自分たちの経営戦略が大失敗している実情を踏まえない上での「身勝手な抗議」と受け止められてしまう”オチ”となりつつあった。

ーーー                                      

日本の共栄党・社会党の台湾訪問に対抗して軍事演習実施を言い出したものの、中止することが出来なくなった中国は、慌ててビルマ軍の情報収集能力の実態把握に乗り出した。
ビルマの国防方針が自国の沿岸部と内陸部からの挟撃を念頭に置かれているのが判明し、人民解放軍として対抗策を新たに計画する必要に迫られていた。
アフガニスタンでのタリバン掃討作戦が予想を越える短期間で終息したのも、陸戦用の中国製兵器が全く役に立たなかったからで、敗退原因となった箇所が払拭できず、AI兵器への対抗策は未だに決まっていなかった。
また、アジアビジョン社のニュース番組の中で紹介された、潜航型の海中ドローンを海軍のソナーでは捕捉できない可能性を、海軍技術者たちが進言していた。

相応規模の演習を行うのにあたって臨時予算を組むのか、特別会計処理をするのか、予算上の問題にも直面している。嘗ての様な好調な経済状況ではないからだ。まだ5月が始まったばかりなのに軍事予算は年度予算をほぼ使い切っており、既に枯渇状態にある。人民解放軍の縮小も想定しなければならない、そんな懐事情も重なっている。
また、演習を実施すればビルマ軍に自軍の情報を把握される可能性が生じていたが、皮肉なことに海中ドローンとドローンの性能を垣間見られる映像を所有しているのはアジアビジョン社だけで、詳細な分析が出来ないでいた。     
同社のニュース番組の中では、ビルマ海軍に真新しい艦船が無くともイワラジ川やメコン川、そしてアンダマン海で海中ドローンが使われ、実績を上げている映像が放映された。 台湾海峡に海中ドローンを放てば、中国艦隊のソナーに捕らわれることなく、個々の艦船のデータを淡々と収集するだろう、と同社の香椎ユーリ記者がコメントしていた。 
台湾駐留のビルマ軍の取材を終えたアジアビジョン社の香椎ユーリ記者が、台湾の後でモリの単独取材の為に沖縄入りする、という情報が東京の中国大使館から届くと、中国サイドとしては暫し様子見の”待ち”の姿勢を取らざるを得なくなる。

その状況下に、中国外交部 日本経済分析官の劉が、共産党幹部に直接提言していた。
「杜 一成議員を訪中させ、首脳陣との会談の場を設けましょう」と。 

ーーー

「名古屋市長になった小此木元記者と沖縄を訪れて、モリ・イッセイ議員に単独インタビューを致します。インタビュー自体は放映時間が確定次第、紹介させていただきます」と、アジアビジョン社の香椎ユーリ記者がこの日の政治ニュース内でのコメントを締めくくった。

小樽市からニセコ町の貸別荘に移動していた杜兄弟一行は、夕刻に庭で始めるバーベキューの準備をキッチンでしながら、香椎記者がコメンテーターとして出演するニュース番組を見ていた。 

「名古屋市長が沖縄に行く理由って、あるの?」
長女の杜あゆみがジャガイモの皮を剥きながら言う。妹の表情から、やや憤っている様に兄達には見えた。
小此木クリムトン瑠衣市長と共に、秘書の源 翔子と護衛役のシャン族の2人も沖縄入りするのは間違い無い。父の子を身籠り、母・蛍の正妻の座を脅かす存在となったとママ友達が形容している翔子を、あゆみが警戒するのも当然かもしれない。 

「名古屋市長だって、連休の休暇中だよ。香椎記者からすればさ、イッセイさんと仲が良い先輩に同行してもらった方が、取材もしやすいと思ったんじゃないかな?」 
スーパーで購入してきた酒を冷蔵庫に仕舞っている異母兄の亮磨が、そうフォローする。 実際、アジアビジョン社のインタビューを盛り込むのを社会党議員の元3大臣が提言して、実現した沖縄取材だった。実態は「やらせ」なのだが、亮磨は他人事のように見解を述べてみせた。

