(3)E・S・F・S 地球連邦軍 構想
ビルマとフィリピンで加工されたチタン合金製の巨大なパーツが輸送船に積み込まれ、中東・アフリカ、そして東アジアへ出荷されてゆく。各地に到着した積荷は、建設作業用のモビルスーツと人型ロボットによって組み立てられ、砂漠や、ラテライト層が露わになった荒れ地に連棟式の「コロニー」建造物として並べられてゆく。
熱帯圏、砂漠気候といった日光がふり注ぐ土地を活用してコロニー自体が発電を行う。屋根と外壁の太陽光発電パネルで発電した電力が蓄電池システムに充填され、そのシステムがコロニー内に電気を供給してゆく。コロニー内を外気温からヒトや植物が生活、生育出来る温度まで下げる為に大半の電気を消費する。月面でも利用される施設なので、密封性は極限まで高められている。唯でさえ強い日差しを浴びて高温になる室内を強引なまでに「平温」にするのだから、相応の電力消費量となる。コロニーの名の通り、居住棟となり、小麦や野菜・果物の栽培棟にもなる。人が寄り付きもしなかった砂漠や荒れ地が、人が居住する街や農地に変貌する「流れ」が生まれ始めている。
サハラ砂漠のコロニー内では低層階の集合住宅が建設され、クルド人居住区、パレスチナ人居住区、ロマ居住区に区分けされ、国や土地を追われた 定住先を持たない民族の移住が始まっていた。広大なサハラ砂漠を居住地とする発想は、月面基地の建設と共にアルジェリア、エジプトから始まった。アジアではジャカルタから首都移転を構想しているインドネシアが、カリマンタン島、スラウェシ島にコロニーを建設して、ジャワ島やスマトラ島よりも快適なコロニー内の室内空間を求める人々の受け入れが始まっている。人口増加の止まらない、人口世界一のインドでも、夏場の高温で人口減に悩む地域にコロニーを建設して、快適に居住出来る環境の用意が始まっていた。 「人が住むには、環境が厳しい場所」を居住空間と栽培可能な地域に変革するコロニー計画が拡大しつつある。
コロニー構造の部材は月面に潤沢にあるチタンをベースに、更に強度を高める為の化合物を加えた特殊鋼となる。地球上でも、強烈な直射日光を浴びるエリアの建造物なので、月面並に強化している。この特殊鋼材をモリの3男、歩が会長を務めるドイツ資本のティッセンクルップ社が製造・加工し、妹のアユミのプレアデス社に納品する。プレアデス社では、外壁と天井部を覆う太陽光発電パネルをチタン合金に取り付けて、出荷用に梱包する。発電パネルは砂漠であればキャメル地で統一し、荒れ地であれば赤い表土に近いラテライト色となる。
コロニーを居住棟として使う際は、コロニー内はRedStar Home社の重量鉄骨集合住宅で統一される。
チタン合金も集合住宅用の重量鉄骨も、ティッセンクルップ社のパーツを採用し、一体型の完成モデルとなり、ベネズエラ国営企業の製品として出荷されてゆく。
砂漠や荒野に立ち並ぶコロニー群を「現代のオアシス」と形容される程の評価を得ているのも、コロニー内が常に人体に快適な温度と湿度が保たれているからだ。北アフリカや東南アジア、南アジアの都市部よりも快適なのだから、人気が出るのも仕方が無い。
また、コロニー内の気温が安定しているとは言え、種蒔きから収穫までが早い小麦や、砂地でも育つメロンやスイカ、カボチャ、トマト等の野菜の新品種に、適した肥料と共に提供する。
鶏卵、食肉生育の為の献体から飼料まで、最適なものをモリのファミリー企業が提供してゆく。どれもこれも初年度から成果が約束された種や品々を、セットモデルとして提供してゆく。グループ内で完結するのでどうしても排他的に見られるが、異なるコンセプトを掲げて参入し、個々の商品での競争も歓迎していた。起業モデルを上廻る製品が出せるのかどうかもあるのだが。
衣食住を保証されたコロニー群が都市部に出現すると、軋轢を生む可能性があるのと、無機質な建造物が都市部に出現するのも、あまり好ましくはないので、基本方針として「ヒトの居住にも、植物栽培にも不向きな土地の建造物」と位置づけている。
