見出し画像

23章 ヒトの業 (1)充実感とは程遠い ”大奥” (2025.1改訂)


「くじ引きで負けた筈の樹里が、2人の女性と共に沖縄に向かっている。一人は長女のあゆみ、そして兄・亮磨の彼女候補の女性と行動している」           そんな報告を受けた女子大生・女子高生養女たちが、一斉に溜息を付く。           

養父を取り巻く「コミュニティ」に、ビルマの山岳民族やブルネイ王妃一行が加わり拡大し、養父との接点が今まで以上に減少している沖縄での状況に、養父のお気に入りの樹里と愛娘のあゆみが加わるとなると、養父との接点は更に減少するのが予想されるからだ。
くじ引きそのものを捏造し、樹里が北海道へ行くように陥れた実姉の平泉 杏が、養女一同に陳謝する。
とはいえ、突如沖縄入りした理由は、長女のあゆみが沖縄入りを強く願ったからで、それは不可抗力だと判断するしかなかった。

平泉姉妹の所属する芸能プロダクションの先輩にあたる久遠瑠華という女性を、亮磨に紹介した流れで、亮磨の両親が揃っている場で挨拶を交わすべきと、長女あゆみが進言したらしい。
「2人が一緒にいるのは珍しいから、会っといた方が良い」と瑠華に勧めたらしいのだが、正妻の蛍のスパイ役でもある実娘のあゆみが、新たに集っている愛人たちとの関係を把握しにやって来たというのが、最も適切な理由だと誰もが察していた。         

養父との接点が減少したので、悶々としている養女達が居る一方で、コミュニティ内の養女では3組しかない姉妹コンビの一つ、村井幸・彩乃姉妹と、姉妹の叔母に当たる村井 志乃が、長女あゆみの沖縄入りに怯えている彩乃を励ましていた。あゆみが、彩乃と父親が関係を持っているのを知り、急に空々しい対応を取るようになり、彩乃が凹んでいたからだ。 
「亡父から性暴力を受けていて、そのトラウマの払拭を先生にしてもらった。先生も了解した上での純粋な行為で、ほぼ治療行為に近いって感じだよって、本当の話をあゆみちゃんにすればいいんじゃないかな?」叔母の志乃が言う。

「治療って表現で通用するのかな?不慣れなアヤは我を忘れて昇天し捲って、中学生なのに愛人として開発されようとしてる。ありゃどう見たって、性行為以外の何物でもないんだけど。
だよね、アヤ。ありゃ性交だよね?立派な淫行条例違反だよね?」         
叔母の志乃の提案を、姉のサチが打ち消すように茶化す。姉妹ペアで養父に対峙したのだが、姉が同じ空間に居ても、彩乃には姉が目には入らなかった。「昇天しまくってる」と言われる位、夢中だったのは確かだからだ。

「アヤだけじゃないからね。私もサチも、未だに訳が分からない状態になってるんだから。姉と組もうが、誰と一緒でも、彼が相手だと女はどうでもよくなっちゃう。事が済んで彼が次の組を相手にする為に部屋を出て、暫くして冷静になってから、誰と一緒だったのか認識し合うのが殆どみたい。                    それとね、あゆみちゃんにアヤが自分で言う必要はないよ。この手の話はね、本人が言うようなもんじゃないから私から伝えとく。まぁ、あなた達姉妹のケースが特殊だけに、あの子も納得してくれると思うんだ」

「そうだね。私のトラウマ払拭も含めて伝えて貰った方が良いかもね。それに、狩猟の愛弟子である志乃ちゃんからの話は、説得力があるからね」姉の話で理解できない箇所があるのか、彩乃が首を傾げている。           

「志乃ちゃんは杜家内での評価がもの凄く高いんだよ。医師でもある母さんの妹で、PBマートの甘味処のご意見番だし。勿論、学生エンジニアとして貢献しているワタシもだけどね」

「さり気なく、自分も含めないでよ」彩乃が姉にクレームを上げる。

「それはともかくとして、だよ。ここまで紆余曲折はあったけどさ、彩乃も村井家の戦力に加わったし、姉さんも安定期に入ったし、我が家は暫く安泰だね」 
彩乃が頻繁に呼ばれる状況にある事に満足している志乃が、ホクホクした表情で言う。 

