(8)最適化、標準化に長けた某国
5年間営業してきた寿司店、ステーキハウス、スポーツショップの閉店届けの手続きを済ませて、ニューカッスル市役所のロビーを一望出来るコーヒースタンドに座る。
シーズン終盤だけとは言え、ニューカッスルの為に頑張った選手に対し、この街は冷淡だった。所属選手で無くなるのと同時に、3店舗の売上が下がった。3年前の選手引退時は売上減少は軽微なものだったが、アユムがスペインリーグに移籍と報道されると、急に閑古鳥状態となった。
ロンドン、ケンブリッジ、2箇所の店舗売上は堅調なので、ニューカッスルサポーターに見限られたと判断するしかない。当初所属した2年間だって、クラブにかなり貢献しただろう、酷いよなと笑いながら紙コップを口に付けて、吹き出しそうになる。イギリスでコーヒー頼むんじゃ無かったと悔やむ。市役所のコーヒーはコンデンスミルクと砂糖が大量に入った酷いインスタント飲料で、キャップで中身が見えなかった。英国の外食はチャレンジの連続だと身に沁みて分かっていても、レギュラーを頼んで、甘々なコーヒー牛乳のようなものが出るとは、想像もしなかった。メガネを掛けたアユムをサッカー選手だと見抜いた店員さんが、嫌がらせをしたのかもしれないと真剣に考え始める。ニューカッスルだけに、有り得る話だ。
「プレミアからラ・リーガに鞍替えしやがったモリ・アユムに、酷く甘い代物を出したやったわ!」とSNSに投稿しているかもしれない。そう考えていたら、店員と視線が合ったのでにこやかに笑った。
アユムはドイツの会社でも、スペインのクラブでも、先日まで居た日本でもインスタントコーヒーとティーパックを飲み続けている。各国のスーパーに行けば、売り場を覗いて目新しい商品がないかと探すほどだ。お湯を沸かして注ぐだけなので、秘書を持たないアユムには手頃な飲料でもある。外出先では柳井ファームのティーパックとコーヒーステックを持ち歩いており、お湯さえあれば、何処でも楽しめる気軽さを好んでいる。コーヒー好きの兄弟達からは異端者扱いされているが。
異母兄の太朗のベトナム・インドネシアのコーヒー農園では、これまでアラビカ種の豆だけしか栽培していなかったが、事業を拡大して周辺のロブスタ種を栽培している農園・農場を購入し、契約栽培を結び続けている。柳井ファームでは栽培管理をロボットが行なっているのが評判になり、各農園主から生産委託を請け負うようになった。農園所有者と柳井ファームで売上を折半する栽培請負契約が、生産後継者不足に悩む農家に受けているのだという。柳井ファームは収穫したロブスタ種を現地の農協に収めるだけでなく、インスタントコーヒー工場を建設して、自社ブランド品を製造している。人気商品になっているのが、通常のインスタントコーヒーではなく、フレーバータイプの製品となる。バニラフレーバー、ヘーゼルナッツフレーバー、ココナッツフレーバー・・の3つがアユムのお気に入りだが・・等の変化球で勝負して、成功している。元々、現地の東南アジアの人々はロブスタ種の豆を粉末状にして、ドリップせずにお湯を注いだだけのコーヒーを飲む。カップの表面に浮かび上がったコーヒー粉と共に口に含む。現地の人々のそんな飲み方がロブスタ種には向いていると柳井家では判断し、インスタント化してもその味の再現にこだわった。現地販売限定のオリジナルインスタントコーヒーをベースにインドネシア、ベトナムでは販売し、輸出向けには各種フレーバーを加えて別商品として販売している。・・たっぷりのコンデンスミルクに砂糖ドバドバとは・・許容範囲を逸脱し過ぎだろう、と怨めしく思っていた。
