(8)事態急変 と 急転直下(2023.12改)
来月7日の大統領選投票日まで3週間を切ると全米中が選挙一色となっていた。アメリカはコロナを克服出来ないまま、選挙戦に突入していた。
選挙結果予測は大統領弾劾となった共和党政権への逆風は根強いものがあり、どのメディアも民主党優位を伝えている。
日米の似たもの同士(勿論、悪い方の意味)と世間で見做され、邪悪な協議をしていても映像的には良好な関係にあった前任者同士の日米首脳関係を見習って、次期政権と良好な関係を構築しようと考えた各国の首脳は、民主党候補者の元へ米国訪問と首脳会談の要請を出した。
「選挙前にアクションを起こす」
実に礼を失した話だが、民主党側は意に介さずに了承しているという。
日本も同じ流れに乗ろうとしている。来週から始まるプルシアンブルー社と自衛隊による野ブタ討伐作戦に際して、自衛隊派遣を決断した日本政府を掲げて米国側のアポを取り付けた。
民主党サイドが日本の訪米団のメンバーで懸念したのが、首相と共にやってくる外相だった。
CIA極東セクションからの報告によると、外相は女癖が悪く、早晩問題となるのは間違いない、とある。政界からの排除を一考すべしとの進言が結論に書かれていた。
日本の外相は独身なので、不特定多数の異性との交際で不義は問えない。しかし、関係の精算時に反社会的組織を利用して脅す等の目に余るケースが散見されるという。交際相手が金持ちの子女の場合は更に深刻で、反社団体自体が強請りのネタとして脅すケースが散見されるという。
日米共に新政権だ。事が明るみになれば、日本政府のイメージダウンとなる。米国としても、新大統領との面会はすべきではない。故に、入国対象は「首相のみ。閣僚の同行は不要」と返答した。
米国からの返答を受け取った日本側は、米側の背景を知らぬまま了承し、首相単独渡米の方向で、日程や詳細の調整に入った。
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「娘には少々悪い事をしたな・・」
宮崎は報告書と診断書を見ながら、苦笑いする。アドバンテージが梅下家サイドにあったので、検査を了承せざるを得なかったのだろうが。
風俗勤務の女性が定期的に行っている検査を次女に受けて貰い、病気の有無と妊娠歴を調べた。
異状は無いと診断され、宮崎は満足していた。
生娘では無かったようだが、いたずらに膜を再生したりせず、覚悟の程が伺える。逆に30近い者で経験の無い方が問題だがな、と思い 笑っていた。
「しかし、坊が忘れられないだけの事はある。一族の女性は美人揃いだな・・」
宮崎は舌舐めずりしながら、写真を眺める。
宮城・気仙沼の母親の生家の調査報告も届いていた。気仙沼では源家は知られた家の一つだという。宮崎の気を引いた情報があった。今は漁に出るものが居ない。家の漁船が転覆し、男衆が全員他界していた。
母親の兄の一人が伝説の漁師だったと今でも言われ、気仙沼一の漁師だったと形容されている。
源家は男衆の稼ぎによって大きくなったが、それも過去の話だという。
海の幸を食べ、あの外観作りと美容に大きく作用したのだろう、と、宮崎は女性になると全て「色」の方に解釈してしまう。
情報は分析官の能力で右にも左にもブレる。権力を持った日本人は総じて、分析力・判断力が劣る。情報を疑いもしなければ、精査もしない。
宮崎も梅下家が長年利用している探偵事務所なので、報告を信じ切っている。
リクルート疑獄で祖父の元首相が退陣に追い込まれたが、事前に事務所や公設秘書の宮崎が情報を察知していたなら、別の情報屋を使っていたなら、政権退陣まで至らずに済んだかもしれない。いや、元首相が退陣した時点で宮崎は秘書として失格なのだが、居残っている。
梅下家が切るに切れない部分もあったのだろう。宮崎が裏と闇を全て仕切ってきたからだ。
この男を使い続けたので、子息に対する教育も大きく間違えた。宮崎が持つ明治大正の時代感覚で、女性を扱う様を孫に教えてしまった。
中高生の梅下に女を施し、梅下が色狂いとなってからは後処理を率先して担ってきた。政治のイロハではなく、犯罪そのものだ。最悪なのは当人たちが犯罪だと思いもしない事だ。事実、犯罪を重ね続けているのだから。
明日発売する週刊誌の見出しに、女性問題の記事が出る。宮崎は「毎度の事だろう」とタイトルを見て、放っておくことにした。
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トラートのショッピングモールで購入したからなのだろうが、皆、同じ白いワンピースの水着を着ている。
昨日、島に到着した午後はお揃いのビキニ姿だったので気分も高揚した。ビキニもそうなのだが、絵的に結構なモノを拝見する。
女性陣が乗ったバナナボートを輸送用ドローンが引っ張っていた。
「よく、思いついたな」と思いながらモリは見ていた。どこの誰の入れ知恵か、早々に納得したがビキニは黒で統一していた。
