カスタマーサクセス・ディベロップメント -「コピペ提案」から脱却し、新たな成功実績を創る- <後編>
BtoB SaaSのカスタマーサクセスチームには、「顧客が求める成果の創出」と「SaaS事業の持続的な成長」を同時に実現していくことが求められる。そのためには、過去の成功事例を横展開していく活動(Customer Success Penetration)だけではなく、新しい成功事例を創出していく活動、すなわち、カスタマーサクセス開発(Customer Success Development)が重要となる。
この記事の<前編>(以下記事)では、SaaS事業の持続的な成長に必要なポイントを整理した上で、「なぜ、カスタマーサクセス開発が重要か」という点を解説してきた。
そして、この<後編>では、実際に「カスタマーサクセス開発」(と「カスタマーサクセス浸透」)を行っていく上で、抑えておくべき重要なポイントについて解説していく。<前編>よりも実践的なノウハウをお伝えしていく。ただし、小手先のテクニック論ではなく、本質論を追求したい。
0. ターゲット選定
カスタマーサクセス開発の最初のステップはターゲット選定だ。全ての顧客の全てのニーズに応えていくことは現実に不可能だ。だから、限られたリソースを前提に効果的な活動を実施していくための優先順位付けが必要となる。
0.1. 「誰の」「何を」解決するか
ターゲット選定の中で最終的に決定すべきは、「誰の」「何を」解決するのかという点だ。顧客の課題やニーズに関する調査や仮説検証を重ねながら、「今後具体的に何に対する解決策を開発するのか」を検討していく。
実際のターゲット選定の作業にあたって、まずはこれまで収集した情報を整理して候補をリストアップするところから始める。その上で、追加で調査や仮説検証を重ねながらターゲットを選定する流れになる。その際に各候補を評価する基準をあえて整理すると、以下図に記載しているような観点が考えられる。
もちろん現実には、急速に変化するビジネス環境を前提に、「いま・ここ」の個別事情の考慮や、目の前の機会で最大限に価値を発揮する姿勢が、結果的に未来を創っていく側面がある。しかし一方で、計画の妥当性を説明する責任を果たす意味で、情報整理はやはり有用であると考える。
では、上図に記載の「インパクト」「貢献可能性」「支援コスト」の3点について、以下でそれぞれ解説していく。
0.2. 課題解決のインパクトを見立てる
まずは「インパクト」だ。インパクトとはその課題が解決された場合の影響の大きさを指す。インパクトは「一般性」「長期性」「深刻度」の掛け算で構成される。
一般性とは「その課題に直面するのは、何社・何人いるか」という空間軸(課題の幅)での評価、長期性とは「各社・各人は、どれほどの期間でその課題による影響を受けるか」という時間軸(課題の長さ)での評価、深刻度とは「各社・各人は、その課題にどれほど困っているのか」という個別の文脈軸(課題の深さ)での評価だ。
「一般性」の評価にあたっては、前提として複数の顧客の中で共通する課題やテーマが何であるかを特定する必要がある。
そして、より適切に課題を理解・説明するために、顧客のセグメントを適切に設定することが重要だ。セグメントやグループを適切に設定することによって、「一般性」の範囲を的確に定義でき、正確な状況理解と説明が可能になる。イメージとしては例えば「XX業界の△△部に所属する人の約8割は~~という課題を解決したい」などといった説明が可能になる。なお、セグメントの軸としては、企業の売上・組織の規模や業界・業種、企業内で働く人たちの部門・職種や年代・性別などがよく用いられる。
また、顧客セグメントを適切に定義したり、顧客の課題の内容を正しく理解したりするためには、顧客の業務や顧客が置かれた環境についての解像度を高めることが欠かせない。その際は、実際の顧客の声を参考にしつつ、課題についての仮説を洗練化させていくことが必要となる。顧客の声を基に仮説を洗練させていくプロセスの具体的なイメージとして、以下図にて外食業における共通ニーズを一例に挙げてこれを紹介する。
