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(9) 7nm の衝撃 。 (2023.12改)

富山・新湊で富山県が所有する大型漁船「豊富丸」「富喜丸」の2隻の進水式が、富山湾のみならず、鹿児島・岡山・青森陸奥湾・宮城の一部の各漁協組合関係者が集って開催されていた。 

進水式前に、プルシアンブルー社が購入した乾ドッグにて新型船が報道機関に公開された。
両船とも韓国の造船所で製造されたが、ボディ部分のみ製造委託し搭載エンジンは日本製ディーゼルエンジンを搭載し、タグボート2隻に曳航されながら富山へ到達した。新湊港のドッグ内に引き上げられると、全て日本製の内装と計器類・設備はプルシアンブルー社が設置した。プルシアンブルー社が改良した点として、エンジンのAIハイブリッド化と、AIによる自動航行機能を付加した。穏やかな海域の航行時はヒトの代わりに操舵を担い、操舵担当者の負担を軽減する。
また、船に搭載された多彩な無人機の方が船よりも注目を集めていた。海軍、海自での哨戒活動に習って開発した魚群探査を行うAI小型ヘリ、寒い海での漁となるので、レスキュー作業を担うAI小型ヘリ、乗員が食す魚を捕らえる投擲ドローン、探査用AIソナーや魚群追い込み用AIドルフィンを投下するドローンなど、従来の漁船には無い、支援機が充実している。
防衛省関係者、海上保安庁、警視庁などにも招待状を出し、AIを使った応用製品をご覧いただき、調達部門や技術部門の関係者に機能の説明とデモンストレーションを見学頂き、オプション機器の動作確認を頂く、異例の進水式となった。
プルシアンブルー社のサミア社長が終始はしゃいでいた。漁船自体の完成度ではなく、AIを搭載したドローンや小型ヘリの用途拡大がPRできたからだろう。説明員の仕事を奪うかのように先頭に立って、問合せに応えていた。
ドローンが自立飛行を実現している時点で既にアドバンテージがある上に、「飛行しながら作業する」段階まで進んでいるのを示す展示会であり、発表会に変えてしまった。
防衛省、海上保安庁等がわざわざ富山へ出向き確認したのも、それだけ注目しているからだった。

とは言え、漁船の進水式なので式典は粛々と進んでゆく。
進水式のテープカット、シャンパン割に富山県知事の金森鮎が壇上に上がり、スピーチに臨んだ。

「日本の漁業の未来は、お集まりいただいた漁業関係者である皆様に託されました。
社会党は皆さんを強力に支えます。既に報道されておりますが北海道・稚内に専用の水産物集積拠点を用意いたしました。各県の漁師達が稚内に参集し、稚内とロシア沿岸をピストン移動して効率的な水揚げを行い、本州、九州への専用貨物列車による大量輸送体制を整えました。
岡山にある造船所を買収し、既に新型漁船の建造に着手しております。来年末までには6隻、再来年には10隻と大型漁船を増やして、宿泊施設も増設しまして全国の漁師の皆さんの活動をバックアップする所存です。
さぁ、新たな旅立ちの時が参りました。
先ずは稚内で待っている青森と宮城の皆さんを迎えに行きましょう!日本漁業の未来に幸あれ!乾杯!そして、出港だあ!!」
金森知事が拳を上げると、関係者が応えて拳を上げた。

「ポチッとな」と、カメラ視線で村井幸乃副知事がボタンを押し、金森知事がシャンパンのボトルを船の錨の隣で叩き割った。船がスルッと滑り、ザッパーンと船が海に入水すると、拍手喝采となった。
豊富丸には富山の漁師たちが、富喜丸には岡山の漁師たちが小型船舶から両船に乗り込んで、一路「北」を目指して出港していった。2隻は稚内でメディア関係者を降ろして、青森と宮城の漁師たちをピックアップしサハリン沖で、試験操業という名の本格的な漁に向かう。
日本海を北上しながら甲板から哨戒用小型ヘリが飛び立つ。
漁船のメインの寄港地となる稚内までは、取材を兼ねて富山のメディアが乗船している。その客人に振る舞う料理のために、魚の群れを探しに飛んで行った。
やがて日本海の公海に達する地点でヘリから、水鳥が舞っている映像が届く。漁船から4.6キロ離れた海上に向かって3機のドローンが飛んでゆく。哨戒機が海中に投じたソナーから魚影はイワシと特定されている。2機のドローンで網を引き、引き揚げるとそのまま船に戻ってくる。大量に一網打尽にする訳ではないのだ。