コロニーの新しい納入先であるイスラエル・テルアビブに、ベネズエラのドラガン・ボクシッチ首相とタニア・ボクシッチ外相兼国防相が降り立った。レバノン人のタニアの内心は敵地への訪問となり機内では扠さくれだってはいたが、モリを信奉する左派政権との会談なのだと努めて冷静に振る舞っていた。ボスニア人の夫のドラガンは妻の気丈な態度に感心し、要所要所で妻を労り続けた。
イスラエル側、アラブ側も、タニア外相がレバノン出身者であるのは知っており、ベネズエラ首相夫妻を迎え入れるイスラエル政府は発言に気を付け、イスラエル訪問中のタニアの映像を見ているアラブ側は、外相が時折見せる引きつったような笑みに、かなりの我慢の色を見て取った。
人種はさておき、ベネズエラ国籍を持つ大臣役に徹しているタニアに、内心で拍手を送っていた。
イスラエルの国土の大半は荒れ地、砂漠が占める。パレスチナ人の土地に入植したユダヤ人は、人口ー千万人に満たず、都市部にへばりつくように居住している。
ベネズエラがサハラ砂漠にエジプトとアルジェリアと共にコロニー建設を始めてから、流浪の民族の一つであるパレスチナ人から、迎え入れ始めた。ベネズエラとの良好な関係を維持したいイスラエル政府は、人の住んでいない荒れ地にコロニーを建設し、ガザ西岸のパレスチナ人を入居させて、国際社会に「人道的配慮」の姿勢を見せる。イスラエルのパレスチナ政策の転換点となるのでは?と注目を集める。
ボクシッチ夫妻のイスラエル訪問団の中には、首相と外相とは別行動だがベネズエラのカソリック司祭も加わっており、エルサレムの歴史的な宗教施設を廻り、ユダヤ教各宗派のラビや関係者達との会談を勢力的にこなしていた。
カソリックの司祭や関係者を伴った外交は、モリも試した事が無いので国教として位置づけている中南米諸国の関心を集めていた。
「人類の宇宙進出を前にして、宗教家同士が議論する必要性を真っ先に考えました。太古から現代まで続いている宗教が、新たなフィールドとなる宇宙をどう捉えてゆくのか、人類が宇宙を生活圏にする近未来を見据えて、既存の宗教のあるべき姿を、聖職者同士で論じあって頂くのが必要と考えました。ヒトが生息しなかった砂漠や荒野であっても、居住可能となる施設の建設を、我が国は進めようとしています。人類が月面基地で滞在しようと動き出している今、宗教観の異なる人々が集い、協力して研究と生活を始めようとしています。同時に、科学の進化に対して、既存の宗教とそれらの宗教を信奉する人々がどう向き合うべきなのか、残念ながら我々政治家には判断が出来ません。イスラエルでもコロニー建設が始まります。施設を身近なものとして捉えて頂きながら、宗教家の方々からのご意見も汲み上げて行きたい。今は、宗教上の禁忌の食物くらいしか想定していないのが実情なんです」
ドラガン・ボクシッチ首相がイスラエル首相との共同会見の場で述べると、イスラエルも月面基地へ人材派遣を計画しているのだと認知され、市民は歓迎する。
記者達は、宇宙開発に人種や民族そして宗教まで考察しようとしているベネズエラに感心する。米中の宇宙開発では考えられもしなかった視点だからだ。
「ベネズエラ政府は人類の宇宙進出に伴って、既存の体制を見直し、今後の在り方を模索しようとしているようだ。異なる民族が集う月面基地で、研究者や軍人達の宗教観がどう変化してゆくのか、それとも、何も変化が生じないのか、観察しようとしているのかもしれない」などと、記事に纏められていた。
ベネズエラ外交団はイスラエル訪問後、バチカンを訪れて 首相・外相とカラカスの司祭と共に、法王と会談を行った。
法王の中南米諸国での訪問希望地を確認する為だと報じられたが、ユダヤ教各宗派の宇宙開発への意向を報告するのが主目的となる。スペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、そしてアメリカの植民地だった中南米諸国からすれば、カソリックの大勢力圏でもあり、宇宙圏に飛び出た人々が宗教とどう向き合うかは大きな関心事だった。ドラガンもタニアも、異教徒同士の夫婦なので信仰心は非常に薄っぺらなものだったが、ベネズエラ国籍も持つ大臣なので、関心を持たざるを得ない。