「名古屋市長さんは、前職の会社勤務時のお父様の元部下で、元カノなんですよね? 市長になる前は記者としてバングラデシュとアフガンとイランにまで同行取材して、その際にヨリが戻ったのでは?って言われてます・・ネットの書き込みの受け売りですけど・・」
ブレイク寸前の芸能人、久遠瑠華が串肉を刺しながら亮磨に質問する。養女の平泉樹里と長女のあゆみが苦笑いし、AIが翻訳した英語を聞いたユンとユナが顔を見合わせて驚いている。カレン族の2人は知らなかったのだろう。

「ええっと、まぁほぼ事実と言ってもいいかな・・。2人の関係は、この子達の母親も容認しているしね。ほら、市長選の前に名古屋市長が富山県庁を表敬訪問してるでしょ?あの時点で既に公認の仲とされてた。でも、イッセイさん、めちゃくちゃモテるから名古屋市長に限らず、この香椎記者も、何れどこかの市長や議員になってるかもしれないね・・」 
亮磨としてはその程度の”返し”しか、この場では出来なかった。今の社会党と共栄党があるのも父のプランが実を結んだからで、党首である自分も父の裁量と指示で動いている様なものだと認識していた。「地元」となった北海道4区で、亮磨自身がどこまで自分の裁量を発揮できるのかが求められていた。父離れした一個の議員として、早々に認められなければならないと自覚していた。 

「亮兄ぃ以外のディープフォレストの3人も、沖縄入りしてるんだよね?」
事情を知らない末弟の圭吾が、突然話をぶっこんで来た。バンドリーダーの由布子議員と亮磨の母である夕夏議員の妊娠が発覚した故の沖縄入りなのだが、咄嗟に理由を言えず亮磨は慌てる。

「そうみたいだね、ホテルが営業前だから、連休中でも空き部屋が幾らでもあるからなんだろうね・・」
冷蔵庫を閉めて、亮磨がゆっくりと立ち上がる。30歳差の実の弟妹が産まれる現実を、亮磨は未だ受け入れられずに居た。

「名古屋市長が富山入りしたのはともかく、議員になってから亮磨さんは富山に帰ってないですよね?亮磨さんが里帰りしないので、金森知事は寂しがっていらっしゃるんじゃないですか?」  

母思いの久遠瑠華らしい発言が飛び出すと、瑠華の発言があまりにも唐突だったので杜兄弟と養女の平泉樹里が堪えきれず、一斉に瑠華に背を向けて背中で笑い出した。 
「あれれ? 私、なにか変なこと言っちゃった?」                    周囲の異変に気付いた瑠華が慌て始めたので、亮磨はスパッと諦めた。満更でもない感情を抱き始めている瑠華に、真実を伝える良いタイミングだと思った。弟妹たちのリアクションも「瑠華を受け入れろ」と暗に言ってるのだろうと亮磨は解釈した。

「あのね、瑠華さんもユンもユナも黙ってて欲しいんだけど、僕の母親は富山知事じゃなくて、ウチのバンドのボーカル・ピアノ担当の夕夏なんだ。ネット上では金森知事説が蔓延してるけど、年齢的に有り得るから否定も肯定もしていないだけの話なんだ。
金森知事の了解を貰った上で、表向きは知事の息子説を採用してるんだけど、それはココだけの話にさせてね・・」 
亮磨が暴露すると、持っていた野菜の串を瑠華がボトッと落とし、メイド服を纏ったユンとユナは包丁を持ったまま凍りついている。
「やっぱり、そうなっちゃうか・・」と亮磨は思いながら、瑠華の落とした串を拾い、「これは俺用にするからね」といいながら串ごと野菜を洗い、自分の席の皿に乗せる。まだ3人が呆然とした顔でこちらを見てるので、ついでだ言ってしまえと決断する。

「あと、もう一点。何れ分かる事だから弟妹たちにも言っておくけど、バンドマスターの由布子議員と俺の母さんは妊婦さん・・なんだ。
父親はどっちもイッセイさんだから、君達の腹違いの弟妹たちが新たに誕生するってワケだ。妊娠が発覚したもんだから、その報告やら、医療機関に通う為の父親の認知やらが必要となるんで、3人纏めて沖縄入りした・・
瑠華さんには重ねてお願いするしかないんだけど、俺以外のメンバーは”出来てる”って事実は、口外はしないで欲しいんだ」
今度は杜兄弟全員も真面目な顔になり、凍りついている。誰も何のリアクションもしないので、已む無く長男は話を続ける。

