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第5章 何故か外交デビュー(1)国の所為で休めないんですが(2023.10改)

8日土曜日 富山県庁は盆休みに入った。次週知事が訪米に伴って不在となるので、副知事の幸乃が留守を守る。
8,9の土日から12日までは知事を完全休養日とし、モリが知事室に知事代理として残り、10.13日は幸乃副知事、14日は知事、11.12.15日はモリが知事室に待機する分担体制を取った。
富山県内では何の問題もないのだが、日本全国でコロナ感染者が増えており、日本政府の盆休み中の他県への移動自粛が緊急事態宣言のように日本列島を覆っていた。
Go toトラベルによる感染者増加を認めたくない政府は、緊急事態宣言の再発令を避けて、国民に移動自粛を求めた。状況的には緊急事態宣言と変わらないので、富山県も緊急事態宣言と同じ臨戦態勢を取ったという訳だ。

県庁の各部門にも数名づつ出勤している職員が居る。県庁の食堂も休みなので、初日は豪華幕の内弁当を知事の交際費で購入する事に決めて、食べたい人を集って県庁が提携している業者に弁当を発注する。
知事室の窓からドローンを飛ばして、富山市の繁華街の様子を知事室の大型テレビに投影して見ていた。やる事がないとはいえ、外に遊びに行く訳にもいかないので、ドローンの視点を借りて領内の視察をしようと思い立った。中世の王様や戦国時代の城持ち大名の気分で始めたのだが、それも直ぐに飽きてドローンを回収、読書を始める。これで幾らでも時間を消費できる。

内線電話が鳴った。富山市役所の総務課長が挨拶にお見えだと守衛さんが言うので、腰を上げて職員通用門に向かう。なんの要件だろう?と思いながら。
呈茶する係も不在なので、自販機でレモンティーを買った。タイのサラブリー県でボトリングされた水で抽出した茶でなかなか美味い。40円なので、売れ行きは好調だ。

守衛室の前に1人ではなくて2人居る。自分のお茶が無くなったとがっかりする。
「こちらへどうぞ」と10m離れた所で声を掛けて、踵を返して応接に向かう。空調を動かさねばならない。部屋に入り照明をつけて、空調のスイッチを入れた。古いビルの匂いがした。

「どうぞお入り下さい。ラフな格好で申し訳ありません。あ、名刺はありませんが知事室の秘書のモリです」とソファを手で促す。

総務課の課長と課長補佐が直々にやって来た。それも平日ではなく、なぜ夏休み中なのだろう?

「ご要件は何でしょう?」

「幾つかあるのですが、県庁は残業時間が無くなったと伺っています。なんでも、有能なスタッフを各部門に配置されたそうですね?」

「ええ。そのようです」

「有能なスタッフを市役所でも検討したいのですが、金額は一人あたりどのくらいになるか、教えていただけますでしょうか?」

「申し訳ありません。うろ覚えなので休み明けに再度確認いたしますが、市役所の仕事をマスターしている人材はまだ居ない筈です。教育もこれからになりますので年内は難しいと思います。それと人件費ですが公務員と然程変わりません」

「そうですか、変わりませんか・・」総務課長どのががっかりしていると、課長補佐が口を開いた。
「もう一つ教えて下さい。新たな人材を投入されたのが先月の中旬かと思いますが、その財源を県はどのように捻出されたのですか?予備費の様なものがあったのでしょうか?

「彼らは県の職員ではなく、位置付けは派遣扱いなのですが、予備費は前知事が使い切っていたので使えませんでした。今は、湾内で実証実験中の海上発電の電気の利益から県は融通しています」

「その海上発電事業が達成された場合ですが、富山市役所も電力供給の対象になるのでしょうか?」
「今は企業や団体向けではなく、住民向けの発電を先行しようとしています。従って今は対象となっておりません」

「そうですか・・来年の4月の市長選にはどなたか候補者を立てるんですよね?」

「それは私の預かり知らぬ話ですね」

「でも、米国の大統領選では民主党を推そうとされていますよね?」

「それは極めて個人的なものであり、例外案件です。もし、民主党が公約を守らなければ、黙ってはいません・・」

「なるほど。では市長を変えたいと思っている職員が居ると仮定します。知事やあなたの支援を受けて現職を落としたがっている職員達が描いてる富山市の改革プランを一読いただいて、多岐に渡るアドバイスを欲しているとしたら、手伝っていただけるものでしょうか?」