「宗教庁でも作って、担当の大臣を据えるのは どうかしら?」タニアが夫にアドバイスすると、「実は提案したんだ。でも、ボスから却下された。内政が管轄する事項だから、お前がやるべきだって言われたよ」と、バチカン市内の歴史的な教会を散策中にドラガンが祭壇に向かって嘆きのポーズを取って、頭を垂れた。プロテスタントとムスリムの夫婦には縁遠い場所であり、無関係な施設だったのだが。
イラク、シリアの両政府は8月のベネズエラ大統領の訪問を発表し、合わせて、両国の荒野と砂漠の未居住地帯にコロニー建設を進めると宣言する。嘗て紛争に明け暮れていた両国をモリが直々に訪れる。イラクもイスラエルに倣って、国内のクルド人問題に一手を打つべく、コロニー建設を提唱するのだろうとメディアが憶測記事を書く。元事務総長が手掛けた、民族問題、人口問題、食糧問題の3つに絡むコロニー建設の意義を賞賛しながら。
アルジェリア、エジプト、サウジアラビア、カタール、オマーンのコロニー群の傍らには、海水浄化施設と海中アンモニア除去施設が備わり、太陽光発電で得た電力と海水から得た水で農業プラントと工場も操業し、コロニー内に居住する人々の雇用先にもなっている。ヒトが近寄ろうともしなかった土地が生活の場に転じるだけで、様々な問題を解決しうる手段となる。これまでは赤道に近い国ばかりが率先して取り組んでいるが、両極に近い、厳しい冬が訪れる地域でもコロニー建設が可能なのではないか、とも記事に書かれる。
ブラジルとコロンビアのカソリック司教を訪問団に加えて、イスラエル訪問同様にイスラムの役職者との会談も用意していた。
あくまでもモリの私見だが、宇宙に進出が始まり、砂漠や荒野で文化的な生活が過ごせるようになると、人類は宗教から乖離してゆくのではないかと見ていた。そもそも、地球上のヒトが居住する圏内を「世界」として位置づけている宗教が大半を占めており、エジプトやマヤ等の古代文明が星座や星々を位置情報や暦として、かろうじて位置づけていた程度に過ぎない。 そもそも教義の対象外となっていた宇宙圏を強引なまでに包括しようとすると混乱が生じるだろう。宇宙すら神々が生み出したと解釈しだすと、聖書やコーラン等の文面が矛盾に満ちたものになり兼ねない。
カラカスへ帰ってきた司祭達の話を聞きに、モリは教会へ訪問する。
根っからのクリスチャンである大統領秘書官の杏と共に車に乗り込む。イタリア人の亡き父の影響を受けて、妹の樹里と共に本格的な信仰をするに至った。我が家の中でも、最も敬虔な信徒達であるのは間違いない。
多人種で多様な一次国籍を持つベネズエラの大臣達の誰よりも信仰心が厚く、司祭達からも慕われているので、連れてゆくだけで場が和んだものとなる。
ベネズエラも例年よりやや遅れて、雨季に転じた。カラカス市は標高が高いので、熱帯圏でも気温が低く、降雨量が少ない。カラカス市民は雨季を「冬」と呼ぶ。本当の冬を知る者からすれば夏から秋に変わろうとする、まだ暑さが残る頃が近いような気がするのだが、こればかりは仕方がないのかもしれない。お陰で女性は冬物衣料をレパートリーに加えて着飾るようになったのだが、本当の冬を知る、アルゼンチンやチリの情報がカラカスでも流行る。杏は日本の春物を纏う位だが・・。
「先生、ネクタイしてください」杏が鞄からモリのタイを取り出す。秘書なのか妻としての対応なのか、一瞬悩みながらタイを受取り、ネイビージャケットを脱いだ。聖職者に会うのだから仕方がないのだが、モリがラフな出で立ちなのは浸透しているので、司祭たちも気にしないとは思うのだが。
「お腹は苦しくないの?」タイトなネイビースーツを纏った杏の腹部をネクタイを締めながら、横目で見る。 妊娠して2ヶ月も経ってはおらず、毎晩、身体中を隈なく見ているので、まだ膨らんでもいないのも知っているのだが、スカートのウエストの細さが何故か気になる。圧迫しないのだろうか?と常々思う。母譲りの豊かな胸も、ヴェロニカとフラウの下着会社の製品であまり目立たなくなっているが、それだって矯正状態で圧迫し続けているのだろうし。