上図のように、仮説を洗練させていくプロセスでは、顧客との対話が重要な役割を果たす。しかしながら、「ただ話を聞く」のではなく、仮説を持ってそれをぶつけてすり合わせるという動き方が必要になることは十分に留意されたい。このほか顧客の声を収集するだけでなく、顧客と同じ体験を自ら実体験することなども効果的だ。以上のように「一般性」は、仮説を軸に顧客と対話を重ねながら、適切なセグメントを設定して共通ニーズを定量可視化することが重要となる。
続いて、カスタマーサクセス開発のインパクトを試算する上で必要な観点として「長期性」を説明したい。長期性とは、「その課題はあくまでも一過性のものなのか、それとも一定期間に及び長続きするものであるのか」を見極めるという観点だ。
一過性に思われるニーズの具体例を挙げよう。例えば"サブスク"(継続課金モデル)だ。一昔前には様々な業界で「自社で"サブスク"を導入したい」「"サブスク"を前提に事業を構築したい」といったテーマや相談があったかもしれない。しかし、この解像度で取り組もうとした場合、どれほど上手くいくであろうか。かなり厳しいのではないか。実際に、もちろん導入の経緯は異なるだろうが、以下のようにここ数年で撤退したサブスクサービスは少なくない。
仮に「"サブスク"導入」のような一過性の課題に対する支援策を用意したとしても、その需要は時間の経過に比例してすぼんでいってしまうであろう。そうすると、カスタマーサクセス開発への投資に対するリターンは十分に得られない。だから、インパクト算定にあたって課題の「長期性」の観点も考慮されたい。
インパクト算定に関して、最後に「深刻度」について説明する。各顧客から見てその課題がどれほど重大な影響を及ぼしているか、という観点だ。各顧客から見て取るに足らない課題であれば、それをいくらエレガントに解決しようとも、顧客にとっての価値には繋がらない。逆に、重大な問題であれば、それが部分的にでも解決されるのであれば顧客にとって大きな価値となりうる。
深刻度を評価する際には、原則として個別の文脈に依存するため、現状の調査・分析が重要となる。ただし、その際の考え方としては、一定の枠組みが提供できよう。以下の図で図解している「主要構成部」「メインストリーム」「根本原因」「ボトルネック」といった切り口が深刻な問題の特定に有用だ。ここでは個別の説明を控えるが、これらは状況の整理や説明に活用できる。
以上のように、課題の「一般性」「長期性」「深刻度」をそれぞれ検討した上で、これらを総合考慮の上でインパクトを見立てることが重要となる。
0.3. 貢献可能性を勘案する
次に「貢献可能性」だ。貢献可能性とは、対象の課題について自社がどれほど解決の支援ができる可能性があるか、という見込みの大きさを指す。顧客が自社に課題解決を任せたいと考える度合いとも言える。貢献可能性は、「支援機会」と「難易度」の二つの観点に分けられる。
まず「支援機会」だ。ベンダーがいくら「自分たちは顧客のこの問題を解決できる」「この問題解決の支援をしたい」と考えていたとしても、顧客から解決を依頼されなければ、これに挑戦することはできない。顧客から「この人たちに問題解決の支援を依頼しよう」という信頼を勝ち取り、支援機会を得ることが重要だ。
そして、顧客から支援の依頼をお預かりするためには、「この人たちに支援してもらえば、問題解決に繋がるかもしれない」という期待を抱いて頂く必要がある。実際にそのような期待をお預りするためには実に様々な要因が影響するが、ターゲット選定にあたってはその構造を規定する要素として、「自社の専門性」と「顧客との関係性」に着目したい。以下の図で示すように、これらが支援機会を左右する側面がある。
つまり、自社がすぐに価値提供が可能でそれを示すことができる領域や、自社が有効な関係が築けている顧客が抱える課題については、カスタマーサクセス開発にも取り組みやすいと考えられる。