「例外案件の範疇で宜しければ、構いません」
しばらくの間、3人で富山市の未来を論じあった。

夕刻になると県庁の駐輪場に向かい、金森家の20年もののスクーターに跨がる。モリが嫁ぐ前に、買い物用に鮎が使っていたスクーターで、今はモリがメンテナンスし続けているのだが、流石にこのスクーターに依存し続けるのも不味いと思っている。市内のバイク屋さんに向かう。新品のスクーターを偵察に来たつもりが、店頭にあった中古のバイクに目が止まってしまい、欲求が抑えられなくなってしまう。悪い癖だ。
店の方にエンジンを掛けて貰うようお願いし、その音にノックアウトされてしまう。
125CCでもそれなりの音がするので、それだけで満足してしまった。
前金を支払って仮予約すると、明日残額を持って来ると言って、今度はホームセンターに向かい最近の工具や農機具を見て回った。

街なかでは一人になる機会が少ないのと、地方は自由気ままに動けるという安心感もある。バイクを衝動買いしたのも、そういう心理状態が働いたのだろうと思いながら、家に戻った。

ーーー

翌日日曜日も、知事が乗らなくなった古いスクーターで車に煽られながら、やっとの思いで登庁する。スイカを積んでいるので慎重に走っていたら、イジメられてしまった。

県庁と知事が休みなので、県が提携している知事の車両委託会社も休み。副知事殿は自家用車で出勤するだろう。スクーターで走る国道ではないとアドバイスしておこう。

2日目となると経験値も増す。畑で採れたスイカとトウモロコシを冷蔵庫に仕舞うと、テレビをつけて甲子園の高校野球を見る。
ただし、今年の夏は県予選が全て中止のため、甲子園で試合しているのは春の甲子園が中止となったので、その代わりの試合となる。無観客試合なので選手のヤジをマイクが拾い、金属バットの音が異様なまでに球場内に響くのが新鮮で、気付いた時には昼だった。

慌てて外に食べに出る。
日本の夏らしい青空が広がり平和だなと思う。長崎では式典が行われているのだが、ビール少しぐらい飲んでもいいよなと思い、中華店でチャーハンと餃子と瓶ビールを頼んで甲子園を流すテレビを見ていた。

県庁に戻る途中で、与党の県議に会う。留守番約だというので互いに境遇を慰め合う。

「内緒にして頂きたいのですが、総理が辞任するという情報が党内で広まっています」

「え?・・広島の事件への関与が明らかになった、とかでしょうか?」

「その線も根強いです。初公判で首相の関与を夫妻が言及して逃げられなくなるのでは?と。
もう一つが健康悪化説です。前回と同じで政権放棄して逃げ出すのではないかと、更に信憑性の高い話が一つ」

「まだ、あるんですか?」

「はい。大統領がかなり怒っているようです。地方議員一人をコントロールできないなら、辞めちまえ」って、騒いでいるようで」マジですか?

「なるほど・・ではまた」
守衛さんがいる前でそんな話も出来ないので、別れて部屋へ戻って甲子園を見始めた。​

しかし、試合に集中出来ずに思索の渦に飲み込まれる。退陣騒ぎの裏にある「アメリカから疎まれる」とか、「宗主国と属国のような主従関係が存在している」とか、それとなく存在を探っておく必要があると思い、ノートに認める。くだらない話だが、政治に関与した以上は、この国の政治の実情や関与する組織といった全体像を知る必要がある。

気分転換しようとラジオをかけて、トウモロコシを蒸かし始める。スイカを半分に切って、半分を4分の1に切って、また冷蔵庫へ仕舞う。後で冷えたブツを頂く。

そこで内線電話が鳴り出ると、蛍で買い物に来たついでに寄ったというので許可を守衛さんに伝える。それならばとスイカを切った。メロンも栽培してみようかと思いながら。

あゆみと彩乃が先にやって来て、知事の椅子に座ってふんぞり返っている。子供にはアルアルで、お約束なのかもしれない。
蛍は菓子を持って来てくれた。補充用のインスタントコーヒーと共に。

