見出し画像

(5) 人身御供? (2023.12改)

有楽町のデパートを源 翔子と平泉 里子が訪れていた。
期間限定の業務提携契約を交わしたアパレル会社が出店する店舗に、視察にやってきた。

明日オープンする店舗の一角には「pb」の女性用スーツ、コート類が並べられている。
紳士服フロアの店舗には、男性用のスーツとコート類がかなりのウェイトで陳列してあった。
嘗て同店舗は英国ブランド「Burbe○ry」を扱っていたのだが、提携解消に伴って取り扱いが出来なくなり業績が低迷していた。コロナによるアパレル不振もあって苦戦を強いられる中、2022年末までの2年間の期間限定で「pb」製品の提供を行う期限付きの契約を交わした。
翔子と里子は目星をつけていた商品を試着をして、購入した。

ほぼ同時刻、青山表参道「Br○oksBrothers」の
本店に、平泉姉妹が訪れていた。
同社の日本法人は一度倒産し、経営再建に奔走している。アメリカントラッドを代表するブランドもコロナのアパレル不況には耐えられなかったのだ。プルシアンブルー社とPB Mart社は同社の株を25%づつ50%購入し、この度、傘下に収めた。
店内の一角には同社の商品の他に「pb」の男性用・女性用のスーツ、コートが並べられていた。平泉姉妹は「pb」ではなく、同社の発祥と言われているボタンダウンシャツや、ジャケット、スカート類を買いまくっていた。​
「Bro○ksBrothers」は全国のデパートにも出店しているので、購入先として補完できるのとPB Martのネット販売​の取り扱い商品となる。

明日の再オープンの準備は、全国の2法人の各店舗で整ったようだ。
スーツやコートは試着の必要があるし、男性スーツは足の裾を採寸し、裾直しする必要があるので「提携、もしくは資本参入」の形を取った。プルシアンブルー社の衣料部門は新たな展開に舵を切った。

プルシアンブルー社の新宿オフィスと、大井ふ頭事務所の職員達全員が「pb」もしくは「BrooksBr○thers」のスーツやジャケットを着用していた。9割以上が元CAなので制服のようにも見え、様になっていた。
杏と樹里が所属する芸能プロダクションが提携しているカメラマンが仕事中の社員たちを撮影し、「pb」と「Br○oksBrothers」のホームページに写真の数々が掲載された。
下手なモデルを使うよりも、元CAが着用する方が「破壊力」があったようで、彼女たちが着用した服の方が売上が高くなった。

翌日の全国各地の店舗では、どの店舗も活況を呈していた。
富山県知事・副知事の2人も、開店直後のアメリカントラッドの富山店を御忍びで訪れて、一般のお客さんと争いながらジャケットとスーツ等を買いまくっていたらしい。

経営難に陥っていた2つの法人は息を吹き返してゆく。

ーーーー

横浜東口のデパートでコートを購入した杜 蛍は、自分の昼食用に何か買って帰ろうとデパ地下目指してエスカレーターで降り、食品売り場を徘徊していた。
コロナ感染者が増え出したとニュースで報じられているからか、フロアは閑散としていた。

今後の感染の広がり次第では、子どもたちの通う私学もリモート学習になるかもしれないと言っていた。
飲食店事業を始めようと考えている蛍は「この冬は見送った方が良さそうだな」と起業の先延ばしを決断する。デパ地下の商店にはツラい冬になるかもしれないと考えた。
しかし、蛍も含めて大方の予想に反して、コロナ対策は施されつつあった。

最も大きな変更点は、全国にある社会党各支部で調達出来るようになったPCR 検査キットだろう。全国の医療機関で検査キットが使われ、判定が早くなった。
また、富山県内の保健所がPCR検査判定施設を県内に設置した経緯を真似る保健所が、幾つかの県で立ち上がりつつある。トピックスはやはり東京都だろう。都内各所でPCR判定所の設置を始めると報じられると、雪崩を打ったように全国で検討が始まっていった。

東京都が動き始めると、政府も厚労省内のガン細胞の摘出に動きだす。PCR検査に否定的な厚労省関係者の更迭、後任の選出と、PCR検査の容認の方向へ動き出していた。
東京都知事が失職したのも大きかった。
「都議会野合連合」と呼ばれている、与党・都民セカンド以外の都議が結束して、都内の救急センターにプルシアンブルー社のドクター・ドローンの配備を進めていた。
単独社会党都議のモリが提案した訳でもなく、自然発生的に計画がスタートした。先日まで開催されていた都議会で、都のコロナ予算枠を利用して、ドローンと診断用PCのセット120式のレンタルが決定していた。
東京都が率先してPCR検査の導入に踏み切ったのと同様に、ドクタードローンの導入が浸透すると思われる。