「今夜はイワシの刺身と叩きに、つみれ汁、明日の朝食はつみれ汁にイワシの蒲焼きを焼くとしよう」
調理責任者が宣言すると、記者とカメラマン達は喜んだ。新鮮な捕れたてイワシのフルコースで、稚内までは客船のような扱いなので、酒もビールも飲めると聞いていた。
「余ったイワシは稚内漁港でセリに出すんだ」と、漁の模様を撮った哨戒ヘリの映像を説明するオペレーターの話を聞きながら、記者たちは食い入るようにモニターを眺めていた。

北海道稚内市の漁港に隣接する倉庫郡の空き地だった場所に、3階建てのアパート2棟が建設中だった。1棟は既に完成しており、青森の漁師たちが入居したばかりだった。
富山を出港した大型漁船は大規模なメンテナンス以外は稚内が拠点となり、ウラジオストクとサハリンとピストン移動し、乗員が各県の漁師がローテーションしながら乗り込んでゆく。故に全ての水揚げを稚内で行う。但し、冷凍コンテナの貨物列車に積み込まれて、本州と九州に運ばれてゆく。海産物は青森、富山、岡山、鹿児島の4市に供給される。

青森の漁師たちは富山からやってくる船に加わってロシアを目指す。彼らが出港した後で宮城・気仙沼・石巻の漁師たちがアパートに入居する。先ずは試運転しながら、全体の運用方法を常時点検しながら、修正してゆく。

間もなく、安価な魚介類が日本の食卓に届くだろう。

ーーーー

レポートを渡された米国大統領代行は技術的な内容に困惑し、頭を抱えていた。
プルシアンブルー社の技術が進んでいるのは分かるが、危機を煽るような文言が散りばめられている意味が分からない。
ペンタ大統領代行はIT技術専門のホワイトハウス付の報道官とスタッフに説明を求めた。

「7ナノという単位の微細化技術で量産化を実現しているという理解はした。現行のCPUが14ナノの製造環境で生産されているというのもね。そもそもなのだが、彼らの前の企業の半導体製造技術では7ナノは2015年の時点で実現してると言うじゃないか。、だったら、直ぐに追いつくのではないかね?」

「確かに/BMは試作レベルでは成功していますが、量産化となると全く意味合いが変わって来ます。チップを量産化する為のインフラ、半導体製造装置を始めとする生産工程を新たに構築する必要があるのですが、この量産化技術が簡単には追いつかないのです」

「どうせ、台湾か韓国に製造委託しているんだろう?だったら同じように、我が国も委託すればいいだろう?ついでに技術を盗めと両国政府に言おうか?」

「いえ、台湾も韓国もそして我が国も最先端の製造ラインは14ナノ、なのです。CIAは日本国内で製造していると見ています」

「日本のどこで? あの国には14ナノ製造の環境すらないと聞いてるぞ」

「トヤマです。ペットフード製造と肥料工場だと彼らが言っている工場の衛星写真なのですが、小さな建屋では確かに何やら製造していますが、ダミーだと思われます。そもそも、そんなものを作る為にクリーンルームは不要なのに、誰も疑問に思わなかった。我々の日本チームは騙されたのです・・。
どちらも大きな方の建屋です。半導体製造の前工程と後工程のいずれかを担っていると思われます」