市役所ロビーのテレビは、BBCのニュースを流している。英国首相が議会で糾弾されている映像で、それでも辞任はしないと強引なまでに正当性を訴えている。野党だけでなく与党保守党からも辞めろと言われているのに、この面の皮の厚さはなんだろう と思いながら、自分が英国首相であり、外相、国防相だったなら、キプロスに手出ししない前提で、英国浮上計画として何をプランし、どのように振る舞っていただろうと考えてから、笑い出す。未だに、外交官時代の癖が抜けていない。
キプロスの人種対立構造を煽り、分断化を図る手法は英国の植民地支配の常套手段でもある。逆にそれが英国の外交戦略の「全て」とも言える。アラビアのローレンスもチャーチルもサッチャーも、そして架空人物ジェームズ・ボンドでさえも、対立する双方にいい顔をしながら、話の結末で片方の梯子を外して、場を台無しにする。
アユムは過去の逸話の数々から「ちゃぶ台返し国家」と命名していたが、ジェームズ・ボンドばりの機体爆破なので、今回ばかりは流石に映画のようには茶化せない。
キプロス島では、トルコ系住民が足元を掬われ騙された。トルコは今後数世紀間、英国を許さないに違いない。パレスチナ人やインド人、中国人等も含めると、地球人口の大多数が英国を許さない人々という勘定になる。
議会開催中の議事堂が2機のモビルスーツの強襲を受けて、議会がパニック状態に転ずる様を英国BBCは何度も放映している。祖国は報復、糾弾されて然るべきというスタンスを貫いていた。キプロスでの利権を得ようと画策し、企てが失敗すると事務総長の暗殺を謀る現政権を生みだした議会であり、議員達が、突如降り掛かった危機に直面して右往左往する様をカメラマンは議員一人一人にズームを当てて、彼らに票をを投じた有権者・視聴者に晒した。彼らを選んだのは、国民なのだと言わんばかりの映像だった。廃れた国とは言え、メディアだけは世界でも1、2を争う評価を得ている。
ライフルを構えたモビルスーツが議事堂に照準を当てている90秒の間に、失禁している議員、泣き喚き続けている議員、自分だけでも逃れようと、同僚を押し倒し、蹴り倒してまで我先にとばかり議会から出てゆく議員達・・、こんな議員が国の代表として英国議会を占めている現実を、視聴者は目の当たりにする。
番組は議会の無様な姿を晒すだけでなく、英国がキプロス島で何をしようとしたのか、事務総長一行を乗せた国連機を撃墜するに至るまでを第一部として、時間を掛けて伝える。
一方の国連は英国関係者からの内部告発を受けて、即時対応を取った。前前任の時に策定した危機管理マニュアルが初めて役に立つ。そもそも、国連事務総長が暗殺対象となったのは今回が初めてだった。既にアメリカから飛び立っていた事務総長一行が搭乗する、15年前の日本製ビジネスジェット機を安全な第三国に緊急着陸させるにあたり、国連施設のあるウィーンが候補に当たったが、狙っている相手が内部告発通りに英国であれば英国関係者が居るウィーンも安全とは言えない。消去法で英国との関係が希薄となったEUの本拠地があるベルギー・ブリュッセルに決定する。先の市内の殺傷事件を受けて、警備体制が最も進んでいる都市の一つでもある。
ブリュッセル空軍基地に着陸し、全員を下車させると、国連の日本製ビジネスジェットは内蔵AIのオートパイロット機能で飛び立ち、キプロス島に到着予定時刻に間に合うように加速していった。中南米軍と日本の偵察衛星が国連機の動きを追尾し、犯行現場を押さえる体制を取っていた。現地のキプロス島には滞在中の国連軍を構成するバングラデシュ陸軍、ネパールのゴルカ兵が着陸態勢に入った機体の想定迎撃ポイント、島の空港への進入経路となる海上に不審な船舶は無いかと捜索し、想定したポイントの一つ、小高い丘に居る数名の作業服を纏った人々と道路工事用作業車を見出していた。犯行チームと断定すると彼らの拿捕の体制を取ると共に、犯行に及ぶまでの動作を録画しながら見守った。彼らが道路作業の合間に丘に立ち寄って、景観を眺めているだけで、何も起こらずに無駄となると良いのだがと願っている傍から、彼らは作業車両のクレーン部によじ登るとカバーを外した。