「石場政権はツイている」とマスコミから言われるようになる。社会党とプルシアンブルー社に支えられる形で、コロナの封じ込めに挑むことが出来る。
もう一つの明るい材料が中国経済が可動を始め、様々な指数がプラスに転じ始めている点だ。
6−9月末までの四半期統計結果がプラス転換し、北京政府は2020年の予想経済成長率を前年比2.5%増となる見込みだと発表した。
財政・金融両面からの景気対策が寄与して投資が回復に転じている。新型コロナ禍が収束に向かい、生産体制がほぼ正常化を遂げ、順調に輸出が増加している。国内の個人消費も緩やかに回復し、可処分所得・失業率などの指標が全て改善傾向にある。
中国は日本の最大の輸出入先でもある。 昨年2019年の輸出は15兆820億円で日本の輸出総額の 22%を占める。輸入は超過となる 17兆5,077億円で 、全体の1/4以上を占める。
2位のアメリカを大きく上回り、コロナ前の日本企業の進出は増加の一途を辿っていた。
コロナが勃発してから取引2位アメリカ以下台湾・韓国とも輸出入が停止状態だったので日本経済も失速したが、未だ混乱しているアメリカ以外の中国と取引3、4位の台湾、韓国も感染の広がりを抑えているので、全てでは無いにせよ全体輸出量の3−4割程度まで輸出入を戻せれば、日本経済もアイドリング状態を維持出来、来年以降のコロナ明け後の足掛かりも築ける。
合わせて、日本政府も企業給付金などの出費を抑制できるかもしれない。

何度も繰り返すが、石場政権はツイていた。
中国向けの輸出環境が回復基調となり、国内輸出産業が多少なりとも動き出し、同時にこの冬のコロナを押さえ込む事に成功すれば、輸出入に牽引されて経済が好転するかもしれない。
何もしないまま散っていった無能な前政権との対局を示す、絶好の機会が永田町に訪れていた。

ーーー

有楽町のデパートでオープン前の店舗で買い物視察を終えた翔子と里子は、有楽町と日本橋の2箇所にある、富山県のアンテナショップを梯子する。
日本橋店ではPB Martが提供する寿司を食べ、志乃が監修したスイーツを試し、モリが提携したベトナムロースター会社の100円コーヒーを飲んだ。
寿司とスイーツは想像した通りの味だったのだが、100円コーヒーはこの日初めてだったので驚いた。都内なら千円位する仕上がりだ、と2人で話し合っていった。

コーヒーを100円としたのには理由があった。全国43店舗のガソリンスタンド「PB Enagy」に併設しているコンビニタイプのPB Martでコーヒー販売を始めたからだ。
これから季節は冬になるので缶コーヒーだけではマズイと影のオーナーが考えたらしい。

「社員食堂でも飲めるようにしてよ」
里子が翔子に要求する。

「100円なら、社員はタダでもいいよね?」言い終えた翔子が、ニヤリと笑う。

「福利厚生だね、よし採用!」PB Martの平泉里子社長は職権乱用を行使する。
妊娠が分かってから、態度が一変したように翔子には見えた。
里子と副知事の幸乃の妊娠は計画通りだったと、翔子は蛍から報告を受けた。     
「翔子さんと志乃さんに対しては避妊してるハズ」と言われて、頷くしかない。妊娠するはずがないのも自分が1番良く分かっている。
幸乃は富山に居るので最優先扱いとなり、幸乃の妹の志乃の参画でナーバスになった里子を次の対象としたと知ると納得の結果となる。確かに四方八方が丸く収まる。

「次は翔子さんで、多分春頃から計画が始まる。妊娠3−4ヶ月あたりで2人が出産して、翔子さんが産休に入る頃に、2人が復帰になったら理想的かな?」
裏で夫を操っているのを、さり気なく知らせる。モリにして見れば、妻の承認なしに勝手に出来ないのも分かる。変わってるし、面白い夫婦だなと笑う。あの2人だからこぞ、こうしてこの世の幸せを噛み締めている里子を見られるのだと。