「スマンが半導体サイズが小さくなると、一体どうなるのだろう?実はエレクトロニクスに疎いので、簡単なレクチャーをお願いしたいんだが・・」

「かしこまりました。インテルルやAaMmDd社の最新のCPUでは、122.4mm2サイズのチップに14ナノの単位で配線しています。チップ内には様々な回路が配線されています。
実物のサイズに置き換えると分かりやすいと思います。CPUのチップを、ヤンキースタジアムに置き換えてみます。10や20のスタジアムでは済まなくなるので現実的ではないのですが」

スタッフの一人がホワイトボードに卵のようなものを書いて、「x654ピース」と卵の絵の隣に書き込んだ。

「14ナノの配線を、私の7mmのボールペンで書いた線で置き換えたと仮定します。
ヤンキースタジアム約654個分の面積に、このボールペンで線を書き続けていきますので、気が遠くなる本数のボールペンが必要になります。日本人なら間違いなくインクの替えが可能なペンを使うでしょうね。
また、CPUの出荷日が即座に迫っているのでペンで書く為に何万人の作業員を投じなければならないとか、そういった無駄な労力となる計算はAIに託したいと思います。恐らく誰もやりたがらない仕事になるのは間違いありません」

大統領代行が笑いながら頷いた。ジョン・アンダーソンは説明を続ける。
「そういったペンが実際に現存するのか調べていませんが、7ミリの半分ですから、3.5ミリのボールペンがプルシアンブルー社の7ナノ技術では使われているとお考えください。
同じ能力のCPUを製造するためには、ヤンキースタジアム327個分の面積に、同じ本数の配線をより細く並べて書くハメになります。作業量は半分で済みますが、異常なまでの微細な作業になりますのでヒトが書き込めば失敗も増えますし、気が狂い出すでしょう。
倍の作業をこなすのか、半数の作業量のクレイジーな仕事を選択するのか、現実離れした議論はこの場では割愛させていただきます。申し訳ありません。

さて、プルシアンブルー製の7ナノ・テクノロジーで量産されたCPUは、インテルル社と同じ122.4mm2のチップで作られていました。同じ、スタジアム654個分の広さですね。
しかしチップ中の回路はカルフォルニアの半導体技術者が見たことがない小さなもので、インテルル社のCPUの倍の数量の回路が敷き詰められていました。つまり、単純に倍の能力があると想定されます。
閣下、インテルもAMDも同様のCPUを量産するには、少なくとも5年は欲しいと申しています」

「5年後では、彼らはその先を行っているだろうな・・」

「仰る通りです。大した投資もせずにいとも簡単に7ナノの世界を手にした彼らが、5ナノに到達するのは驚くべき速さとなるかもしれません。おっと、失礼しました。半分の3.5ナノではなく「5ナノ」と申し上げた理由ですが、5ナノ以下となりますと液体の分子構造以下となるので、物理的に製造が不可能となるので、研究者は5ナノの世界を模索して研究中なのです・・・

プルシアンブルー社が農作業用のバギーをレンタルで提供しているので、これまで存在を確認できませんでしたが、連中がオートバイの販売を最近始めたので、7ナノ技術のCPUの存在が分かったのです。
彼らが製品販売に踏み切った背景には対抗馬が見当たらないので、隠す必要もないと開き直ったのだと見ています。
彼らは家電や自動車、航空機も製造すると言っています。日本のオカヤマの造船所を傘下に治めたので、船舶の製造も始めるでしょう。あらゆる製品にこのCPUを載せて、AIを可動させると私は推測しています。
つまり、既存のメーカーが手も足も出なくなる製品が市場に登場するのです。
実際に商品化するかどうかは別としまして私の思いつきですが、話し相手になる冷蔵庫や、リモコンのいらない話し相手になるエアコンをいとも簡単に量産化します。設計開発もAIがやるので人件費も安く済みます。日本の製造業は飛躍的に復権すると予想します」

ペンタ大統領代行は「理解したよ」と手を上げ、落胆した表情のまま発した。
「冷蔵庫やエアコン以上に、君は早く結婚したまえ・・私は自分の意思を持つクルマが、世界中を席巻する未来の到来を憂うとしよう・・そうそう、オートバイに搭載されていたAIは解析出来なかったそうだが、何か知るための手段はないだろうか?」