クレーンに括り付けていたのは対空ミサイルであり、人物3名が車両内から取り出したのは肩がけのサイドワインダーだった。4人がそれぞれ一つの方角に目掛けて照準を合わせ始めたので、拿捕チームが何時でも捕捉出来る場所まで移動を始める。彼らに出されていた指示は「彼等が初弾を放つのと同時に捕縛しろ」だった。機体が射程範囲に入るのと同時にまず対空ミサイルが放たれ、続いて3人が担いだサイドワインダーの引き金を引いた。計4発、機体の確実な破壊が目的であり、乗員全員を殺戮する意欲は明白だった。サイドワインダーの発射音と共に、潜んでいた捕縛チームが一斉に犯行グループに襲いかかった。
当時の日本人事務総長への支給品として17年前に国連にやって来た30人乗りのビジネスジェットには、誰も乗っていなかった。無人の室内映像が衛星回線で転送され、後に公開された動画で誰もいない室内には、誰もいないコクピットで操縦桿だけが動いており、誰も居ない客室内には「シートベルトを今一度確認してください。衝突に備えて、その場で身をかがめて、頭にブランケットを掛けて両手でしっかりと抑えて、あなたの頭を保護して下さい」とAIが機内アナウンスを繰り返していた。AIが「燃料放出」とスピーカーが機械音声を発すると、爆発規模を最小限に抑えるために燃料の液体水素を大気中に大半を放出する。「放出完了。また、熱源反応確認。機体補正開始します。客室内に再度アナウンス願います」と言ったのを最後に、感対空ミサイルを回避するどころか、機首からぶつかるように自ら向かっていった。両翼のエンジン爆発を極力避ける為でもあるのだが、追加の弾道3発にも捕捉され、機体が木っ端微塵になるのは確定だった。
現在は製造していないPB Air社製の機体は、AI操舵プログラムは最新のバージョンに更新されており、微塵も古さを感じさせなかった。不幸なことに生贄として差し出された格好となったので、期せずして同社航空機の危機対応時のPR動画のようになってしまった。 製造メーカー的にはラッキーな映像となる一方で、後に「故意に破壊した」「故意ではなく攻撃されたのだ」と双方が争う事になる当事者の保険会社にとっては、保険金支払い条件の確認映像となってしまう。
先着したミサイルと航空機が正面衝突する様子を捉えたスローモーション映像は、迫力あるものだった。航空機にミサイルがめり込んだように見えたと同時に起爆装置が作動して、爆発が生じる。操縦席にパイロットが居れば、即死は間違いないと誰もが分かる映像だった。爆炎に包まれつつある機体にサイドワインダーが放った後続の3発が命中し、機体の状態は目視できなかった。爆裂した残骸が海岸沿いの葦のような背の高い草むらに落ち、周囲の草が燃え上がる映像が暫く続いた。季節的に夏になろうとしている頃なので、草木も青く、延焼は一部で済んだのは幸いだった。その頃には犯行グループ4名は猿ぐつわを口に装着され、拿捕・連行されていた。
国連機を迎撃する計画を誰が画策し、作戦実行を命じたのか、番組は数々の証言者のインタビューと共に伝えて、核心に近づこうと努力していた。番組を制作するメディアは公平であらねばならない。報復対象となった英国政府にも、国連を非難するポイントはあると容疑者に知らしめる。国連が自前の軍隊を所有するのなら、国連憲章の改定が必要だと報道する。英国の前国防大臣にインタビューを行い、国連軍の常設化についてどう考え、プロセスとして何が必要かを訊ねる。問われた前国防大臣は、キプロス島での攻撃に関与した件にはコメントを差し控えると事前に釘を差すかのように予防線を張る。後に出て来るかもしれない、英国関与の物的証拠を警戒しているかのような振る舞いをしてから、発言する。