「みんなが啞然とするのも分かる。俺もね、この年になって実の弟妹が出来るなんて、全く想像してなかったかもんだからさ・・」
そう言ってみたものの、啞然とした表情のまま硬直し続けている一同に向かって、苦笑いするしかなかった。

ーーー

モリが石垣島に滞在しているのがハッキリしたので、在京在阪のメディア各社が石垣島入りを始める。やれ川平湾に観光に現れたとか、島の商店街でアイスを買い食いしていたとか、島の観光客や商店の方々にマスコミがマイクを向け、モリの目撃情報を語らせる、どうでも良い映像をワイドショー番組で流したらしい。

「どこぞの観光地で僕を見たとか、なんか飲み食いしてたとか、そんなので番組作りをするんだ・・ヤンバルクイナとかアマミノクロウサギになった気分だな・・」 
ホテル内のレストランで夕食を取ったあと、階上にあるバーに移動して、石垣産の泡盛を飲みながらモリが呟くと、バンドマスターの由布子議員がシークヮーサージュースを飲み干して、自分のお腹をさすりながら言う。
「絶滅危惧種と一緒にしないで。イッセイの子孫は確実に増える一方なんだよ」

「そーだぞ、イッセイ。私なんか30年も経って、ようやく第二子だ。
ここに居る若い人達はバンバン産むといいと思う・・亮磨が成長するたびにイッセイに似てくるのを見ているとね、胸が締め付けられる日々だった。
実の父を知らずに成長するのを見てるって、切ないものだったんだ。  
あんな異常な期間は2度とごめん。父親と母親が普通に居る状態を子供に見せるだけで幸せな日々になるんじゃないかなって思うの・・あっ、そーだ。由布子、紗季、来年あたり、一人づつ追加しちゃわない?」
亮磨の実母である夕夏議員が満面の笑みを浮かべながら言うと、バンドメンバーで唯一妊娠していない紗季議員が面白くなさそうにジンライムを煽る。空いたグラスを右手で掲げてモリに向かって言う。            

「イッセイ、コレと同じのお代わり!」
モリが立ち上がり、恭しく紗季の空いたグラスを受け取るとカウンターに移動してジンライムをイソイソと作り出すので、周りの女性陣が笑う。

・・アジアビジョン社の放映が思わぬ反響を呼んでいると、日本人記者数名から共栄党宛てに情報が届き始めていた。
中国国内で同社の番組が放映されなくても、日本、韓国、東南アジア各国では放映されている。その各国に住まい、滞在している中国人は大勢居る。彼らはアジアビジョン社のニュースを見て実態を知り、そこから本国へ情報が入り込んでいるらしいのだ。
タリバンをアフガニスタンから退けたのはビルマ軍で、中国製の兵器は尽く破壊された。ソ連もアメリカも出来なかったアフガニスタン内戦の終結を、ビルマ軍はたったの1週間で成し遂げた。ビルマ軍が台湾を支援する意義は、ビルマ側と台湾側から中国を挟撃するためで、中国は台湾を狩るではなく「狩られる側」なのだと。
その様にして国内世論が徐々に真実を掴み始めているので、北京の中南海は騒然としているらしい・・

「あのさ、メンバー3人に相談なんだけど、北京でライブしませんかってオファーが来たんだけど・・どう思う?」
出来上がったジンライムを紗季に渡しながら言うと、高校の同級生の3人だけでなく、この場に居る成人女性全員が驚く。驚いた後で同級生3議員は訝しむ。所属している音楽事務所から、そんな話は聞いていないからだ。
 
「なんでイッセイにそういう話が行くの?」
リーダーの由布子が釈然としない表情をしている。

「ごめん、中国大使から直々にメールが届いたんだ・・」

「罠なんじゃないの?訪中したら拉致されるとかさ。あの国ならありそうじゃない?確か、スパイ疑惑で日本人の会社員が何人か捕まったままだよね?」
紗季が言うのは尤もだと思うのか、バーに居る全員が心配そうに頷いている。

