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【随想】 話し合って、少しだけトクを取る

将棋の大棋士、升田幸三のお話を。YouTubeに上がっていた動画は削除されてしまったみたいで残念です。囲碁好きですが、最初は将棋から入りまして、升田名人の言葉には10代の頃から親しんでいました。

インタビューに応じた晩年の肉声は、意外にも聞き取りやすい落ち着いた口調でした。一日30本近いタバコを吸い、酒にも目がないという私生活を送り、仙人のような風貌から、しゃがれ声の任侠風な話し方をする人だと何となく勝手な想像をしてました。

升田幸三は昭和の将棋界に大きな足跡を残した大名人で、羽生善治など升田を敬愛する現役棋士は今も多い。同門のライバル大山康晴と幾度も名勝負を繰り広げ、「新手一生」を看板に、常に新しい戦い方を模索し続けた「創造」の人として知られています。

対談のお相手は、先日95歳で老衰により逝去されたNHK元アナウンサーの鈴木健二。鈴木氏が司会を務めたNHK「クイズ面白ゼミナール」を楽しんだ幼い頃の思い出を持つ私にとって、非常に懐かしい方です。

晩年の升田氏に向けて「勝負の人生をひとことにして、人生はこれだというのは何ですか?」と質問を投じると、升田氏は「人生というのは話し合いだと思う」と応じます。「話し合いがないいうことは、もう人生から外れておる」

自分自分ではいけない、相手に振り回されてもいけない、自立しつつ相手に身を置き、そのなかで「やり取り」を重ねることこそ人生である、と解釈しましたが、どうでしょう。同じインタビューのなかで「運 勘 技 根」の4つが成功の秘訣だといっています。これも味わい深い。

貿易、取引、というものは、長い目でみると五分五分に帰するものなんだ。だから、人生というものは、五分五分の線を維持するために皆努力しているともいえるんだな。

『うらおもて人生録』(色川武大)

作家にして“雀聖”と称された色川武大が、著書のなかで大相撲を例に「15戦全勝を狙うな、9勝6敗を狙え」と、敗けを意図して織り込むことが大事とも述べています。升田幸三の言葉を別な角度で捉えたものと理解してます。

これも名著。

話し合いという「譲り」「譲られ」の関わりのなかで、少しだけトクを取る、といった身の置き方に、何となく世の奥義というか、真理が潜んでいるという気がしますね。

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