「安保理の場で国連軍を所有する決議をする必要があると考えます。国連軍の常設化が認められるのであれば、国連憲章改定決議も行う必要がある。ロンドンに威嚇目的で現れた部隊は、憲章違反の可能性があります」
と英国側の言い分も加える。
英国放送局は報道のあるべき姿を示したと言えるだろう。善悪で言えば、自国が悪の側にあるのはほぼ間違いないが無く、母国が処分されて当然の判断を下した国連を肯定してみせる。自分達の非を認めず、殺人行為で抗う姿勢を見せた自国に対する否定的なコメントの数々にBBCの立場を知らしめているかのようだった。国連安保理の絶対多数で否決されたにも関わらず、その組織の長を狙った事で世界に対して楯突いたと見なされる。
ロンドン議会強襲を正当化、当然視する世論になると推測すら出来ず、世界から非難を受けるのが分かっていながら、暗殺へGOサインを閣僚たちが何故出したのか、これではヒトラー、プーチンと同じではないか、第三帝国、ロシア、そして英国までもがポピュリズム政治によって自滅しようとしているとナレーションが語り、特集番組は終わった。
役所のカフェスタンドでテレビを見ながらメモを取っていたアユムは、我ながら中々いいプランじゃないかと自己満足していた。英国を嫌う人々が世界中で増え続けている。英国の首相が何人変わり、政治が停滞し混乱しようとも、そして英国経済が更に大きく傾いたとしてもイギリスだけは、しぶとく生き残るだろうと闇雲に信じていた。英国民衆の「タフさ」という点ではアメリカ以上かもしれない。アングロ・サクソンは欧州では勝者となって生き残り、アメリカに土俵を転じてからも世界の覇権を握った民族だ。「平成以降の日本人ではヤワすぎてダメかもしれない」と書き込んでから、苦笑いする。EU離脱という極端な判断を英国の人々が国民投票で決めたのも、欧州とは地続きでない島国という立地条件と、島国に住み続けた人々の心象が齎した部分も少なからず作用したかもしれないと、同じ島国の日本人として勘ぐった見方をしていた。
プレミアリーグ所属選手としての立場は消え失せてしまったが、この先も暫く停滞を続けるであろう英国経済をアユムは「好機」と捕らえていた。サッカー選手の視点から、経営者・実業家の立場に転じている自分にも気付いて居た。
恐らくだが、英国に今でも恩義を感じているであろう少数派に属する 彼の民族も、自分と同じようにビジネスチャンスと捉えているかもしれないと思い、笑う。
メモをノートに書きなぐりながら、何やらニヤ付いているモリ・アユムを見て、怪訝な顔をしているカフェスタンドの年配の女性が居たのだが、アユムの視界から、既に彼女は消え去っていた。 ーーー 野党労働党が英国議会で政権を糾弾し与党、保守党から主導権を奪いつつある状況下で、国連が攻めてきた。英国軍は何をやっているのか、国連軍が降下作戦を行っていた4分間には、英国空軍機も陸軍も間に合わず、国連機が大西洋に到達した頃に、スクランブル発進してきた機体が飛び回る始末だった。首都の防衛体制が全く機能していないではないかと、アチコチで口論がされ、一部では取っ組み合いの喧嘩が始まる。
イギリス議会は平成の日本政府と異なり、映像、発言を全てをライブで公開する議会発祥のの国でもある。モビルスーツが降下して威嚇されただけで議員達がかくも本性を晒すものかと、イギリス国民は呆れながら映像を見ていた。BBC経由で世界中にネット配信されているので、「議会制民主主義発祥の地、でのリアルな現実」と英国人らしいウィットに飛んだテロップが表示されていた。
事態を憂いた議長と与党保守党は、一旦休会を宣言することに決めて映像配信を止めるように下が、すでに30分以上の混乱の模様が流れており、あまり意味をなさなかった。
EUの会議が行われている、ブリュッセルのEU施設に集まっていた各国代表者を前にして事務総長が急遽演説を行なう。事務総長一行がブリュッセルに一時退避した事で、イギリスに対する牽制と見做される格好になるのだが、そこを狙ってブリュッセルの地を選択した訳ではなかった。退避するならば何処が安全か?と考えただけなのだが。