「全然。3人目だし、感覚的な経験則もあるもの。初産の時はとにかく気を使って、こんな服は着なかったけどね・・」
そう言えば、初産組のカービィー達はワンピースばかり着ているなと思いおこす。
「ねぇ、月には行かないって言ってるけど、本当はどうなの?」繁華街を歩く人々を見ながら杏が聞いてくる。ミラーに写るタイの立体型の窪みに満足して、そのまま鏡の中の自分の目を覗きこむ。「嘘、偽りの無い、スッキリとした目だ」と確認してから、答えた。
「年寄りが行く場所じゃない。たった一人の年寄りが月面に向かう為に大勢の医療スタッフと器材が必要になる。医療スタッフだって、宙に上がる為のトレーニングが必要になるから、一大イベントの様相になりかねない。エベレスト登頂を目指す高齢の元スキーヤーが居たけど、あれよりも桁違いの対策が必要になるだろうね。カネの無駄だよ・・」
「エベレストか・・アコンカグア登頂でサミット制覇の夢を終わらせちゃうの?」
乾季のアコンカグアだったので、ピッケルもアイゼンも、ヘルメットすら持たずに登れてしまう。南米最高峰とは言っても、夏の日本アルプス程度の装備で対応できてしまう。標高は日本アルプスの倍は優にあるので、さすがに日帰り登山は出来ないが・・。
「どうかな・・でも、あれはあれで楽しかった・・。若い頃のアンナプルナ周遊、エベレストのベースキャンプまでのヒマラヤトレッキングを思い出したよ」
前後にロボットが護衛に付く、万全の態勢での登山だったが、自分の荷物だけはロボットに託さなかった。娘達のように手ぶら登山のズルをしたくはなかった・・。
「あぁ、そうか。ズルをしてまで宇宙に行きたくないんだな、オレは・・」
・・つまり、実は狙っているのかもしれない。
「先生はまだ60代なんだよ。見た目は50代のママ達と同世代にしか見えないし、現役の戦闘機乗りの後家殺し、未亡人ライダーどころか、養女孤児キラーで、未だにスタミナの塊みたいな人だし・・大名登山みたいな必要は無いんじゃないの?」
「それ、褒めてんの?・・一番の問題は肩書なんだ・・国の最高責任者だから、過剰なまでに想定以上のスタッフと護衛が配置されるだろう。
アコンカグア登頂の時はさ、大統領を退任して無職だったから、周囲に相談する必要もなかった。気軽に中南米のアチコチ行けたのは楽しかった。君たちと子作りしながら、自分達のホテルを移動していた・・梨杏と里安が大きくなる頃には、気軽に宙を旅する時代になっているだろう・・高度2万mの世界だけで、僕は満足だ」
自身の発言を否定している、もう一人の自分の存在に気付く。チャレンジする意欲はまだ内々で燻っているのだ。だからこそ、子作りも受け入れた。体力的な衰えも、どうした理由なのか 全く感じていない・・。
シャトルやA-1戦闘機のプラモデルの塗装を覚えたリアンと、シャトルが宇宙空間を航行している動画を見て、シミュレーター・コ・パイ役になりきっているリアムの兄弟を頭に浮かべる。来年生まれてくる子の名前はリジェ(杏樹)と、杏が決めている。父として、この子達と空を飛ぶ日、キャッチボールをして、ボールを追い、登山する日を夢見て、トレーニングを続けている。女性を喜ばせるよりも、子供達との時間を求めているのが、起爆剤になっているのかもしれない・・話題を変えよう。
「宇宙空間を毎週のように移動していて、目にするのは明るい星々しかない。大半は眼下の地球を眺めて、太陽と月と、時々豆粒みたいな火星を探す位だ。星座は地上で見るのと変わらないしね・・宇宙空間はただ漆黒の闇でしかない。宇宙服を着せられて宙へ放り出されたら、ヒトは短時間の内に発狂するだろう。そんな空間に出た人々が、宗教に縋るだろうか?って、僕は考えるんだ。宙で太陽や月を眺めていても、一度も神の存在に思いを馳せた事は無い。僕はね、地上の図抜けた美しさが創造神話を作り上げたんじゃないかって思ってる。朝日や夕陽に周囲の風景が照らされる神々しさや、世界各地の自然観光地の雄大な光景は、大気の存在無くして成り立たない。僅かな地表、たかだか1万m程度の大気層が齎す、奇跡的な地球環境を、毎度の様に宙から見下ろしているとね、そんな風に考えてしまうんだ」
