アトリエが始まるまでの話①
年長児から入園してきて、頭の回転とかけっこが早く、リーダー的存在のAがいた。その圧倒的な自信はみんなを強く惹きつけていた。その分、少し強引なところがあってケンカもよくしていた。男の子たちは、Aがすること全てが新鮮にうつったようだった。
その園では造形の時間があった。グループに分かれて、それぞれテーマを決めて土粘土で作品を作った時、Aが友達と一緒に、あるグループの作品を壊してしまった。担任の私より園長がカンカンに怒って「連帯責任」として、年長児クラスの子たちに夕方の遊びをほとんどさせなかった。そんな園長は「あの子は育てなおしが必要!」と何度も言っていて、「どこからそんな傲慢な考えが出てくるんだ」と心底驚いたことと、「連帯責任を負わせることに意味はない」「拘束する時間を長くするのは大人の”やってる感”を満たしてるだけ」とも思ったが、当時の私はそれを園長に言えず、子どもたちを守ることができなかった。
(それ以降も、Aがからむケンカなどに入ってきては、「ごめんなさい」と言わせることで決着をつけさすように大人の考えを押し付けていたので、会議の時に、「これまで大人が介入しすぎて、子どもたちが本当の気持ちが言えなくなっている。もっとあの子たちを信じて任せたい。」と伝えたら、すんなり受け入れられて、それから上記のような園長の言動はなくなった。)
そんなAがケンカをして3人で話し合っていたところにクラスの子たちが「どうしたん?」と言いながら次々と集まってきて、全員で話し合うことになった。
これまでAの言葉が足りずにみんなが混乱していたこと、それを伝えようとしてもAが怒って勝手に話を終わらせていたこと、でも今、Aが言いたいことややりたいことはそういうことだったんだ!とわかってよかったと思ったこと。始めは少し感情的になる場面もあったが、その場から出ていくことなく、みんなの話を聞くことができていた。でもまさか、3人のケンカから、クラス全員にいろいろ言われるとは思ってなかったから、少し面食らってはいたけれど。
Aは「なんでこんなことわからへんねん!俺はこうしたいんや!っていつも腹立ってた。」とポツリと言うと、「そんなん、違う人間なんやからわからんやん」「急に怒るからこわかった」「でもさっきみたいに、こうしたかったんやって言ってくれたらみんなわかる」「そしたら、助けることもできるやん」と、落ち着いた口調でそれぞれが話すと、Aもうなづいて自然と「ごめんな」と顔をあげて言った。みんな顔を見合わせながら笑顔になって、なんだか照れ臭そうに見えた。「ご飯食べに行こうぜ。」と一人が立ち上がるとみんな一斉に食堂へかけていった。
また、造形の時間にBの肩に手を置いて、「この間はごめんな、作ったやつ、つぶしちゃって。」「なんか、羨ましかってん。上手いから」と土粘土のことを謝っていた。結構時間が経っていたこともあり、Bが「もうええで。またいいやつ、作ったらええねん」と言うと、「俺、(造形が)苦手やねん、だから教えてな!」のやりとりを聞いていて、あの、プライドの高いAが!と驚いた。Bも驚いた顔をしていたが、「おう!!ええで!!」と言うと二人で抱き合っていた。
それまでAが他児にあそびの相談したり、頼ったりすることがなかったのに、全員で話合ってからはすっかり変わった。苦手な造形も、頭ではイメージできているのに、かたちにすることができなくて、よくイライラしていた。それが今では、「こうしてみたいねんけど、どうしたらええん?」「あ~、もう、なんて言ったらいいかな~~」とイメージを言葉で伝えることに四苦八苦しながらも、かっこいいものを作れるとAが一目置いている子たちに自分から聞きにいって、教えてもらったり一緒に考えて、何度か失敗しながらできたときの喜びようはすごかった。
A自身もまわりの子も「Aはなんでもできる」と思っていて、Aにとって造形が初めてぶつかった壁だったように思う。
そしておそらくだが、前の園では「これを作りましょう」「こうしてみましょう」と指示通りの活動が多かったんじゃないかとも思う。
一番早く作り終えても「早いね!」なんて褒めてくれない。一番最後に作ったやつの作品、めっちゃいいやん。俺も作ってみたい、でもできない。なんだ、面白くない!
そんな表情は何度も見ていて、「もうどうやったらいいか、わからん」「俺にはできひん」とその場から離れていた。「一番」じゃないのが嫌なこともわかっていた。「俺が最後になるやんか!」と怒った時もあった。他の子が「教えてあげようか」なんて言おうものなら「うるさい!!」と大きな声をあげていた。他の子がしているのを見ているだけの日もあった。
「なんでこんなことわからへんねん!俺はこうしたいんや!っていつも腹立ってた。」のはAの自分自身に対しての言葉だとも思った。そのイライラをクラスの子たちがほぐしてくれて、「できない、わからないって言っていいんだ」ととても楽になったのだと思う。自分の弱いところを認めて、相手の強みを受け入れる。信頼して、協力して、喜びを共有する。苦手だと思っていた造形も楽しい時間となって「俺、自分でできるし!」といつもの自信満々な表情も見えるようになった。みんなが外へ行ったりご飯を食べに行って一番最後になっても「これだけするから」と黙々とやり続け、怒ることもなくなった。卒園した後、「造形の時間が一番楽しかった」と言ってくれたことは最高にうれしかった。
~つづく~
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