どこか物憂げで、心あらず状態の事務総長の演説は、自身が標的となった現実を受け止められずに居るような表情をしていた。暗殺対象となる事自体が無かった役職なので、国家の長に比べれば最小限度の警備でしかなかったが、今後は内容も見直す必要があるだろう。事務総長の演説が終わると、EU加盟国は英国を対象とする経済制裁の協議を始める。20年前に勝手に脱退し、その後はEU再加盟に向けて対話を重ねていた相手に対する制裁内容を協議し合っている状況を、いたたまれなく思う国も少なくなかった。
議会を覗く格好となった事務総長の心持ちは、穏やかなものではなかった。「こんな筈では無かった」と後悔すらしていた。会議に参加していたEU加盟国の全てが、嘗ての加盟国イギリスを非難し、罵っているからだ。キプロスの民族問題を煽り、利権を得ようとする姿勢は大航海時代と産業革命期のイギリスと何ら変わらないと罵倒する。ギリシャとトルコの関係を嘗てのように悪化させ、好調な地中海経済に食い込みたいとする願望は、北朝鮮で統治する側になろうと、成長するアジアに擦り寄った20年前を彷彿させる。EUを脱退後、協調する姿勢を一切失った英国を象徴しているようでも有る。EUは英国への再加盟要請を今後一切行なわないし、加盟を認めないといった採択までされると、ハキム事務総長の胸も痛んだ。 キプロスへのイギリスの関与の数々が露呈しているので、非難されて然るべき状況なのだが、難を逃れた事務総長がこの場に居る事自体が、EU議会の怒りを集めてしまったかのようだった。英国に失望したのはEUだけでなく、同盟関係にある国も追随する。
キプロスの国連軍参加を表明しているアメリカは、英国は事実関係を語って欲しいと、今までアメリカが各国から言われていたコメントを表明する。最後の英国連邦となったカナダも、英国連邦からの脱退を表明し、怒りを露わにした。
本会議が始まった議会に居続ける訳にもいかず、議場を退去して車に乗ろうとしている事務総長にマイクを向けようと記者が群がろうとしたが、護衛役のロボットにガードされて遠巻きに声を上げて質問するしかない。事務総長は笑みを浮かべて小さく手を振っているが、質問に対して返答は無かった。
国連機が破壊されてしまったので、スウェーデンの空軍基地を間借りしている中南米軍機と護衛の戦闘機2機がブリュッセルに到着したとの報せが届く。事務総長一行を警備するのも、ブリュッセル市内の警備にあたっている中南米軍のロボットが充てがわれたと知らされる。英国も関わっているNATO軍に頼る訳にも行かず、中南米軍に依頼するのも仕方が無いのだろうとEU関係者も、記者達も頷く。事務総長が物憂げな表情になるのも様々な背景があるからだろうと、記者達も胸中を察しては居た。総長に近づいて何とかコメントを貰おうとするのだが、腕を異様なまでに伸ばした警備役のロボットに行く手を阻まれて、インタビューが出来ない。暗殺対象となった初の事務総長のコメントは得ることが出来ないまま、ニューヨークへ帰っていった。
主が不在のニューヨークの国連本部では、報道官が緊急会見を行うとマスコミ各社に通達し、アメリカ中のメディアが会見場に殺到する。
暗殺計画を察知した事務総長一行がブリュッセルに緊急着陸し、事なきを得たが、難を逃れた経緯は、事務総長が攻撃対象となっていると匿名の連絡が入った。国連に伝えたのは中南米軍なのだが臥せられた。
その匿名者からの情報を得て、事務総長機は地中海の手前で着陸し、事務総長一行とパイロットと機内アテンダント職全員がウィーンに留まり、空身となった機体だけがキプロス島に降下、降下中に撃墜された。何故、国連は無人機を予定通りに飛ばし、敢えて攻撃させたのかと質問がなされると、攻撃してくる相手の拿捕が目的だったと明かした。
