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(2) 自立の道を歩み始めた、中南米諸国

 4月とは言え、シチリア島は日差しが強くなり、午前10時で気温が25度になっていた。小型船をロボットのアンナが操舵していた。この日は予報通りに風もなく、海面が鏡面のように凪いでいた。春先、年で一番澄んだ水となる美しい地中海を、船上で安全ベルトを腹に巻かれて、それ以上は身を乗り出せない2人の幼児が、海の中を覗き込んでいる。「魚がいっぱい!」「岩だらけ〜」と指差して笑いあっている。島の沖合に浮かぶ巨大なフロートパネルに近づくと、指定された場所には何隻か船が既に集まっていた。海上保安庁の船には農林水産省や漁業関係者が乗船していて、漁船の他には海洋大のロゴの入った船も居た。それぞれの船が微妙に離れていて、挨拶のしようもないので、ヴェロニカはアンナに暫く停船のサインを送ってから、子供達の元へ戻った。フロートパネルの上部には、ベネズエラ製の幾何学的な形状をしたソーラーパネルが所狭しと敷き詰められていた。この海上発電と養殖のセットモデルは日本が始めたもので、ヴェロニカの義父が特許を持っている。その特許料を使って、今でも太陽光パネルの開発を続けているのだが、あの複雑怪奇な形状をどうやって製造しているのだろうとヴェロニカは思い悩んでいた。一般的な平面の太陽光パネルの6倍の発電量が獲得でき、シチリアとサルディーニャの2島は南部の島というメリットも重なり、イタリア半島へ売電するまでの電力を、生産している。世間では、通常の太陽光パネルの性能も向上し続けているのだが、その6倍の能力というのだから、他のパネルメーカーが撤退するのも仕方がない。             「あっ、ママ、あれっ!」次女のセイラが指差した方向で海面が盛り上がって、グレーメタリックの球状の物体が浮き上がってきた。深海に耐えられる形状なのだろう。予想以上に大きかったのでヴェロニカも驚いた。他の船に乗っている人々も指を指して、感嘆の声を挙げている。4本の2対の形状の違うアームが出て来ると、そのアームの先でネットを持ち上げているのが見えた。そのままの状態で大型漁船にゆっくり近づくと、漁船の船員達がネットに手を伸ばして素早く何かをつけている。ネットを引き上げるためのフックのようなものだろう。後部の巨大なウインチでゆっくりとネットを巻き上げてゆくと、ネットの中で成長したクロマグロが、海面から出たと同時にバチバチと大きな音を立てて抵抗の姿勢を見せていた。「あんなに暴れて、みんな痛くないのかな?」確かに、尾鰭でお互いを叩き合っているようにも見えた。母は次男坊の頭を優しく撫でて微笑んだ。あの後、甲板に上がったクロマグロが、次々と大型船内の急速冷凍庫に流れ込んでいって、直ぐに事切れてゆくのは黙っている事にした。                  ヴェロニカとセイラ、キャスバルの3人の親子は、養殖クロマグロの水揚げ支援に、ベネズエラのGray equipment社の海洋探査ロボットの作業風景の見学にきた。イタリア政府も漁協関係者も、研究者達も同じ目的だろう。ベネズエラが誇る海洋探査ロボットを、海面で見れる機会は限られている。  10隻程、ロボットに後部を見せて停留している大型漁船に、海洋ロボットがフロートパネルから次々と生簀のネットを取り外して運んでゆく。ものの10分もかからずにこのエリアの水揚げが終わると、マグロを満載した船はサンレモ漁港へ向かっていった。ロボットが加わったので極めて効率的になったなと、ヴェロニカも口を開けたまま呆然と見ていた。今までは全て、人が作業していたが、これを130箇所で同じ作業を繰り返すのだが、ロボットの投入で大幅に楽な作業となった。今夜はマグロづくしにしようと、決めた。 