杏の了解を得ぬまま、後部座席の空調の温度と風力を変更する。雨季で外気温が下がったので、エアコンの出力も然程必要ではなくなった。ジャケットを羽織るべきだったか、一瞬悩んだが、身重の杏にもいい筈だと思い直して、口にするのを止める。
「なるほど。宇宙空間の移動中に作った曲が壮大な感じがするのは、そんな心象だからなのかもね。その話、司祭さん達にもするの?」
「うん、そのつもり。この世界を見回しても、神の国や、宗教や教団が統治する国はどこにも存在しない。中世なら成立したかもしれないけど、科学が発達し続ける世界では宗教国が爆誕する確率は極めて低くなるだろう。 敢えて可能性があるとするなら、バチカンとチベット位かな?宗教が政治に最も近い国で、更に宗教色が強くなるとすれば。もしもだけどさ、宗教が政治も経済も、万事何でもこなせるようになっていたら、世界はもっと混沌したものになっていただろうって思うんだ。 宗教間の争いとか、テロなんかが、今よりももっと激しいものになっていたかもしれない。
でも、宗教立国が成立しないで居るのは、大多数の地球市民が、宗教に対して過度な期待を抱いていないんじゃないかって思うんだ。それも古くからある宗教と言うより、新興宗教の一方的な失敗の数々を、人類が認識したからなのかもしれない。
政教分離は地球の概念に極めて適したものだったと思ってる。嘗て、日本でも金儲けと教組の売名を主目的とする新興宗教が政党を作ったり、政権与党と癒着をしていった。直に化けの皮が剥がれて潰れたけどね。そもそも、宗教家は予言者でもなければ、政治家、経営者でもない。基本的に詐欺師、ペテン野郎と同じ人種なんだと僕は思ってる。司祭たちにも、実は心を許していない。あいつらは偽善者だって思ってる。杏と樹里に近づくのは、体が目当てなんじゃないかって疑ってる」
敬虔なカソリック信徒である杏がしかめっ面になっている。その顔が可愛いので、続けて煽ってゆく。
「特に、アジアの宗教家や聖職者なんてえのは、所詮はホラ吹き詐欺師の集まりなので、真っ当な事業を起業する経営センスは皆無の経済オンチ集団でしかない。宗教寄りの経済人が齎すインサイダー情報を宛にする投資に傾注するので、財テク能力にも欠けている。
詐欺師って職業は、金を如何にして奪うかを常に考え続ける連中だ。平成までの財務省と日本政府もそうだったでしょ?」
エリアをアジアに変えたので、何時もの柔らかな表情に戻ったが、本音は「世界中の宗教家」が対象だ。
「国の財政をひたすら悪化させておいて、借金の穴埋めと無駄な投資を続ける為に、国民から如何にしてふんだくるかしか考えない。増税と福祉廃止、年金カットに血相を変えて取り組んでいた。気が付いた時には、宗教政党と宗教に依存する政府になってたよね? 詐欺師集団同士で、頭の内部構造が全く同じ、搾取と支配のみを考える連中が、政治と立法と宗教界を牛耳っていたのが日本という国だった。
そもそも、太古からある既存の宗教が大量の信徒を抱えているのに対して、悪徳新興宗教は信徒数が僅かでしかない。宗教法人の収入源は宗徒からの寄付や布施、献金が全てなので、本来ならば、たかが知れたものでしかない。だからこそ理想論からして、宗教法人は優遇されてしかるべきだった。
しかし、暴利を得たい悪徳新興宗教は信徒をマインドコントロール下に置いて、根刮ぎ財産を奪う詐欺集団に変貌していった。まっとうな教団は信徒の数を地道に増やして、浅く広く稼ごうとしているが、それも極めて少数派だ。悪徳詐欺集団の宗教勧誘と、マルチ商法等の人を騙す手口は全く同じだよね。
マルチ商法の対象製品と宗教法人の教典も実によく似通っている。信徒が、友人知人を引き入れて拡大するマーケット戦略も全く同じだ。友人知人を集めると、そこにプロの詐欺師やラスボスが待ち構えていて、気弱で騙されやすい人々を毒牙に掛けて、仲間に引き込んでゆく。