「何か面白いものでも有るの?」
里子が振り返って後方を探している。相変わらずだな、と翔子は思い、笑った。

「日本橋って中国系の人、結構いるんだね」前を向いた里子が言う
「中国資本の日本の貿易会社が動き出してるんだってさ。中国の輸送会社も空輸便を再開するらしい」
「そうなんだ。 で、誰の情報なの?」

「あなたの旦那さまだよ」

「だ、ダンナさまって・・」
真っ赤になって下を向いた。初い奴じゃと笑う。

「旦那様によると、中国市場は後回しで東南アジアを優先するんだって。一つには中国は日本企業の生命線だから、ビジネスチャンスを奪わない。だからプルシアンブルーは手を出さない」

「でも、中国が家電やITが欲しいって言って来たら、提供するんでしょ?」

「んー、難しいと思う。共産国だから先端技術製品の提供は出来ないかもしれない」

「なるほど・・でもPB Martは出来るよね?衣と食には先端技術は使われてないんだもん」

「そうだねぇ〜」  

里子と翔子は2人で温めているプランを思い出し、笑いあった。

ーーー

その頃、紀尾井町の老舗ホテルの喫茶店で、源 翔子の叔母と姪の啓子と真麻の母娘が、梅下外相の秘書宮崎 巌と面会していた。
宮崎は、嘗て梅下の彼女だった由真の母と妹の身元調査を踏まえた上で、面会に望んでいた。宮崎は母親の啓子に大いに関心を抱きながらも表に出さずに、母親の話に聞き入っていた。

「議員が由真との復縁を求めていらっしゃると伺い、嬉しく思っています。後家になった娘だと知りながら、手を差し伸べて頂いたのですから。
ただ、嫁ぎ先の生活環境で精神的に病んでしまいました。今は東南アジアに行っておりますが、あれはリハビリを兼ねているのです。嫁ぎ先での日々を忘れるよう逃避しているとも言えます」

「そうですか・・それは大変ですね。私はニュース映像で拝見しただけなのですが、お元気そうに見えたので、そんな状況にあるとは思いもしませんでした」          

「東南アジアの次は北米にも向かわせようと考えています。郊外の自然の中で滞在して、大阪での日々を思い出さないようにするのがいいだろうと、お医者様も言っています。あぁ、担当医は富山県副知事の村井先生になります。
本人も東南アジアでの滞在を喜んでおりまして、いっその事、熱帯圏での居住も良いかもしれないと、先生もおっしゃっています」

何代にも渡る世襲家であれば尚更だが、政治家の妻には「内助の功」が求められる。不在がちな夫に代わり家を守らねばならない。
「そう考えると不向きと考えざるを得ないか?」と秘書の宮崎は思う。だが、母親は次女をと共にやってきた。一人では心細いから、というタイプとも思えない。実際、大阪では名の知れた士業家だと聞いている。妹も、姉に似て美人だ。代わりに妹を?まさかな・・

「私のような老人には南国の熱さは耐えられないでしょうが、まだお嬢様もお若いですし、再起を計るには良いかもしれませんね」

「宮崎様はお若く見えます。アジアで老後を過ごされる方も多いと聞いています。現地でメイドさんを雇って暮らしている方々も少なくないそうです」

「ははっ、あなたのような美しい方から誘われれば考えもするでしょうが、そういう機会ももう、無いでしょうね」

「では、僭越ですが調子づいてみますね。コロナが終わったら何処か旅行に連れて行って下さい」啓子が言ったあとで頭を下げると、隣の真麻が母親を叩いた。

「突然何をおっしゃいますやら、些かご冗談が過ぎるのではありませんか?」
宮崎が笑いながら言うが、次第に笑顔を失ってゆく。啓子が真顔だったからだ。

「娘の勝手な判断で、嫁ぎ先を誤りました。あのまま梅下先生の元におれば、こんな結末にはなりませんでした。娘の婚姻を認めた私にも過失と責任があります。
梅下先生にはお詫びしきれない程のものが手前共にはあるのです。
娘の具合が良ければ、先生のご厚意に甘える機会もあったかもしれませんが、それが叶わない今となっては、金銭的な手段や、何らかの代替手段で報いるしかないと考えております」

「代替手段とはなんでしょう?」
自分の想像通りになれば良いのだが・・宮崎は願った。

「私達親子が長女に成り代わり、お勤めするというものです」
啓子と真麻の母子が頭を下げる。

宮崎は2人の後頭部を見て、ニタリと微笑んだ。

(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?