このような太陽光発電と生け簀が、イタリアの巨大島であるシチリアとサルディーニャの2島で大々的に行われていた。イタリアの漁獲高が養殖事業により、地中海ーとなった。クロマグロの他に、鯖とシマアジも養殖している。今は同じ仕組みをギリシャでも取り掛かり始めている。       昨年、夫 柳井太朗の日本での衆議院議員 当選を見届けて、下の子2人を連れて故国イタリアに拠点を移した。学生時代に両親を事故で亡くしてから、手付かずでいたジェノバの実家をリフォームして生活している。夫婦でシチリア島・パレルモ市内に中古住宅を手に入れて、ジェノバとパレルモを行き来していた。ヴェロニカ自身も母国の国会議員を目指す。既に、セメント会社の会長であり、サッカークラブチームのオーナーでもあるので国内での知名度はある。しかも、当時の日本の首相とモリとの間の子の、嫁でもある。日本が支援している新社会党の施策が好調なこともあって、2重に歓迎されていた。来年の5年ぶりに行う選挙では、日本の里子外相と2人でイタリア政界入りを目論んでいた。子供達が日本とイタリアのどちらを選ぶのかは、本人達が決めればいい。また、ヴェロニカはプルシアンブルー社の顧問の肩書のまま、ベネズエラのベンチャー企業Gray equipment社イタリア支社の代表も勤めている。一体、幾つの肩書を持てばいいのだろうと、正直、悩むこともある。夫と義父に出会ってから、ヴェロニカはいいように使われている。自分の意志で決断したのは、クラブチームを所有したのとイタリアで議員になろうとしている事ぐらいではなかろうか。それでも、夫と義父が持ちかけてくる仕事は楽しかった。元々、自動車のデザイナーだったヴェロニカの幅を無尽蔵に拡げてくれたというのもある。             ーーーー                            2034年の選挙で、イタリアでリベラル系の連立政権が発足し、日本の支援を受けた新政権は順調なスタートを切った。しかしその翌年、第一党党内で金銭スキャンダルが発覚し、党首でもある首相が辞任し、与党の支持率が急落する。連立政権第4党の新社会党党首に、連立政権再興のお鉢が回ってきた。日本の支持があるからと連立他党から頼られ、7人しかいない小政党なので、人気回復までの暫定的な首相でしかないだろうと誰もが思っていた。そこで握った首相の座を確固たるものにすべく、日本・ベネズエラ政府は、亡父との婚姻でイタリア国籍も持っている里子、ベネズエラ国土交通・法務大臣を、新社会党の党幹事長としてレンタル選手のように据えた。政党の幹事長として政権を支える体制を作り、ベネズエラ政府がリモートで政策支援、アドバイスを行うフォーメーションを整えた。誰もが、日本の関与を求めていたのだから、何ら疑問のない人事となった。急遽ローマへやってきたサトコ・モリ幹事長は、新社会党の党運営をそつなく行ない、連立政権をものの見事に支えてゆく。昨年の選挙後、日本資本による太陽光発電外壁リフォーム工事がイタリア南部から順調に進み、自然エネルギー率の向上と、各家庭の売電による家庭内収入の増加が着々と進んでいた。 金銭スキャンダルで政権は揺れたものの、経済的には穏やかな成長に転じていた所で、第二第三の矢が放たれ、新社会党がリードする政権は国民の支持率を次第に上げてゆき、暫定だと思われていた新社会党政権は、未だに倒壊していない。