6人が乗ったバナナが波を切り、着水するたびに6人の胸が揺れる。護衛の女性兵士も浜辺に居るし、レスキュー役になるドローンも飛んでいるので、ライフジャケットを付ける必要がない。
従って、バナナカラーの上でボヨンボヨンと跳ねる黒いブラじゃなくて水着・・の絶妙なコントラストを収めた映像を手に入れた。
飛んでいるのが警備用ドローンだとは知っていても、カメラが内蔵されており、まさか己が被写体になっているとは夢にも思わないだろう。
後で映像で愉しめるので、鑑賞したりせずに本を読み、クーラーバッグからビールを取り出して飲んでいた。
「プライベートビーチ状態で誰も居ないのだから、トップレスでいいじゃないか」昨日は不健康な思考回路のまま、時を過ごしていたように思う。
そんな回想をしている間に、寝てしまう。島へ来てから睡眠が不規則になっていた。
明け方に目覚めてしまい、眠れないので部屋の照明をつけた。この手の対策として睡眠誘導剤を活用する。モリの場合「退屈な本を読む」だった。評判の悪い本を一冊、手元に用意しておく。今回の本は蛍が選んだ「酷い翻訳本」だった。
「大好きな原作本を害された!」と激オコした気鋭の翻訳家さんに渡された本は、表現はともかくとして、内容は面白いので目が覚めてしまった。しからば睡眠を諦めて新型車両を試乗して、島の東側で朝日を見ようと思い立った。
ロビーを出ようとすると由真がいた。
「先生の気配を感じたんです」と言われて一瞬ゾッとしたが、気分は悪くはなかった。
「ドライブに行くけど、どうする?」と誘ってしまう。由真も妹も渡さないと思っている自分に気付く。無意識の内に誘っている自分の発言で悟ってしまった。
「君の名は?」運転席に乗り込むとサブバッテリーでナビが起動したので、英語で訊ねた。タイ語と英語しかAIは認識しない。
「はじめまして、マスター。スワニーと申します、以後よろしくお願いいたします」
「よろしくね。
最初のお願いなんだけど、今朝の気象条件で朝日を拝むなら、君はどのビーチがいいと思う?そのビーチまでガイドしてほしいんだ」
「了解しました。ビーチまではエアコンは付けません。少々外気を取り込みながら走りますが、お二人の会話に不自由であれば教えて下さい。では出発いたします」
言うのと同時にエンジンが始動して、後席のガラスがやや下がった。外気温は24度だった。 「クルマの鍵は要らないんですか?」
「うん。今は誰でも運転出来る。島だから誰も盗まないのでAIも自動ロックしない。もっとも、盗む気マンマンの犯人が船で運んだら、出来ちゃうかもしれないけどね」と言い、発進させた。
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AIが勧めてくれたビーチで、空の色が刻々と変化してゆくのを浜辺のビーチチェアに座って見ていた。三日月が夜空のように光彩を放っているのを由真は見ていて、流れ星を確認した。
涙が出た。星が消滅した後でか細い長音が数秒間聞こえたからだ。
「どした?」
「流れ星を見ました・・」そう言うと彼は手を繋いでくれた。
群青色から青紫色に空の色が変化すると、三日月は沈み始めていった。
「赤道に近いから、朝焼け・夕焼けは壮大だ。今日は快晴、水平線には雲も殆ど無い」
紅色に空が染め上がると、意を決して思いの丈を込めて胸の内を伝えた。伝えながら涙が溢れ出す。旅先、海外という環境だったからだ、と妹から笑われるのは分かっていた。たったの6日間で告白なんてありえない、と呆れられるだろう。でも最初の数日で恋に落ち、体を委ねた。それは妹も同じ。あなたも彼に抱かれて直ぐに虜になった。彼は今までの男達とは全く違う。真麻の言葉を私も同意し、痛感している・・
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日が昇って来るのを眺めながら、時折由真に視線を合わせて、必死で真剣な彼女の想いを有り難く受け止めていた。玲子に告白された時を何故か思い出す。頬から顎の輪郭が親類だから、同じ形状だと思い、朝陽の光に照らされたきめ細かな白い肌を美しいと思い、由真の頬に手を当てて体を動かして口を合わせた。
暫くして、梅下との経緯を、何も知らない体で聞いていた。内容が分かっているからこそ聞けるし、由真をクドく文句も用意できる。
男女間のナーバスな話であれば尚更だが、結末を知らないまま聞く勇気を、モリは持ち合わせていなかった。
由真の話が終わると流れで車へ戻り、後部座席をフラットに変更する作業を股間を膨らませながら始める。
ワンボックスタイプで来たのは車中泊設定にシートをフラットに出来るのを知っているからで、シートをガチャガチャとイジっていたら背後から抱きつかれた。
「車両選択の時点で、確信犯ですね・・」と耳元で囁かれる。
・・・存分に愉しんだ後、ホテルに帰る。
この車に搭乗して、本日研修するであろう不憫な人たちを思いながら・・。