この一連の経緯を踏まえて、事務総長一行の生命を狙った事実を国連機を予定通り襲撃させる事で、犯行に加担した側を国際世論で断罪するのが国連の目的だったのではないかと識者はコメントする。
無人機となった機体が着陸態勢に入った際に爆破される映像は、国連事務総長が暗殺対象となった現実を世論に突き付ける効果を得た。国際警察が犯行グループを取調中とは言え、即座にロンドンでの威嚇行為を指示した国連の行動は、英国政府の関与を察知したからであり、適切な恣意行為だと判断された。犯行への関与を否定した英国が国連憲章を持ち出し、無人とは言え国連軍を常設する状態は、国連そのものを歪みかねないと言った指摘をしたところで、機体が破壊される映像が繰り返し取り上げられれば、国連軍云々は蚊帳の外となり、暗殺行為を働いたイギリスへの批判が世界中から殺到する。
独裁政権下の北朝鮮が人民の胃袋を無視してミサイルを撃ちまくり、その裏で防衛費拡大を画策した自民党政権と今回の国連は、同じ穴のムジナとも言える。
「事務総長が暗殺されそうだったから、国連として自前の部隊を持つのだ」と自らを正当化してしまう。モビルスーツが事前に用意されており、何故か「UN」と塗装作業が事前に終わっており、その為のPR映像の収録が一部完了していた下りも、機体爆破映像が拡散した後となっては指摘される事も不思議と霧散してしまう。「誰」によるアドバイスなのかは分からないが、爆破された国連機には多額の保険金が掛けられて降り、どの程度の補償内容なのか事前にしっかりと確認した上での、作戦決行となった。
キプロス軍と国連軍を構成するネパール軍、バングラデシュ軍による事故後の現場検証が済めば、保険が適用され同型機の購入が認められる。プルシアンブルー社傘下のPB Air社は、リース切れの10年物の改装済のビジネスジェットをニューヨークに搬送する。国連幹部移動用の機体が無いと、幹部達の移動が不便なものになり兼ねない。
ーーー ロンドンに現れた新型のモビルスーツは日本のプルシアンブルー製であると、国連広報がNYの国連本部で証してしまい、プルシアンブルー社の横浜本社には、同社の想定を超える報道陣が集まっていた。
この日は、来年発足する北朝鮮軍向けに提供するスケルトンロボットの発表会見日だった為に、かこつけたかの様に大勢の記者が集まっていた。本来、モビルスーツ開発はベネズエラの独壇場であり、プルシアンブルー社が昨年買収したベネズエラ・プレアデス社の日本法人の工場で、同社が中南米機のライセンス生産している、という認識でしかなかった。そこへガンダムタイプの製造に日本が携わっていたというのだから、記者達が集まるのも無理はなかった。
各国からのメディアが集まり始めた中で、日本人記者達が固まっている。「ガンダムは日本が作らなきゃ駄目だろう」「ヤマトもホワイトベースも日本人が作るべきだ」と低い鼻から鼻息だけは周囲を圧倒していた。プルシアンブルー社は急遽、海外メディア用の部屋を用意して、記者の群れを凌ごうとしていた。
同社のサミア会長が久々に公の場に出てきたのも、今回発表のスケルトンモデルを始め、ロボット・モビルスーツの開発の陣頭指揮を取っていたからだと会見前の広報のレビューで知らされていた。最強のAIを作り上げた伝説のエンジニアが、懐刀の社長と共に会見場に姿を現すと、誰もが驚いた。60を過ぎている筈の会長は、40代になろうとしている社長と同性代にしか見えず、若返っていた。褐色の肌には艶やかな張りがあり、昨年見られた目の周りのシワは綺麗に無くなっていた。