 イタリア半島は細長く、シチリア島、サルディーニャ島という2大島と周辺に諸島部を抱える、日本列島に近い距離感と感覚を有する国でもある。問題は旧態依然の通信、ネットワーク環境だった。これを抜本的に改善しない事には、日本の最新のAIやITが活用できない。そこで、通信衛星を配置して、諸島部でもイタリア半島のどこでも、繋がる環境を作ろうと計画していた。その入札に日本とベネズエラが加わったので、世界各国が驚いた。日本とベネズエラが、全く同じ内容の提案をする意味が果たしてあるのだろうか?と。しかし、提案内容はベネズエラの圧勝だった。性能は日本の1.2倍で、価格は2/3と明らかな差があった。実際の性能は何倍もあるのだが、そこは控えめの設定にスペックを落として対応する方針だった。両国の提案内容の比較がされると世界中が訝しんだ。「ベネズエラ国内でも出ていない性能と価格を、何故ベネズエラは提案できるのか?」と。それでも価格が安いベネズエラが順当に応札すると、ベネズエラは予備の通信衛星を早速イタリア上空に移動させ、実際にサービスを開始する。いきなり提案通りの仕様と性能要件を満たして、サービスと事業をスタートしてゆく。鉄道、長距離トラック、バス輸送網を新型AIロボット乗務員に置き換えると、新興のIT企業が世界最速のクラウドサービスを提供を開始した。ベネズエラ政府の利用する電子政府化パッケージをスタートして、行政の効率化を実現すると、各産業でデジタル革命を推し進めていった。この時に躍進したのがベネズエラのITベンチャー企業Gray equipment社で、日本のプルシアンブルー社の十八番事業をごっそりと奪ってゆく。従業員はチュニジア、モロッコ、アルジェリア、コロンビア、エクアドル、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コスタリカ、ニカラグア、ベネズエラ人と、エンジニア達の国籍がまちまちだったが、彼らの武器となるAIには新しい機能が付加されていた。AIを介してイタリア語を自在に操り、AIが各エンジニアのマネージャー的な存在となって、個々人を支える。これまでの日本のAIは、ある程度スキルのあるエンジニアが利用するものだったが、この新型AIは、初級エンジニアを中級、上級エンジニアに育成するメニューを兼ね備えていた。政府用ITだろうが、交通インフラITだろうが、初級エンジニアが学習しながら各案件の対応が出来るので、人件費が安く済む。これがコスト安の理由だった。この「育成メニュー」はベネズエラのオリジナル技術だった。速度が日本よりも1.2倍早い理由は、ユーザ数がイタリアに限定されるので、日本のAIよりも早くなるのは当然と煙幕を張った。各エンジニアが各地で完璧な仕事を成し遂げて、イタリアのITインフラ基盤で世界最速の環境を提供して見せたのが、2036年の中頃だった。ローマに赴任した幹事長の里子本人ですら、ベネズエラのGray equipment社の予想外の活躍に慌てた。ベネズエラの支援を絶賛されて、里子の株も上がったのだが、本人は顔を引き攣らせた。勝手に周囲が里子をお膳立てしていたとは、イタリアの方々には分からない。Gray equipment社がイタリアで急成長してゆくと、イタリア人エンジニアの採用を始める。「育成メニュー」があるので、然程スキルや教育を必要とせずに、バンバン採用してゆく。イタリア人の雇用者が増えてくると、手の空いた他国のエンジニアは、イタリアのお周辺国ギリシャやブルガリアへと移動してゆく。Gray equipment社は企業規模の拡大にゆっくりと転じていった。モリは「バッタ進行作戦」と命名していた。その国の農地を食べ尽くしたら、隣の農地にゆっくりと移動してゆく。そもそも、プルシアンブルー社とは企業規模に雲泥の差があるので、数年かけて1か国づつ、じっくりと顧客としてゆくしかない。それでも、ベネズエラ製AIの登場によって、プルシアンブルー社が無敵ではなく、最良な訳でも無いと世界に知らしめる機会となった。これ以降、地中海圏、ベネズエラ国内、中南米では「脱日本、脱プルシアンブルー」がゆっくりと進行してゆく。元々、プルシアンブルー社も巨大になり過ぎていた。宇宙事業へも進出し、中南米やEUから離れた所で大成に影響はなかった。しかし、モリの居なくなったベネズエラ政府も、ローマに着任した里子も、プルシアンブルー社の社員であるモリの娘達も困惑していた。