「志乃ちゃんは妊娠の兆候はないの?」
姪のサチに言われて、志乃が首を振る。    

「えっとね、あんた達の母親が蛍さんに提案しているんだけど、先生と一緒に暮しているならまだしも、私や理子みたいに、先生から離れた場所に居る女達は接点が限られたものになるでしょ? 
人的なローテーションで公平に機会を作るって蛍さん達は言ってるけど、土地の異動が伴うと、どうしたって簡単に沖縄か都内には動けない。私の場合は比奈が来年小学生になれば、簡単に転校できないしね。それでね、姉さんは受精卵を母体に入れる妊娠を考えているんだ。私達、遠隔地の者というよりも、ビルマの山岳民族の女性達を対象にしている。   
数日一緒に居て分かったんだけど、子は宝物って感覚は日本人よりも強いみたい。それに内戦で減った同族を増やさなきゃって切迫感が、有る様に見えるんだよね。内戦で若い男性が減少したから、民族内の男女比率は歪になったし、兵士である夫を亡くした未亡人やシングルマザーの人数も凄く多いから、確実に妊娠して出産出来る方がいいだろうって話。
先生の精子だったら大歓迎みたいだし、私もそうしようかって思ってるんだ。彩乃みたいな可愛い姪が出来たって証明もされたしね」
亡父との間で夫婦仲が悪くなっていた村井家は、第二子を人工授精で授かる手段を取った。サチが一人っ子では淋しいだろうという両親の配慮が、険悪な仲になっていた夫婦を後押しした。しかし、杜家と接点が出来ていた医師である幸乃が予想外の行動に出た。夫の精子を使わずに、杜家の精子バンクを勝手に使って受精卵を作ったのだ。蛍の母の金森鮎が、将来的な代理母を想定して、モリの精子と蛍の卵子を保管しているのを杜家の担当医である幸乃が関与しただけに、幸乃は簡単に入手できた。
最近になって姉からその事実を知らされた志乃は、大いに動揺した。モリの実子であるなら、彩乃のコミュニティ参加はあり得ないからだ。
しかし、彩乃を受け入れてしまった今となっては淫行条例違反に加えて、近親相姦関係に該当する。

幸と彩乃が亡父から性的虐待を受け、心に傷を抱えた。姉のサチが養父の圧倒的な性的能力で性の喜びを覚え、トラウマを払拭できた。その事実を踏まえて、サチ本人も母の幸乃も、彩乃に対して積極的になる様に勧め、想定した通りに彩乃もトラウマの払拭という成果を治めた。しかし、実の親子関係で有るのを封印してまで彩乃をモリに委ねたのは、姉・幸乃の狂気とも言える。
 モリをパートナーと定めた志乃には、説得力のある手段だと思うのだが、モリの性的能力を知らない者にとっては、彩乃の年齢を鑑みれば「鬼畜の所業」「倫理を無視した母親の横暴」と言われても仕方がない内容だ。
亡父の性的虐待を払拭するのが自分のゴールと定めて彩乃を受け入れたモリは、実の娘を抱いているとは気付いていないし、実父に夢中になっている彩乃も、真実を知る由もない。   
「まだ中学生だよ、妊娠なんて先生も彩乃も考えてないって」
主犯でもある姉の幸乃が笑いながら言ったのを見て、志乃は嘔吐しそうになった。
しかし、心の底から明るい表情をするようになった姪を眼の前にして、モリに対して謝意を抱き、そんな彩乃を家の戦力としてカウントしている自分も居るのだ・・        

「・・いやいや、志乃ちゃんも普通に妊娠しようよ。私もバンバン産むつもりだし、アヤもそうだよね?」サチが言えば、「当然です!」と満面の笑みで彩乃が頷く。

”それは叶わぬ夢だよ、アヤ・・”と叔母として胸を痛めるのだった。

ーーー

ビルマ滞在時に知己の間柄となった岐阜県知事の次女の彩乃の歌声を称賛し、バングラデシュの首都ダッカのカラオケ店での動画をディープフォレストのメンバーに見せて廻っている名古屋市長の小此木クリムトン瑠衣が居た。
プロテスタントで信仰心の厚いシャン族の少女達と歌唱隊を作り、モリが作曲した「shirasagi(白鷺)」をレコーディングしたいと進言する。

旧ヤンゴン、ラングーンの教会のミサに彩乃たち養女3名で訪れた際に、少女達が唄う聖歌に感動し、それに即してコーラスを始めた彩乃の音楽センスと歌声に、再度驚いた。スマホで撮った教会内での映像も見せて情報を共有する。
バンドの女性メンバー3名は村井彩乃と、北海道の亮磨の事務所でDeepForestの曲を歌ったモリの長女のあゆみ、そしてシャン族の少女達に声を掛けると、石垣島のホテルのロビーにあるグランドピアノの前に移動した。
 あゆみは北海道で一緒だったカレン族のユンとユナに声を掛けて、カソリックのカレン族の少女達が集うように伝えた。 

