(5) あの手、この手が進行中。 (2023.10改)
富山県知事と副知事が岡山入りし、新岡山港の倉庫で物資搬入作業を視察していた。
政治的な訪問ではなく、プルシアンブルー社の流通事業の説明を「副知事」が受けているように見えた。岡山県知事選に出馬する上で、足元の「モノの流れ」を抑えるのが目的だった。
金森鮎はまず最優先とすべきは一次産業振興策と考えていた。与党の保守的地盤を揺さぶるのが目的だ。農家には高騰する肥料やハウス栽培で使う燃料や電気費用の補助金を、漁師には船舶燃料の補助金をバラまく事で支えてきたが、「栽培増、収穫量向上、水揚げ量増」と農家や漁師の収入増に繋がる政策は皆無に等しかった。
金森が「農水省は無能」と定義してしまうのも当然で、後継者不足に悩む産業に貶めてしまい、食料自給率は一向に改善せず、輸入品に依存する事で補う状態を推進している。
農家と漁師の収入を上げる為の支援、政策を一切していないので実行すれば良いだけだった。これで一次産業従事者の支持を獲得できる。
ここで県民・市民の支持を集めるには即効性がある安い食品やガソリン等の投入が効果があるのだが、富山での知事選や、モリが突然立候補して2週間の選挙等短期決戦とは異なり、まだ1ヶ月半の時間があるので、与党支援の岩盤支持層を崩す方に注力する。一度に全てを投入するのもマンパワーが必要となるので、小出しにしてゆく。
そこで第一弾が、独自に輸入したオージー産の小麦販売となる。
巣籠り需要で小麦の販売価格が世界的に上昇し、政府が7月から小麦の値上げを発表し、小麦を原料とする商品が一斉に上がった。富山県内と東京大田区で供給されてる安価な小麦を岡山県にも提供してゆく。この小麦はプルシアンブルー社がオーストラリアで獣害対策の見返りに安価に仕入れているのだが、それを岡山県内の食品会社や製麺所、商工会に属する麺類の飲食店、パン屋などに提供してゆく。チェーン店や大型スーパーは本社が東京大阪名古屋なのでテコ入れしても票につながらないので放置し、票に直結する県内の事業者に提供してゆく。この夏は小売店もチェーン店も全国的に値上げに踏み切ったが、岡山県内の事業所が即時7月以前の料金へ値下げとなれば、岡山県民も恩恵を受ける。
新岡山港の埠頭にオーストラリアの穀物運搬船2隻が接岸し、穀物倉庫に搬入しているのを「富山県知事と副知事」が視察していた。知事がオージー産小麦を安価に入手できる背景を説明した後で農学者でもある副知事と会話をしていた。
「今までは政府というか農水省が商社に委託して小麦を一手に引き受けて統制価格を敷いてました。小麦が安い頃はそれでも良かったのですが今後はどうなるか分かりませんよね」
「そうですね。温暖化の影響で小麦の作付面積も減少傾向にあります。アフリカ大陸の人口増が進めば小麦やトウモロコシの価格は上昇します。モロコシが上がれば食肉価格も上がりますね。代替肉は好きではないので困っています」
「それは良く分かります。
・・国内で麦を増産するなら、やはり北海道でしょうか?」
「そうですね。その議論には、日本ではどうしても稲作が絡んでしまうのです。日本は農地が限られていますからね。
北東北は日本一のコメどころでしたが、北海道が今や日本一の生産地になってしまいました。
ブランド米戦略と等級評価に国が偏りすぎた弊害でもあるのですが、今現在はコメの値段が上がる要素が見当たりません。農水省が慌てて余剰状態の日本米の輸出を奨励し始めましたよね。海外に寿司や日本食のチエーン店が進出したのもそういった背景が絡んでいます。
国内産の小麦は安い輸入小麦にはどうしても敵いませんでしたから生産地もどんどん減少して、今は9割以上が輸入小麦です。輸入小麦が更に高騰すると、安いコメから転作する農家さんも出てくるかもしれません」
「なるほど、コメ作りがどうしても絡んでくるのですね」
「ええ。プルシアンブルー社がコメ作りの作業を軽減するのは農家さんにとっては歓迎でも、一斉にサービスを導入するとコメの生産地競争を煽って、やがてはコメの値段に影響するかもしれません」
「つまり、コメがさらに安くなって農家さんの収入が下がりかねない?」
「はい、その可能性はあります。