Gray equipment社はモリが個人的に準備して起こした会社で、ベネズエラ政府がコントロール出来ない状況にあると、日本政府には事実を伝えるしかなかった。対外的には、本人は心身疾患で静養中とアナウンスしており、モリが事業の中心に居ると公表する訳にもいかなかった。そもそも、国際入札という公平で、正当な手段で、モリが勝ち取った案件だ。文句の言いようもない。日本側の想定を完全に超える成果をイタリアに齎し、無敗を誇っていた日本が、初めて虎の子のAIビジネスで大敗した事案となった。イタリアが新社会党の首相に転じてからの大躍進を支えたのは、紛れもなくGray equipment社だった。ハリボテ、寄せ集めの状態でスタートした同社は、イタリアの主要都市に拠点を構えて、次第に陣容を整えてゆく。仕事を請け負いながらチームビルディングを行い、本来なら禁じ手の自転車操業経営で成功を収めてゆく。コロンビア人だと自称する謎の経営者は、子供の頃の大やけどで人目には出れないと我儘を言って、AIが作り出したアバターを使い、ネット会談で事を済ますような人物だった。各拠点の責任者に指示を出し、各拠点に採用権限を与えた。一人だけ、ミラノの責任者が更迭されたのだが、採用活動で性的関係を迫ったという事実が、実際の音声情報と共に全社に公表された。社員自身が疑問だったのは、ベースとなるシステム拠点がどこにあるのか、どうやってデータが管理されているのか、各拠点の責任者も一切知らされていなかった。ただ、日本でも追いつかない処理能力とサービスが提供されているのは間違いなかった。 プルシアンブルー社のサミア社長もゴードンも、山下智恵会長も、モリの宣戦布告だと受け止めた。モリが勝つ試合を挑んできたのは理解しながらも、所詮営業あがりの経営者だ。こっちが得意なシステム勝負で挑んでくるとは片腹痛い、瞬殺してやろうじゃないかと狼煙を上げた。常勝軍団だと奢り高ぶっているプルシアンブルー社への批判のつもりだろうが、このままやられる訳にはいかないと、Gray equipment社対策部隊が組織された。まずはイタリアの地で、Gray equipment社を丸裸にしてやろうと意気込んで見たのだが、能力の凄さに返り討ちに会い、打ちのめされた。簡単には策は講じられないと理解した。完璧とも言えるブラックボックスを、どうしても解き明かせないままでいた。
ーーー                               ベネズエラでは、静養中としていたモリが正式に辞任して、政界を去った。それと同時にカナモリ大統領、コシヤマ首相兼厚労相から「暫定」の2文字が外された。2038年、カナモリ大統領が学者として海洋探査に参加し、カリブ海で遭難し、行方不明となった。ベネズエラは政権を再度、体制変更した。現職のコシヤマ大統領とサクラダ首相兼外相国防相は、ベネズエラ軍の閲兵式に出席していた。7年前に国連とアメリカによって送り込まれたモリが、ベネズエラ大統領に就任したこの日は、祝日となった。2年前の4月の式典ではモリも参加して、久しぶりに公の場に姿を見せたのだが、カナモリ前大統領が行方不明のままなので、今年も参加を見送った。乗員8名全員の行方が、手掛かりすら、見つかっていなかった。
 カラカス湾には、南太平洋で行われているパシフックリムに参加中の太平洋艦隊を除き、大西洋艦隊、カリブ海艦隊の一部が集まった。武蔵、長門、陸奥の、大和の兄弟艦と、飛龍、赤城といった空母が湾内に停泊していた。 湾上では、ロシアのスホーイ製改良機と訓練機の隼が航空ショーを演じている真っ最中だった。カラカス市民も隣接する海浜公園で、閲兵式の模様を眺めていた。ベネズエラの閲兵式は海軍と空軍によるショー的な内容なのだが、今年は陸軍が最高のショーをベネズエラ国民にお見せすると陸軍大佐が豪語していた。この日の空母赤城は白い水性塗装が施されて、海浜公園の200M程度先の一番手前に浮かんでいる。その甲板上に、白い上下を着た軍人達が大きな水鉄砲のような銃を片手に持って、手を振りながら出てきた。大臣や軍人達が座っている席の前に、陸軍大佐が出てきてマイクを握った。これから空母赤城を、先に壊滅掃討したペルーの左翼ゲリラ、センデロ・ルミノソの制圧時のように、今回は海上での掃討作戦を想定して行いますと事前説明を行った。海軍兵が持っているのはペイント弾を放つ銃で、当たると赤い色が着く。降下してくるロボットも、分かりやすく白く塗っているらしい。