「日本政府と交渉していただく、もしくは連中を脅して、全ての情報を頂くしか術はありません。もしくは、開発した技術者を買収して雇用するか、拉致するか・・。なにしろ、連中のAIは調べようとしただけで自己破壊してしまうので、我々の手に負えないのです」

状況を理解した大統領代行は、大きな机の上で頭を抱えていた。


太平洋を挟んだもう一つの大国も苦しんでいた。
プルシアンブルー製のミニバイク232台、中古車33台を購入して中国国内へ輸送したのだが、中古車はエンジンすら掛からずにオシャカとなり、バイクは乗り回せるがAIを調べようとブラックボックスを開けると、鉄屑と化した。

富山での漁船進水式典に記者として「取材」にあたったエンジニアの報告によると、AIで飛ぶミニヘリコプターもグライダー、そしてドローンも飛ぶ以外の機能を備えていて、小型ヘリとグライダーには銃口が確認で来たと言い、近々北米で野生の豚の捕獲に投入されるという。
哨戒活動や救助活動も無人で担えるAI,AI可動を支える半導体、エレクトロニクス技術の数々、AI以前に、誰も再現不可能、製造不可能な製品部品の数々は驚異でしかなかった。

「日本企業に負けるのではない。彼らはシンガポール企業なのだろう?同じ漢族ではないか」
報告を受けた国家主席はそう言って周囲をシラケさせたという。
プルシアンブルー社のエンジニアは、インド人と日本人しか居ない。タイ人は2人居ても、シンガポール人は一人も居ない。

おそらくAIの理解はおろか、技術への知識が主席には無いのだろう。
所詮、毛沢東の熱烈な信奉者に過ぎないのだ。

ーーーー

タイから大型の観光バス2台が到着した。陸路で隣国タイ国境の街、アランヤプラテートへ移動する。
日本の政府専用機はプノンペンへ戻り、外務省の面々を乗せてバンコクへ移動し タイの外務省との交渉に臨む。

プルシアンブルー社とモリ達はタイに入国しても100キロも移動せず、バンコクにも寄らない。故にバス移動となる。一行が拠点とするトラート市では、先行して入国しているタイ王族のパウンさんが一行の受け入れ準備をしているはずだ。


ご丁寧にプノンペンの王族の使者の方々がお別れの挨拶に見えたので、モリは慌ててスーツに着替えて、ホテルの貴賓室で会談に応じる。
モリとゴードンで会談に臨んだのだが、冒頭から当惑する事態となる。

お断りした「王族の受け入れ」をカンボジア国王は押し付けてきた。次期国王と摂政になるという姉妹が入室してきて、深々と頭を下げるので2人で慌てる。
国王の生母・元王妃の妹の姉妹でカンボジア人の血筋が入っていないので、誰がどう見てもフランス人そのもの・・だった。
未婚で子の居ない国王とはいえ、一応母方である王妃殿下の血縁関係者で従姉妹に当たるのだろうが、誰に聞いても「ブッ飛び過ぎだろう?」と言うだろう。

「そりゃあ政府も反対するだろうさ・・」
「マジかよぉ・・」
モリとゴードンは頭を抱えていた。住まいと車両は日本のカンボジア大使が用意しているので雇用だけ宜しくと言って、日本側の困惑には迎合しようとしない。そもそも国王の意向なので、使者になる人物は顔の面が分厚く、神経の図太い奴が選ばれる。

急遽、2人の王女様の通訳として結城 綾を宛てがう。結城はカンボジア語と、辛うじてフランス語が話せる。
「インドネシアとマレーシアからも出して来るぜ、きっと」
「その前に、断りまくったブルネイの王族が帰り道で待ってるだろうなぁ・・」
そんな話をゴードンと日本語でしていた。

「ロイヤル美人姉妹に目が眩んだって言う、どっかで聞いたことがある話かぁ・・」
結城 綾がボソッと言いながら、2人を連れて部屋から出ていった。

(つづく)


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