創設期のキリスト教、イスラム、ユダヤ教、そして仏教も新興宗教だった頃は同じようなものだったんじゃないかと思うんだ。大宗教も一時は国家や政治に擦り寄ったけど、人類にとっては間違いと混乱の元になると察したのか、国家機関とは一線を画すようになっている。
ただ、野望と覇権に燃える新興宗教だけがヒトの社会を俯瞰も出来ず、教祖と幹部の野望を教義の中に密かに盛り込み、教典を歪曲しながら、教団幹部達の利益となるように、都合良く信徒にPRしてゆく。
イスラムが一夫多妻制に寛容になったのは、元々、抗争で増えた未亡人の救済措置だったものが、男の欲望に合わせて都合良く変更していったようにね」
「あれ? 我が家も未亡人だらけなのは、偶然なのかしらね?」
杏がモリへの一撃のつもりで、茶々を入れてきた。未亡人どころか、その娘達まで自分のモノにしているのは・・アラブの王族でも居ないのかもしれない・・。
「冗談だってば、真に受けないで。どうぞ、先を続けて」
モリが口を閉ざしたので、杏が助け舟を出してきた。気を取り直して先を続ける。
「地上の宗教はさて置くとして、月面基地を訪れた研究者や兵士達が、各自の部屋でメッカの方角に合わせて祈ったり、十字架を胸にしまうのは、個人の自由なので規制はしないし、とやかく言うつもりもないんだ。でもね、基地の建設責任者として、モスクや教会を建設したり、仏像を並べたりはしない。
宇宙空間では、国家として宗教には一切の関与をしない。理由はコスト面と、将来的な対立要因になりうる可能性があるから・・」
「コストは分かる。余計なものを打ち上げる必要が出て来ちゃうだろうから。でも、対立要因って・・なんだろう。隊員同士の宗教間の衝突を避ける為?」
「それもあるけど、要は余計な対立を未然に防ぎたい。ただ、それだけなんだ。
例えばだけど、カソリックが大神殿や教会を月に建設したいって申請してきたとする。それを耳にしたプロテスタントに留まらず、他の宗教間との覇権争いが生じるかもしれない。「中南米諸国だから、カソリックばっかり優遇している」とか言われたりして。
地球残留組と宇宙移民組の対立にさ、宗教が絡んでくると、より根深いものになり兼ねないでしょ? 君達が好きなガンダムであれば、ネオ・ジオンと地球連邦政府の抗争に、サンダーボルトみたいに宗教団体が絡んでくるとゴチャゴチャして収拾が付かなくなるでしょ?ああいうのはさ、とっても困るのですよ。 政治家にも、市民にとっても」
「スペースノイドとアーシアンの確執ね・・確かにそこに宗教が絡むと更に厄介になる・・。で、先生は国連を連邦政府にするの?だから国連から優秀な人材をバンバン引き抜いた。国連が連邦政府になって、中南米軍が、EFSF,地球連邦軍になるのかな?」
「そんな所かな・・タニアがレビル将軍みたいになるのかな?」
「先生はシャア・アズナブルでしょ?役的には」
「おいおい、結局ジオンかよ・・本末転倒の様な気がするが・・あ、隕石落としてるから、いいのか・・すると、杏はララァとか?」
「ミネバ・ラオ・ザビと行きたい所ですが、それは玲ちゃんかあゆみに任せるとして、そうだな、やっぱりララァ・スン少尉でお願いします。ね、いいでしょ?大佐」
杏が擦り寄って来るが、カラカス大聖堂の前に車が到着する。ロボットが周囲を警備しているので、要人が訪問するのが分かったのだろう。聖堂を見学に訪れた海外からの観光客や市民が集まっている。
「ね?ネクタイしといて良かったでしょ?大佐」
「「人はいつか、時間さえ支配できるさ」ってアムロが言うんだ。そしたらララァが・・」
「「時が見える」って言って、散ってしまうのよね・・やっぱり、ララァは止めとく。だって、若くして死んじゃうんだもの」
ロボットのアンナが小走りで車に寄ってくる。杏の名前を貰った初期型ロボットが、後部座席のドアを開ける。
「じゃあ、今日はアムロとベルトーチカで行こう。お腹に居るのは僕の子だ」杏の尻を押して、先に押し出す。車外に杏が出ると、人々が歓声を上げる。
Angle社の元社長であり、IMOのボーカルの一人だ。一緒に居るのが大統領であろうとも敵わない。立場を、ものの見事に奪われてしまった。
(つづく)