塗料は天然素材で出来ており、自然分解するので、ご安心くださいと、軍の広報の女性兵士が念押ししている。軍もエコをアピールしなければならない時代なのだ。
「皆さん、空をご覧下さい!」と広報担当者がいうので空を見上げると、カラカス空軍基地から飛び立ったC3輸送機が海上を飛んでいた。「では、ご覧下さい。陸軍の精鋭部隊の登場です!皆さん、これがペルーで活躍した飛翔ロボットです!」と言うと、ロボットが輸送機からどんどんと機体の外へ飛び出した。海浜公園の市民達は大きくどよめいた。その数、200体ぐらいはいただろうか。飛翔ロボット自体はチタン合金で軽量化が施されており体重は20Kgもない。背中にフライトユニットを装着して小型ジェットエンジンで自在に飛ぶと広報が説明をしている。「速度の早いドローンと軽量ロボットを合体させたとお考え下さい」というと、市民が空を見上げながら一斉に頷いていた。謁見しているサクラダ首相兼外相・国防相の頭の中には「初期型モビルスーツ」という言葉が浮かんでいた。
隊列を組むと、一斉に空母目掛けて滑空してゆく。先頭のロボットは白い盾のようなシールドを持って、その後を列を成して降りてゆく。その列が20列出来た。赤城の甲板に居る兵士達がペイント弾を一斉に発射すると、列の先頭ロボットが持つシールドが赤く染まってゆく。公園中に大きな歓声が湧いた。
「ペルーのゲリラ襲撃ではゴム弾を利用しました。相手を殺害はしておりません。残念ながら左腕を骨折する重傷者が1名出ましたが」と広報が釘を指す。滑空したまま、空母の艦橋部を攻撃するチームと、甲板に居る兵士達を攻撃するチームに別れた。甲板に降り立ったロボットからフライトユニットが分離されると、ユニットは何処かへ飛び去ってしまった。ロボットだけとなった姿で、空母の駆動部となるエンジンの上部付近に張り付き、大きな風船を膨らませているチームも居る。爆弾のつもりなのだろうか。広報の隣りにいる陸軍大佐が「これより空母を無力化する。風船、爆破!」とマイクに向かって大声で言うと、風船が割れて中の石灰の白い粉がモワッと広がった。
「空母の無力化」2035年に勃発した死者ゼロで終わった、第2次フォークランド紛争で、中南米軍が、イギリスの空母、クイーンエリザベスを始めとするイギリスの全ての主要な軍艦を沈めた。原子力空母神話を破壊させた初めての紛争というので軍事評論家では話題となった。
アルゼンチンの沖合に浮かぶフォークランド諸島を「発見」したイギリスが19世紀から統治してきた。1982年に当時軍事政権だったアルゼンチンが島を占領し、領地と主張して、イギリスが島を奪還したのが最初の紛争となった。島民の大半がイギリスからの入植者だったのと、当時はイギリスの方が断然経済が安定しており、多重債務国家のアルゼンチンへの帰属自体を島民は考えていなかった。しかし、21世紀になって中南米諸国連合が躍進し、アルゼンチンが連合内で準リーダー的な存在になってくると、物資の取引量も増え、南米に帰属したほうが好ましいとする島民が多数を占めるようになった。島民の日和見主義が面白くないイギリスは軍隊を増強し、統治を強化した。イギリスは住民の意向を尊重すると言い続けていたのだが、フォークランド諸島でも二枚舌外交を展開、これまでのイギリス政府の発言を無視して「領土」として主張し始めた。