ボーカル、ピアノ担当の夕夏が「讃美歌第2編167番 Amazing Grace」をピアノで奏で始めると、ピアノの前に並んだシャン族の娘たちが歌い、市長やバンドメンバーの後方に並んだカレン族の娘たちが”シャン族には負けじ”とコーラスに加わる。途中でソロパートを歌うシャン族のタニアが声を上げると、その低音パートをカレン族のユンが歌い出す。ギターの由布子とベースの咲希が驚いた顔をして振り返り、ユンにサムズアップする。
ユンの飛び入り参加があまりにも見事だった。 

「ゴスペルとはまた違った凄さがあるね・・」日本人養女の誰かが口にして、感動で胸がいっぱいになった名古屋市長がウンウンと頷く。
ロビーの天井は吹き抜けになっており、教会のように歌声が反響し、若干エコーが掛かっている様な状況だった。

「モン族のお嬢さん達は歌わないの?」とカソリック教徒の樹里が聞くと「モン族の皆さんはクリスチャンではなく、仏教徒なんだって」と、姉の杏が問いに答えた。    

「しかし、ユンちゃんって凄いね。声量もあるし、何しろ声がいい。メインはユンちゃんで決まりでしょ」
”筆頭養女”と養女間で言われている源 玲子が言っている側から、村井彩乃がコーラスに加わり、隣りに居る姉のサチが面食らう。
彩乃の参戦を小憎たらしく思った杜あゆみも歌い出すと、興奮したピアノの夕夏が立ち上がり、弾きながら自分も歌い出す。  
日本人の3人の歌声が加わると、名古屋市長の涙腺が遂に決壊したのを皮切りに、日本人ギャラリーが一斉に目を潤ませ始める。

アメージング・グレースのピアノ演奏が終わる直前、夕夏が「次は讃美歌312番!」と英語で言うと、ビルマの山岳民族の娘たちが一斉に頷いた。
夕夏が伴奏し始めると、「いつくしみ深き、だ」と杏が言う。 
「私、英語の歌詞を知らないんだけど・」
彩乃が呟くので、養女達がクスクスと笑い、「仕方がないよ」と姉のサチが彩乃の頭を撫でた。

突然、建屋から歌声が響いてきたので、プールサイドに居たモリと王妃一行がロビーに入ってくる。
王室に嫁いだ際に改宗してイスラム教徒になった王妃も侍女の従姉妹の3姉妹も、ルーツは華僑なので元はクリスチャンだ。手を叩いて喜びながらロビー内を進んでゆく。
生まれた頃からモスリムのカリア第5王女は、母と叔母達に付いては行かず、隣に立ったままモリの右手に腕を絡めてきた。  

「東南アジアが嘗て植民地だった名残です・・私は素直に喜べません」         
想定外の意見に驚きながら、”一理ある”と思い、空いている左手でカリアの頭を優しく撫でる。

「カリアが演奏できる楽器って何だっけ?」

「ピアノだけです。ユウカさんみたいに上手くないですけど・・ママは中国の胡弓を弾けます、結構上手ですよ」

「そっか。後でみんな居なくなったら、演奏を聞かせてくれないか?カリアの好きな曲でいいから」

「了解です!未来の旦那様に認めてもらう様に頑張ります!」

「言い方が重過ぎるって。もっと気楽に演じてよ、お願いだから」

「分かりました。では、演奏をご覧頂きますから、そのお返しを要求します。センセ、あまり考えずに抱いてくださいませんか?彩乃やママ達みたいに・・」 
そう言いながら、振り返りもせずにカリアが歩いてゆく。

高一とは思えないその後姿に、欲情していないと言えば嘘になる。
母と従姉妹もカリアが「その気」になっているのを重々知っており、事ある事にカリアをメンバーに加える提案をしてくる。
イラン滞在中に彩乃を抱かざるを得ない状況にあったのも事実だが、抱き続けている今の状況が、カリアを刺激し、あゆみを怒らせる事態を引き起こしているのも認識していた。
                   
「ヒトの業や男の身勝手に苦悩しているこの場に、讃美歌ってえのは全く似合わんな・・」
ロビー入口近くのソファーにドカッと座り込みながら、苦笑いしながら、そう呟いた。 

(つづく)


いいなと思ったら応援しよう!