インド人記者達がヒンディー語で騒いでいるので、サミア会長がヒンディー語で嗜める一幕もあって会見が始まった。日本に帰化した会長であり、プルシアンブルー社内ですっかり日本語に慣れ親しんでしまったので、会見は有無を言わせず日本語で始まる。しかし、マスコミ各社向けに用意された机上のAIタブレットとインナーホンでは、各国語の翻訳コメントが表記され、音声が聞こえる。会見終了後に会見データの映像が欲しいメディアはタブレットからデータ転送出来るので、マスコミ各社は会見を録音せず、PCをカタカタとタイプする必要もない。同社の記者会見が好まれるのも、同社の最新のAIが使えるからだ。
社長のサチ・サムスナーが新型ロボットの説明を始めると、2体のロボットが出てきた。
1つは見慣れたサンドバギーだが、従来型より大型になり、ヒトや人型ロボットが2人乗車出来るようになっている。もう一つがスケルトンタイプで「バルバトス」と称された、骨格部が所々で見えるロボットだった。前線に投入される際には甲冑等の装甲を纏っている映像がロボットの背後で流れている。
「・・北朝鮮は人口2000万人にも満たない国です。旧体制下の兵士の数は1割、200万人も居ましたが、現体制化では一定数の兵士を募集するのも困難だと想定されています。パイロットや戦艦、潜水艦乗員の希望者は定員を越える応募が集まったと聞いておりますが、兵士希望者、戦車、火砲兵器要員の人気は各国軍同様に低調なのだ、そうです。
そこで弊社がご提案したのが、このスケルトンタイプロボットのバルバドスです」
幸が得意気な顔をしているので、隣りにいるサミアが思わず笑い出す。北朝鮮の櫻田外相とイメージが被ってしまう。
「バルバドスは対人に特化したロボットです。弊社のエリカやサクラの人造ロボットほどのAIを搭載しておりません。兵士と素手で交戦状態になると打撃を一切せずに、相手を羽交い締めにして身動きできないように梗塞するだけに徹します。小銃とライフルを扱うAIは人型ロボットの機能を移植していますが、誰を相手に狙撃するかの指示は、上長となった人物が指示するか、このバギータイプのAIロボットが命令します。このバギータイプは人型ロボットと同じAIが使われていて、バギー一台で7体のバルバドスと5台のフライングユニット、もしくはドローンを統合管理します。上空からの偵察と攻撃、地上での戦闘をこのバギーロボットが統括するのです。人型ロボット7体の費用に比べて、このバルバドス連隊とバギータイプのユニットですと、約半分の費用となります。
警備役と兵士役位しか務まらないバルバドスですが、弊社は今後、業務に特化したロボットの開発も進めて参る所存です。人型ロボットがオールラウンダーだとすれば、バルバドスはFA等の工場生産ライン上のロボットの延長線上にある、業務特化型、専用モデルといったカテゴリーに属する製品となります」
プロモーションビデオを流しながら幸が說明する。射撃中のバルバドス7体の後方に居るバギータイプの頭上にはドローンが飛び、前線ではフライングユニットが飛翔して、相手陣営を爆撃中の映像だった。韓国軍と中南米軍の合同演習の光景と同じで、人型ロボットか、スケルトンモデルかの違いでしかなかった。購入側にすれば、価格の安い方が良いのは当然だろう。一人の記者が手を上げた。アメリカの政治記者だった。想定質疑リストが出来ているとは言え、幸も警戒する。
「社長は、北朝鮮軍にこの新型ロボットを提供すると仰いましたが、貴社は日本企業です。日本の兵器輸出禁止の原則から、本件は逸脱するのではないかと考えますが、貴社のご見解を教えて下さい。もう一つの質問ですが、国連に納入したロンドンに現れたモビルスーツに関してです。レンタル、売却いずれかの手段で国連に武器を輸出したと見て良いのでしょうか。こちらも合わせて貴社なりの兵器輸出への方針を教えて下さい」
AIが翻訳する前に、幸はマイクに向かって英語で話し始めた。
「まず、国連向けの納入品についてご説明致します。国連、国連軍に対して弊社は兵器を提供してきた実績がございます。モリ氏が事務総長だった頃、国連軍に自衛隊が参加する際に日本政府が兵器輸出と海外での自衛隊活動に関して、法改正をした経緯はご存知かと思います。