一方で生産者高齢化、生産者不足という問題にはプルシアンブルー社の事業は有効な解決策であるのも事実です。モリさんはそういった事情や背景をを踏まえた上でしっかりと策を考えていらっしゃる」
「アレがですか?」
「はい。彼は我々学者とは違って政治家なんです。私は戦術的な視点を持つ方だと見ています。まず、疲弊した国内情勢を見てみましょう。恐らく暫くは日本人の給料は上がりません。下がる可能性の方が高いかもしれません。しかし、政府は民を全く見ていません。
先進国のコロナ政策との比較で明らかとなりました。ケチで無策、そして無能でした。
巣ごもりであらゆる食料品が値上がりし、品薄となりますが、先進国で最低の食料自給率なのに何もしなていないのですから自然とそうなります。地方の田畑がある家は良いですが、大多数の都市生活者が自足できるはずもありません。経済が止まる想定をしておらず、都市部集中型の街作りを推進しました。ゼネコン、住宅メーカーの献金欲しさが政治家の最優先事項だったので、田畑を潰して街作りをして、農家には補助金をバラ撒く、辻褄合わせをし続けた・・。
金森さん、これが今の日本という前提で宜しいですね?」
「なるほど。まずこの大前提を踏まえて、彼はプランを考えていると言う事ですか」
「おっしゃるとおりです。些細な値上げでも度々繰り返されてあらゆる商品に及べば、都市部の人々は困窮してしまいます。
とはいえ、人口の多い都市部を救済するとなると、政府と同じでどうしても2の足を踏みます。今の政府はアメリカに言われて海外にホイホイとカネをバラマキました。中国の投資に負けるな、という話なのでしょうが、その癖に自国民は全く救わないのです。財源が無いと言って逃げてかわす方へ全力で当たります。
国民に配布するとなれば、赤字国債発行で乗り切りますので結局国民の借金です。
逃げ切り一手の政府以上に、財源の限られているモリさんは人口の少ない地方経済のテコ入れをお考えになられた。
安価な投資で絶大な効果が見込まれるからです。しかも地方は与党の支持層でもある。
そこで富山モデルの地方拡散を掲げました。輸入に頼っている物資を値上げしない努力をすれば効果大です。地方の方が自給率は高いとはいえ都市部に比べれば給与水準は低いですから値上げは極力避けねばなりません」
「都市部の人たちの怒りを買ってるんじゃないかと思ったりしてるのですが」
「今のところ怒りの矛先は政府に向かっています。そもそも連中は何もしていませんが、富山県と大田区は積極的に動いています。動かない連中に疑問を抱くのは当然です。
政府をボロボロな状態に捨て置けば、勝手に批判の集中砲火の的になってくれます」
「そこで地方で人々の支持を集めて、選挙に挑み、政治を変えて経済を・・」
「そうです。一旦バブル前の経済レベルの日本に戻して、日本列島を再構築し直すのです。
豊かな地方は都市型偏重型の日本社会に、人的移動を促すでしょう。農産物の配置や調整もそれからです。何故各県毎にご当地米を作らねばならないのか、私には分かりません。県別に競うのではなく、エリアで集まって栽培作物を選び、エリア間、国家間で競う様にしなければなりません。限られた農地ですから有効活用しないと。
一方で、今は価格の維持と経済の低下を押し止める事に専念するしかありません」
なるほど、カレがこの農学者を選んだ訳が分かったと、金森鮎は合点した。
ーーー
昼食の時間だと気付き、PCを閉じて階下に向かう。三階のフロアの半分を食堂に改良している。
大井埠頭の事務所に居るのは全員里子の元部下のフライトアテンダントさん達なので、今回新宿オフィスに移動してきた方々も女性しかいない。
既に女性に惑わされる年代ではないのだが、これだけ綺麗どころが揃っていると、流石に多少の躊躇は感じてしまう。
列に並べば、全く知らない人たちに頭を下げられて、頭を下げ返す。
列が進むと厨房の中に翔子と志乃と、もう2人が居て調理をしている。今は20人分の調理だと聞いているが直に倍になり、年内には100人近くになる予定だ。厨房の人たちも増やすのだろう。
カレイの煮付け定食のほうが売れて、生姜焼き定食の方が残っているのは、女性だからか?