偵察に現れたアルゼンチンの海上保安庁の艦が、イギリス戦闘機の突然の攻撃を受けて、沈没した。その模様が映像に残っており、この非がイギリス側にあるのは明らかだった。アルゼンチン政府からの国家国土防衛要請に基づいて、ベネズエラ政府は大西洋艦隊を派遣し、空母・飛龍から飛び立ったベネズエラAIを搭載したロシア・ホーネット社の戦闘機が、イギリスのF35戦闘機、ユーロファイターの42機と交戦した。イギリス機の先制ミサイル網を難なく撃破したベネズエラ機は近接戦に持ち込み、ペイント弾をイギリス機の風防ガラスに当てて無力化した。全てのパイロット達がパラシュートで脱出した事を確認し、イギリス機42機全機をミサイルで破壊した。そのまま空母クイーンエリザベスに襲いかかり、銃弾の雨の外からペイント弾を甲板や艦橋に投下して真っ赤に染めた。レーダーも無力化すると、ただの船になってしまった。ディーゼル潜水艦5隻から新型魚雷が、イギリス艦隊に向かって放たれた。アニメからヒントを受けたこの魚雷は、艦にグサリと刺さってから先端のドリルが回転して艦にめり込んでゆく。そして浸水を促す、爆薬を積んでいないドリル魚雷だった。浸水したイギリス艦隊は次々と沈んでいった。ゆっくりと浸水するので、艦の乗員達全員は余裕で退避できる。イギリス海軍がー瞬にして壊滅すると、翌朝、レーダー感知出来なかった中南米軍の大艦隊が、グレートブリテン島の沖合に集結しているのが、イギリス国民も目視できた。ベネズエラ海軍大西洋艦隊旗艦の武蔵だけが、島から100Kmの距離を離れていた。主砲からペイント弾を連射して、ロンドン港を真っ赤に染め上げていった。
イギリス政府は即座に敗北を認め、フォークランド諸島をアルゼンチン領として認め、アルゼンチン政府へ支払う巨額の賠償金を背負った。海軍に船が無くなったので、以降は米軍への支援を要請することになる。その第2次フォークランド紛争時の、様々なものを赤く染め上げた記憶が、各人の記憶に蘇っていた。
甲板上の兵士達は何時の間にか全身が赤くなっている。飛びながら攻撃していたロボットが甲板に順に降りてゆくとフライトユニットが分離して飛び去ってゆく。赤く染まった甲板上の兵士達に手錠をかけて、拘束してゆく。滑空開始から制圧完了に至る、ロボットが撮影した実際の映像がオーロラビジョンで繰り返し再生された。「ご覧いただけましたでしょうか、我々陸軍は、カリブ海方面軍の主力空母、赤城を僅か5分で無力化し、制圧いたしました。この度、めでたく海軍に勝ちましたので、次回は空軍に勝つ方法を考えようと思います!ご静聴、誠にありがとうございました!」と言って敬礼して、サクラダ首相が笑いながら大佐の尻を叩いて、大佐がワザとツンのめったように転んだ。オーロラビジョンを見ていたギャラリーは大喜びだ。    陸上自衛隊の最強部隊と言われている空挺部隊を上回る攻撃力に、各国の軍事関係者は度肝を抜かれた。パラシュートを使わないので、荷物を回収する手間も要らず、行動時間も早い。ロボットの射撃能力の高さも去ることながら、ロボットが飛び回りながら、洋上の空母を制圧してゆくというのは、ベネズエラ軍にしか出来ない芸当だった。自衛隊もプルシアンブルー社も、この映像を見て啞然としていた。日本のAIではフライトユニットとロボットを対にして作動させるのは出来無い。自在に飛び回りながら攻撃しているのだから、2つの装置を同時にコントロール出来ているのだろう。分離後は別々の動作をしているが、日本のAIでは、これができない。実際に、中南米海域の国籍不明の不審船の臨検では既に使われており、演習内容から、シージャックされた客船の奪還作戦も可能だろうと判断された。しかも、人では無いので、夜間だろうが、降雨時だろうが、安心して指示できる。
