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言語教育者として学習者で居続けることの大切さ
日本語教師として教える立場になって感じることは、「自分も外国語を学んできて良かった。」ということ。
外国語学習歴としては中学から英語を勉強し、大学の第二外国語では中国語を習得した。大学の授業で韓国語にも少し触れたことがある。
自分が長年やってきて習得できなかった言語、習得できた言語、楽しかった授業やつまらなかった授業を振り返ることで自分が教育者として教える立場になった時その経験は生きる。例え、ネガティブな経験だったとしても、どのように改善すれば良かったかを考える。
英語は長年、学校教育で学んできたけど、上手く話せない。明らかにアウトプットが不足していた。中国語に関しては、インプットと同時にアウトプットにも力を入れて、徐々に話せるようになっていった。韓国語に関しては、あまり授業が面白くなかったので途中でやる気を失った。
英語の授業はキラキラしていた。たまに洋楽から英語を学んだり、海外ドラマを観たり、自分の好きな海外モデルを紹介したり。お洒落な感じ。だから英語の授業は好きだった。ALTの先生が海外のお菓子をくれたりするのも新鮮で。だから今でも、英語のコンテンツには触れていたいと思う。
中国語の授業ではネイティブの先生が実際の風習などを紹介したりするのも面白かったし、コロナが被らなければ毎年家に招待して台湾料理を振る舞っていたそう。暖かくて素敵な先生だった。
自分が学習者として心に残った授業を次は私が与える側になりたい。
少しでも学習者のモチベーションになれば嬉しいし、習慣や文化を伝えられるのはネイティブの強みだと思う。
もっと深掘りすれば、グループワークの方法やロールプレイの経験、オンライン交流会など授業の実践に使えるヒントも色々ある。
だから、私はこれからも外国語教師でありながらも学習者として生涯外国語も学び続けたい。新しい言語にもチャレンジしてみたいと思う。