強い日差しで目覚めて、体を起こす。
そうだった。今日は白いワンピース姿だった。
彼女たちはスクール水着が何故人気が高いのか、どうやら理解していない。
確かにビキニの方が露出度が高い。しかしワンピースは布面積が多い分「同衾時の思い出補正」「想像興奮機能」が作用し、邪悪な思考が男の脳内を跋扈する。
また、スクール水着は若かりし頃、プールサイドに居る同級生を比較検討し、吟味する上で最も重要な情報源となっていた。それ故にビキニに匹敵、いや、凌駕するイデタチと認定している。
サングラスを施して覗き見する必要はない。ドローンには極めてシンプルな指示を出す。タブレットに入力した文字は
「ナイスな映像を、余すところなく撮るべし!」だった。
・・そんな束の間のバカンスではあったが、それなりに充実していたのだろう。
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「休日に、何をしてるかと思ったら・・」
妹の啓子と次女の真麻が外相の秘書と会っていたと知り、由紀子はため息をついていた。
「自分勝手な判断で、軽率な行動だ」
通常なら叱責する場なのだが、妹も姪も熟考した上での行動だとして自分達の正当性を譲ろうとしない。知った由紀子も相談しようにも誰にも出来ないもどかしさを感じていた。
真麻のお腹に彼の子が宿っている。
しかし受精して10日も経っていない受精卵が細胞分裂中の期間に「妊娠している」と分かる能力は今の医療界に無い。
そのアドバンテージを活かして、プランは既に実行段階へ進んでしまっている。幸いにして、梅下と真麻はまだ接触していないが、それも近日中には実現してしまうだろう。
妹は譲ろうとしない。真麻は北米に行かずに梅下の都合に合わせて行動し、姉の由真が代わりに北米に行くという。
真麻が外相と行為に及び、梅下家の跡取りとして彼の子を育て、梅下家を乗っ取ろうと妹が画策し、真麻が賛同した。簡潔に言っても大それた計画だ。妹の啓子はつい先日まで自民党員だった。党お抱えの社労士・中小企業診断士として党絡みの仕事を請け負ってきた。今回は党員のネットワークを頼って梅下家の情報を集めていたという。東京に来る前にモリと梅下の血液型が同じだと予め調べた上での上京だった・・。
「梅下外相のサカリ過ぎた外交活動」
ふと、見上げた中吊り広告に目が点になる。横浜の杜邸へ移動中の列車車中で釘付けとなった。
由紀子は京浜東北線を横浜駅で降りると、エスカレーターを降りた構内にある書店に入り、週刊誌の記事を読んだ。
島根の市会議員が実名で梅下の非道を訴えていた。
また、顔にはモザイクが掛かっていたがどこかのビルから出てきた女性の等身大の写真は、服と靴とバッグで真麻だと分かった。「梅下氏の意中の人(?)A子さん」と写真の下に書かれている。真麻は産婦人科から出てきたらしい。
記者は産婦人科医師にインタビューをしている。
「A子さんの来院の目的はなんですか?」
「妊娠の確認です。生理が暫く無いそうで診察しました。妊娠していないと伝えたら、ガッカリしてましたね」
「ジュニアの誕生には至らなかったようだ」と由真を取り上げた記事は締め括っていた。
医師も性病検査と妊娠・出産歴の検査で来院したとは言えないし、由紀子は「やっぱり分からないのか・・」と、違う意味で感心していた。
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「これはどういうことだ!」
梅下は秘書の宮崎を問いただしていた。
今日発売される週刊誌に、梅下と女性との写真が出るとは聞いていた。毎度の事なので乗り切れると話し合っていた。ワザと独身を貫いているのも、全てお互いの「趣味」の為だった。
しかし、昨日の出版社からの連絡と、記事の見出しには市議の密告は書かれていなかった。
それが赤裸々に記されていたので、梅下の叱責となる。
市議の娘は風俗店での勤務を強要され、毎日数名の客の相手をしていたという。
「連中が勝手にやった事だ」と強弁しても、暴力団との繋がりと女性が風俗店に至るまでの経緯から、逃げられない。市議というよりも親からすれば、到底許しがたい話でしかない。
「終わりだ、もう何もかも・・」梅下は崩れるように大臣の椅子に落ちていった。
「どうしてこうなった?」
宮崎は反復し、失敗した箇所を辿ろうとし始める。自分が秘書であり続けたことが、孫を歪めたのだとは、思いもしなかった。それでも長らく梅下家に仕えた宮崎は本能の様に動き始める。
「梅下家は存続しなければならない!」と切り替えると廊下に出て、真麻の母親へ連絡した。
「梅下家を助けて欲しい」と。
宮崎からの突然の要請を受けて、啓子は話を受け入れる。精子バンクにある梅下の精液を使って、人工授精をお願いしたいという宮崎の申し入れを。
真麻にとっては最良の展開となったと電話を終えて大声で笑い、そして夫側の姪や由真の友人達の屈辱は決して消える事はない、と想い、泣いていた。
(つづく)