「あれ?トウモロコシ蒸かしてるの?」匂いで気付いたのだろう。「スイカも冷えてるよ」と言うと、娘たちが台所にすっ飛んで行った。

「母がアメリカに2人を連れてくって言ってから、あの調子なの」

「え?パスポートはどうするの?間に合わんぞ」

「基地間を飛ぶから入出国の手続きしないから、構わないんだって」

「それで はしゃいでるのか・・男子チームが可哀想になってきたな・・」

「火垂と歩も一緒よ。男女でバランス取るんだって。家族で壇上に上がって、手を振らされるんじゃないかってみんな言ってる」

「あー、そういうのやるんだ」亮磨と子供達、蛍が初対面になるのかと今になって気付いた。

「これが買ったバイク?」机の上のカタログを手に取って捲っているが、殆ど見ていない。そもそも興味がないのだ。

「形はほとんど一緒なんだけど、ひとつ前の機種になる」

「あのね・・お願いばかりして申し訳ないんだけど明日、岡山に旅立つでしょ?岡山支店の下見で」

「うん・・」なんか嫌な予感が・・

「志乃さんを連れて京都経由で行ってほしいのよ。車は姉妹の京都の家に駐めて、岡山までは新幹線であなた一人で行ってほしいの」

「何があった?」

「あなた、志乃さんの背中見たでしょう?」
蛍がスマホを押し出してくる。記事が表示されている。

「これ、昨日の事件だよね?」
朝刊で大きく取り上げられていたので記憶にある。志乃の腰には、包丁かナイフで刺されたような跡がある。聞くに聞けないのだが・・

「その男が元カレ。家は有名なお菓子屋さんを経営していて、志乃さんもそこでお菓子作りの職人さんだった。男のご両親がお嬢さんを引き取ったけど、付き合う全ての女性が警察に相談するDVの常習犯だったらしい。記事には乗ってないけど、警察に連行された理由が女性を殴る蹴るで意識不明の重体なんだって。ご両親から連絡があって、犯罪者の子供という目で孫が見られるって泣いて詫びられたんだって」

「・・分かった。お嬢さんを連れて来ればいいのかな?」 「ごめんね・・」
亮磨の存在が表立った後だけに、どんな要求だろうが答えねばならない。また一人養女が増えると思うと目眩を感じた・・。

「志乃さん、昨日から寝てないみたいで。でも幸乃と一緒に母に侘び続けていて、何か痛々しくてね」

「いい人そうに見えるけど・・分からんもんだなぁ・・」

「ほんとよね・・」あゆみと彩乃がモロコシとスイカを持って来たので、会話をやめて食べ始めた。今年は手間ひま掛けたカイがあってスイカは甘く、トウモロコシの粒も揃っている。どちらも美味しいのだが、頭の中ではDVという言葉で一色だった。


帰りは県庁のATMでお金を下ろしてバイク屋さんに向かう。5年落ち125ccのCBを初めて手に入れた。盆休み中なので手続き関係は盆明け以降の納車、受け取りは帰国後だ・・

ーーーー

ワゴン車に小型バギーとドローンを乗せ、高速道で京都を目指す。琵琶湖東岸を走るので実際の道とは離れてしまうが、若狭湾から京に至る鯖街道と言われた街道だ。
志乃はロングスカートとブラウス姿で何処ぞのお嬢様風なのだが、いつもの笑顔が無い・・

「あの、金沢あたりで手土産買いましょう・・」

「いえ、大丈夫です」

「そうですか・・」

「本当に申し訳ありません。親子で押しかけたようになってしまって・・」

「こういうのは早いほうがいいと思います。
彩乃ちゃんぐらいの歳になると、本人に心労もかかったと思いますし」
・・口内炎とかニキビが出たっていってたしな。

「暴力を振るう遺伝子を持ってる娘なんです・・なんと申し上げれば良いのか・・」

「僕も沢山ケンカしました。父なしっ子てみんなに言われて悔しくって。あ、最近もしましたね・・彩乃ちゃんを守ろうとして、大人げないですよね」

「あれは犯罪者です、先生とは違います・・」

「僕も複数の女性と夜な夜な行為に及んでるから、バレたら犯罪者です。人間って、犯罪と紙一重の世界に存在してるんです。
もし、あなたが昨夜の被害者だったら、警察に通報していましたか? 
きっと今までかなり努力されたんですよね?
彼のご両親も息子さんを信じているし、可能性に賭けていた。娘の成長する姿を見ていれば、いつか治まるって。
いつか治って、親子3人が店を継ぐその日をみんなで夢見ていた」

志乃が泣き出す。左手を伸ばして肩に手を当てる。

「将来、彼が再起する可能性はまだあります。
それでも、申し訳ありませんがあなたとお嬢さんは僕と家族になっていただきます。これは誰が懇願しようが謝られようが譲るつもりはありません。
お嬢さんが成長して、時おり京都のおじいちゃん・おばあちゃんの家に遊びに行けるようにするんです。その時彼も一緒だったなら、素敵だと思うんです」

口にした後でかなり無茶苦茶な事を言ったなと思いながら、敢えてAIナビに尋ねる。

「アイリーン、さっきの発言、聞いてたんだろ?どう思ったか、率直な感想を聞きたいんだが」

「あのー。こういう時は黙ってる方が絶対いいんですよ。なんでAIなんかに尋ねようとするんですかねぇ。馬鹿なんじゃないですか?
まぁいいです。この際だから言いましょう。言ってやろうじゃないですかぁ。
いいですか、モリさんはね、独占欲が強すぎなんですよ。動物界の群れのリーダーですよ、完全に。女性の扱いに手慣れているのか知りませんが、皆さん不平不満を言いません。一体なんなんですかねぇ・・」

「そうなの?」

志乃が笑いながら頷いた。目には決壊寸前の涙を蓄えながら。

(つづく)


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