国連が自前の軍隊を持つかどうかの判断は国連加盟国の判断決定となるので、弊社としては発言を控えさせていただきますが、モビルスーツ提供は当時の日本政府の法改正に準じていると考えております。
勿論、今回国連向けに提供するに当たり、日本政府に確認をし、国連への提供の了解は取りつけております」ここまではいいかしら?と言うような表情をすると、記者が頷いたので幸は先を続けた。
「北朝鮮軍も国連も、レンタル品として弊社から提供し、管理もメンテナンスも弊社が請け負います。北朝鮮軍が設立するタイミングと同時に、北朝鮮の新憲法が施行します。北朝鮮の憲法については皆様もご存知かと思いますが、天皇に関する条文を除けば、日本の憲法と同じです。
これも日本政府の判断ですが、北朝鮮も専守防衛を掲げておりますので、日本製の兵器、武器の提供は可能と考えております。名目上は輸出品となってしまいますが国内利用と同じ扱いとなります。
国連への兵器提供の政府としての見解を参考までにご紹介させていただきますと、国連自体はPKO、平和維持活動が主体となります。今回のロンドンでの活動も、平和維持活動に準ずると国連から政府が聞いているとの事です」
「国連については、国連が軍備を所有できるのかどうかの判断が残っているので、取り敢えずは了解いたしました。
北朝鮮軍へのレンタル提供に関して、もう1つだけ教えてください。あくまでも仮の話ですが、中国が台湾に侵攻を始めたとします。台湾と防衛協定を交わしている中南米軍と自衛隊が台湾防衛に加わります。同時に、中南米軍が旧満州と北朝鮮、そしてチベット、インド、ビルマの四方八方から中国領に向かって進軍し、人民解放軍の制圧に乗り出すだろうと言われています。中南米軍には、日本や北朝鮮のように専守防衛というトリガーはありませんからね。とは言え、貴社がロボットを提供する北朝鮮は中国と接するのですから、必要に応じて国境を越える可能性が高くなります。その際に、今回のバルバドスや日本製の兵器が、中国領土内で活用される事態も十分に考えられます。貴社もこの点は議論されたと推察いたしますが、もし、台湾有事が起こった際のお作法や線引きに関して、貴社はどのような判断をされたのかご教授下さい」
「今回発表させて頂いたバルバドスもバギーも、北朝鮮にレンタル提供するモデルは北朝鮮外では動作しない設定になっております。この線引きは絶対で、我々製造元しか設定変更ができません。一方で国連に提供したユニコーン・・英国に現れたモビルスーツですが、稼働対象エリアの設定は解除して制限を設けておりません。
私達は北朝鮮軍を性悪説で捉える一方で、国連という組織は神聖なものとして性善説で捉えています。国連の派遣部隊自体がPKOに特化しているので、侵略行為には使わないと信用しており、国連提供分に関しては一切制限を設けておりません。
中南米軍が中国領内に入った際のご質問ですが、人型ロボットであるアンナとジュリア、そしてアンジェリーナも、今回発表したバルバドス以上の段違いの戦闘力を持っています。バルバドスのAIは射撃と拘束だけですが、あちらのロボットは脅威的です。ベネズエラ製のクセに日本刀を振り回し、盾で防御し、弓を放ち、おまけにブラジリアン柔術の達人です。アンジェリーナに至っては、50キロで走り、5m近く跳躍します。筐体数自体も自衛隊や北朝鮮軍のロボットの比ではありません。北朝鮮軍にバルバドスが加わった所で・・多分、足手まといになるだけでしょうね・・」
幸が両手を広げてアングロ・サクソンのように口を曲げながら笑うと、欧米のカメラマンが一斉に写真を撮った。
養女の仕草を見て、サミアは笑う。
「そうだ。私の娘は英国に留学してたんだった」と。
(つづく)