しかし、ここで終わりでは無かった。今度は海軍大佐が出てきてマイクを握った。そして陸軍大佐を指差して言い放つ。もはやコントの領域だった「全くおめでたいやつだ。貴様、これで勝ったと思うなよ。ベネズエラの皆さん、我が海軍が誇る、新たなラインナップをご紹介しましょう。潜水空母、アイ400浮上せよ!」
沖合に巨大な潜水艦2隻が水面に浮上してきたので、市民は拍手喝采だ。しかし、大佐は「潜水空母」と言った。2艦のハッチが開くと、大型ドローンが飛び立って、空母赤城へ飛んでゆく。おおっと人々が歓声を上げていたら、今度は小型の航空機が次々と飛び出した。どうみても無人機のサイズだった。2艦から飛び上がったのが計40機、これが一斉に空母赤城へ飛んでゆく。甲板に先程着陸したロボット達を今度は青いペイント弾で染め上げてゆく。先行して飛び上がっていた大型ドローンから飛翔ロボットが飛び出して、甲板へ着陸すると、青く染まったロボット達を拘束していった。
「作戦完了!皆さん、空母赤城は陸軍の魔の手から、めでたく開放されました!」
「i400」と名付けられた潜水空母に、小型無人機が次々と着艦してゆく。海軍大佐が続けた。「このように、空母の艦載機が作戦のために飛んでいった隙を突かれて、攻撃されるケースが考えられます。我が海軍はこの潜水空母を各艦隊に加えることで、艦隊の保全力を向上させます。この潜水空母はベネズエラ軍のオリジナル艦となります、今後ともご愛顧の程、宜しくお願い申し上げます!」誰に言っているのか、セールストークなのか 分からないが、これでこの日の式典は終わった。
嘗て、日本海軍が「伊400」という潜水空母を実際に建造し、配備した。機体の羽を畳んでプロペラ機を円筒状の空間に格納し、カタパルトを使って艦載機を飛ばした。しかし潜水艦には甲板が無いので、艦載機は着艦できない。つまり、艦載機が着陸できる場所がないと作戦に参加できない代物だった。これが、AIで無人で飛ばせるようになり、機体の小型化によって、着艦も容易に出来るようになった。当然ながら、アメリカの沖合に浮上して、機体を飛ばして沿岸を攻撃する事も出来る。各国の軍事関係者はこの映像を見て騒然となった。勿論、日本政府も、防衛省もだ。
このようにユニークで、独創的なペイント力を持ったベネズエラ軍は「殺傷しない軍隊」と言われるようになった。実際には、「影の部隊」も有しており、人命殺傷も已む無く行う事もあるのだが。                                  何れにせよ、ベネズエラ製AIの投入により、自動車と、太陽光発電以外の電力事業の分野を除いて日本のAIとITの関係性を解消する段階へと変わってきた。システムとAIが完全に別個なものとなり、ベネズエラは乗用車以外の日本製品の購入の機会は殆ど無くなった。新興のベネズエラのIT企業が勢いを増して、中南米経済圏に浸透しながら、北米への進出を始めていた。GDPでは日本、インド、中国、アメリカに続く5位の大国となり、2039年より石油・ガスを始めとする地下資源輸出を本格的に始めたので、インド、中国、果ては日本をその内に抜くのではないかとも言われている。 コシヤマ&サクラダ政権の中南米内需拡大策により、中南米の低所得者層の底上げが大幅に進み、アジアの次を担う一大経済圏と呼ばれていた。中南米企業各社は5年前からアフリカへ進出を本格的に始めて、プルシアンブルー社を始めとする日本企業各社の、アフリカ、中南米からの撤退が、徐々に始まっていた。    
ベネズエラが、そして中南米が、独自路線を歩み始めた。日本人が政権を担っているのに、脱日本化を推進し、更なる上を目指す。一時期はベネズエラ経済を抜いた北朝鮮へ、そして祖国日本をけしかけているようにも見えた。
                                 (つづく)

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