と思いながら生姜焼き定食を取り、トレイに乗せる。
空いている席に向かうと里子の声がするので横を見ると、女王のように中心に居て、周囲の方々の体が里子の方へ向いている。まるで手下を従えている絵柄のように思えた。
これは面倒くさそうだ、と思って会釈をして隅っこへ移動して食べ始める。
食堂は2日目だが、ご飯が美味しいのはありがたい。味噌汁は京風なので志乃が作ったのだろう。
「ここ、いいかしら?」顔を上げると人事担当で副社長の山下智恵だった。
「今日はこっちなんだ」
「うん。こっちの採用が暫く続くからね」
「どの部門の採用?」
「ロジよ。里子さんみたいなグランドパーサー経験者を雇って、一網打尽にしちゃおうと思ってるの」
「また、女性ばかりか・・あ、男性の客席乗務員も居るよね?」
「却下。
ま、飛行機が飛んでないんだもの。それに彼女たちは英語が話せるから、選考対象は外人でもいい。それでタイ航空と系列の航空会社の経験者達と面談するの」
「そうか。タイの業者とのやり取りも問題ないね・・考えたねぇ」
「でしょ。ベトナム航空、マレーシア航空って感じで進める。勤務地も新宿と大井ふ頭で、住まいは大鳥居のワンルームマンション、条件はパーサーやアテンダントよりもいいんだから候補になるでしょ。みんな同じ業界だし、違和感はないよ」
「ここに富山のエンジニアたちが入って来たら辛いかもね・・」
「新宿でエンジニア採用するなら、女性専門部隊にするとかね。極端だけどそれもいいかもしれない。2階のジムを使うにも視線を気にしないで済むでしょ?この子達なら積極的に利用するだろうし・・
あ、あなたは利用するのはヤメときなさい。いいわね」
「どうして? 使おうと思ってるのに・・」
「トレーニングのレベルが全然違うでしょ。
それにガタイがデカくて目立つんだから控えなさい。トンチキさん。ちょっと後ろを見てごらん」
モリが振り返るとみんなこっちを見ていた。寒気がして、ゆっくり智恵を見た。
「亮磨さんが来たら、このレベルじゃ済まなくなる。あんたがた親子にとってはハーレムになりかねないのよ、新宿オフィスは。接触は極力避けて行動すること。分かった?」
「イエス、マム・・」受け入れるしかなかった。
食後に智恵に連れられて屋上に上がる。丁度ドローンが到着する時刻なのだという。既に荷卸担当の方々が待機している。
ドローンはかなり高いところを飛び、ビルの真上で止まると真っ直ぐに下降してきた。
ローター部が完全に停止すると青ランプが灯ってハッチが空いた。専用の手押し車のボタンを押すと滑車部が降りて地面から持ち上がる。
最大20キロの荷車が2台で40キロの荷物を運び出し、業務用エレベーターで荷車ごと1階に下ろせば、ミニスーパーの店員さんが商品を店頭に並べてゆく。
空いた荷車にはダンボールやプラスチックの折りたたみ式梱包を積んでドローンに載せ、滑車を解除してベタ置きして完了。
ドローンは大井埠頭へ飛びたっていった。
このドローン輸送により、トラック搬送に頼る必要がなくなる。50キロの荷物を搭載可能なドローンは世界に無いので欲しがられるが、暫くは自社専用だ。
ビルやマンションの屋上か、庭が使える店舗を選べばドローン搬送が使える。鹿児島、岡山、宇都宮、青森は、全てドローン輸送でおこなう。
ネットスーパーの宅配サービスも専用荷車は使わないが同じドローンで行なう。
倉庫と店舗の最長距離は茨城港から宇都宮市内の店舗間の往復80kmで、それ以上は避ける予定だ。
悪天候や風の強い日は予報で判断して前日に集中して届ける。
「ウチのエンジニアは凄いねぇ。さ、コーヒー飲みに行こうか。チミの奢りで」
ドローンを見送る智恵に言われて、後についていった。
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PB Mart新宿店は2日目も好調な売上で周囲のコンビニの驚異となっている。定価販売をしないのと、日本企業の東南アジア工場製品が陳列されているというのもある。
日々清食品やケルビーなどのメーカーは小麦を卸し、ギリン、アザヒ、ダッポロ、ザンドリには小麦に加えて大麦を卸しているので、日本の工場製品を扱わず、東南アジアのビールや清涼飲料水を販売しても文句を言われない。
お弁当、パン類は大田区内の葬儀用をメインとする少し豪華な仕出し弁当業者とデパートにも出店しているパンメーカーを扱い、底上げしたり、サンドイッチの具が見える場所だけの安かろうモノではないのだが、これがまた、評判がいい。さすがスッチーさん達が選んだだけのことはある。
店舗の営業時間も8時−20時と富山の店舗と同じだが変更は考えていないらしい。
大田区を除く都内では初出店なので注目しているが、里子は店舗拡大を狙っている。
できれば地場のスーパーとの提携が望ましいのだが、ドローン配送を考えるとビルの屋上が使える店舗、狙いは居酒屋チェーン店やファストフード店が1階に入っていたビルという選択肢で配送拠点を増やして、バギー車で少し離れたスーパーまでピストン輸送すると言う感じだろうか。地方のスーパーなら、何の問題もないのだが。
(続く)