家族で食卓を囲む。
うちの兄の誕生日だったから、今回の週末は実家に帰った。誕生日自体は平日で、過ぎているんだけれど「あかりが来るから、お祝いは週末にとっとくよ」と言ううちの家族。大人になった今でも素直に嬉しくて、愛だなと思う。
土曜日の昼間に、母と地元のスーパーで合流して、夕食のステーキを調達した。ケーキは買ってあると言う。ついでに、物欲のない兄に仕事用のスニーカーをプレゼントに買った。「壊れてきたんだよね」と言っていたからと、母の提案だった。兄は使えるものはしっかり使う。本当に壊れるまで使うんだ。思いやりのある人、物持ちのいい人。
父兄の仕事が終わるより早く家に着き、帰りを待つ。家に着いただけで幸せって思う。幸福感って私に何もさせなくする。怠惰にさせる理由の一つだ。わたしはいつからこんなに実家が好きになったんだろうかと不思議に思った。
兄と父がほとんど同時に帰ってきて、シャワーや着替えやらしている間にご飯の準備をした。ご飯の準備といっても、実家に帰ってくるとほんとに私は何にもしない。母親の料理ができるのを尻尾を振ってお座りしている犬のように待つのだ。盛り付けと配膳がわたしの仕事。
プレゼントとお祝いの言葉は帰ってきてすぐに送ったから、あとはみんなで食事するだけ。
買ってきたヒレ肉とサーロインのステーキ。味噌汁、アスパラとトマトとモッツァレラのサラダをみんなで囲む。魚好きのあかりが来るからとカジキマグロの刺身もあった。ご飯は雑穀米と白米の二刀流。なんか他にも色々あったけど忘れた。とにかくみんなの"すき"が詰まったテーブル。
「あ〜〜〜っん〜〜っ!!おいしいっ」
なんでこんなに美味しいのか。
盛岡で一人暮らしをしてる私もある程度料理はしている。まずいものを食べてる訳ではない。けれど実家のご飯の美味しさときたら桁違いなんだ。食材の鮮度、質の問題ももちろんある。採れたてで地産地消のいいものばかりだ。カジキマグロの刺身なんか都会じゃあんまり手に入んないだろう。肉みたいな甘さがある。アスパラやトマトなんかも、申し訳ないけど、めちゃくちゃ美味しい。自分で作らず、人に作ってもらってる嬉しさもある。
ただ、大きな理由がもう一つ。
ばあちゃんがいたときに毎度毎度言われたこと。
「あかり、みんなで食べるご飯はうんめぇべぇ。ひとりで食べればさみしぃべぇ。はやくかえってこぉ。(みんなで食べるご飯は美味しいでしょ。一人で食べれば寂しいでしょ。早く実家に帰ってきたらどうだ)」
そんな事をちょっと嫌味っぽく繰り返し言われたのだ。そのちょっと強い口調で、認知症が始まりかけてきていたおばあちゃんに何度も言われた。ばあちゃんは私に「実家に帰ってきて欲しい、遠くに行くな」と繰り返しいう人だった。そんな人に言われるその言葉は説教じみてて、それを言われるのがすごく嫌だった。その時は軽く流していた。
でも、それって多分本当だ。
大好きな家族と食べるごはんは本当に美味しい。ひとりで食べるよりもずっと。
「ひとりで食べるよりうんめぇべぇ」
うん、そうだよ。ほんとうにそうだ。
これが幸せだよ。
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