「ライブ自体は政治家として訪中してからになるから、夏頃、それとも秋口かな? 亮磨たちの台湾訪問と並行して、僕ら4人で訪中するって話だ。
ええっとね、訪中すれば共栄党が屈したように中国サイドには見えるだろう? で、その訪中の見返りが、軍事演習の中止になる。わざわざ共栄党の議員が訪中して、共産党の幹部と会談する。中国の国民にすれば、共栄党が折れて中国にやってきたって解釈になるから、演習を止める理由付けにもなる。中国としては万々歳だ、余計な演習費用を使わずに済むからね」
フロアに居る全員が啞然とした顔でモリを眺めている。
モリが想定外だったのは、突如として笑い出した者が居た。笑ったのは、第一秘書の屋崎由真だった。              
 「それで彼の国の外交部の劉さんと頻繁にメールの交換をしてたんですね。最初から出来レースだったって話なんですか?」

「どうして君がメールの遣り取りを知ってるんだ?」
驚いた。私的に使っているアドレスを由真が知っていたからだ。

「私は貴方様の第一秘書ですから」                        

「おいおい。それ、全然理由になってないだろう・・」               

「では、今宵は私めが当番ですから、至らぬ秘書に徹底的にバツをお与え下さい・・」  

「開き直ってる場合じゃないだろう!どこで人の内緒のアドレスを知った!・・答えろ、由真!」
声を荒げて大声を出すと、室内の女性達が一様に怯えた表情をする。
俺は女性陣から怖い存在だと思われているのか?と思い、悔い改めるべきかもしれないと頭の片隅で考える。ハーレムだとか大奥だとか、暴君の組織では無い筈だったのに、女性達は”その類の集まり”と思っているのかもしれない、とも思った。

「私はあなたの秘書であり、下僕(しもべ)です。どうしたって妻になれない以上、あなたの仕事面を支える存在になろうと決意して仕事に取り組んでいます。
内緒のアドレスを知り得たのも、あなたの全てを把握し、理解したいが為なんだと考えて下さい。あなたの行動、思考、言動・・あらゆるものを把握する必要があると私は思っています・・だって、私達の英雄さんは誰にも相談もせずに行動しちゃう人だから。
北朝鮮に行けば独裁者を射殺して、その足でビルマに行ったかと思えば、寝床からこっそり抜け出してクーデターを阻止してみせる。
今回だって自作自演ですよね?台湾にビルマ軍を派遣したと思ったら沖縄で議員になって、石油備蓄基地建設をぶち上げて・・更に中国訪問って、センセ、何一つとして誰にも相談してませんよ。もしあなたに何かあったら、残された私達はどうなるんです?ご自分が襲撃されたのをお忘れですか?あれは昨夏の話なんですよ・・」
  
後半部は涙顔になりながら語ると、同級生3議員が由真に向かって同時にサムズアップする。
立ち上がった夕夏議員が由真の頭を優しく撫でてから、ふわりと包み込むように抱きしめる。それに続いて女性達が頷き、賛意を示すかのように静かな拍手を始める。           

「それでもだぞ、由真・・」言い返すのを止めて、グラスを煽る。
 ・・黒幕、影の支配者と言われるのは決して嫌ではなかった。寧ろ、喜んでいる自分が居る。今回の経緯についても想定通りに事が進み、満足していた。大国中国を手玉に取り、米国を困惑させている状況に、一人で喝采を上げていた・・              

由布子が近づいて来て、右手のグラスを取り上げるとその手を自分の腹に当てる。 
「これからは皆に相談すべきだと私も思う。
てて無し児を育てたいとは誰も思ってないよ。お父さんの顔を知らないイッセイなら、分かってくれるでしょ・・」 
聖母のような由布子の表情を見ながら、ゆっくりと頷く。そして涙顔の由真を見すえながら、降参の意を示すために両手を上げる。
       
「怒鳴って悪かった。引き続き、未来永劫に渡って由真には筆頭秘書を努めて貰いたい。僕が突っ走り始めたら遠慮なく諌めて欲しいし、皆に伝えて、今日みたいに皆で僕を吊し上げて欲しい・・」 
涙顔のまま由真が頷いた。      

「この日の約束を絶対に忘れんじゃねーぞ、わかったな、イッセイ」
ジンライムの入ったグラスの上部を左手で回しながら、紗季が拳の右手を出して来たので、了解と思いながら、拳を重ね合わせた。       
     

(つづく)


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