一方で、必ずしも自社が「今できること」だけに囚われる必要はない。むしろ自社の支援可能な領域をある程度拡げる前提に立って検討すべきだ。そのスタートラインとして、以下の図で示すように、「自社が支援可能な範囲」と「顧客から相談を受ける範囲」が交わる領域が、すぐに価値提供を行うことが可能な領域だ。
そして、この交わる領域の面積を拡大していくことこそが、支援機会を拡げることに繋がる。上図のように、そのためのアプローチにはいくつかの選択肢がある。主に、「顧客ニーズの中から、自社に相談をして頂く範囲を拡げる」、もしくは「自社のケイパビリティを強化する」のいずれかが中心となる。また、さらに視座を上げると「顧客のニーズ自体を拡げていく」も検討に値する。これらの選択肢を比較すると、以下の表のように整理できる。
上記表における原則としての検討の優先順位は、①>②>③>④>⑤であろう。今すぐに提供できることを起点に、顧客からの相談範囲や自社のケイパビリティを少し拡げることで対応可能な選択肢を検討していく。ここで重要なのは、「今できることから、ほんの少し先に手を伸ばした領域」に取り組み、スピーディーに問題解決の実績を上げることだ。「できないこと」の挑戦に時間をかけすぎて、顧客への支援がスムーズにできないようであれば本末転倒である。あくまでも段階的かつ着実でスピーディーな進歩を目指したい。
なお、支援機会の算定にあたっては、競合プレイヤーの存在も無視できない。顧客から見て別の選択肢が潤沢に存在する領域・課題に関しては、自社がわざわざ参入していく必要性は薄いかもしれない。ただし、いくら競合サービスが"存在"していようとも、顧客が求める水準で問題が解決されていないのであれば、自社も参入してカスタマーサクセス開発を進めることを検討する余地があるだろう。要するに、競合が存在しようとも、そこに"満たされていない顧客ニーズ"があるかどうか、が重要である。
さて、貢献可能性を勘案する上で、「支援機会」と並んで次に検討すべき観点は課題の「難易度」だ。いくら解決したい課題が見つかったとしても、その解決が不確かであったり、解決までに何十年も所要する問題であったりすれば、短期的に取り組むことは難しい。もちろん、決して「難しい問題は諦めて見送ろう」と言うつもりは全くない。しかし、仮に難しい問題に挑戦するのであれば、相当な規模のリソース投下も必要になるため、その現実をきちんと見極めて必要な体制を構築した上で着手する必要がある。だから、難易度も観点として織り込んでおくべきである。
極端な例を挙げれば、「日本の少子化を食い止める」や「世界の平均気温上昇を1.5℃以下に抑える」というテーマが考えられる。これらはそのテーマの壮大さゆえに、仮に一企業が単体で取り組んだとしても解決が難しいことは説明するまでもないであろう。世界中のステークホルダーが連携した上で、目指すべきアウトカムを構造的に分解して、それらを達成するためのアクティビティを定めて取り組んでいくような動きが必要になる。この中で単一企業が貢献できることは、仮に事業として取り組むとしても一部のアクティビティの中におけるわずか一部であろう。(もちろんSDGsなどの共通目標に対して社会の構成員である各企業が主体的にメンバーシップを発揮していくスタンスが共通テーマとして求められることは言うまでもない。)
同様に、(流石に国家として取り組むほどのテーマでなかったとしても)
程度の差はあれどやはり課題ごとに難易度は異なる。だから、リソース等の所与の条件を踏まえつつ、優先順位の検討に「難易度」も勘案する必要があるだろう。
以上のように、「支援機会」と「難易度」という観点で、貢献可能性を勘案し、カスタマーサクセス開発の優先順位を決めていくことが重要だ。
0.4. 支援コストを見積る
カスタマーサクセス開発のターゲットを選定する基準として、最後は「支援コスト」だ。支援コストは、「初期コスト」と「運用コスト」に区分できる。
初期コストとは、ターゲットとする課題についてカスタマーサクセス開発を進めていく上で、「成功実績の創出」と「これを浸透させていく上で必要なサクセスモデルの最終形態の構築」に必要となる一連のコストを指す。一方で、運用コストとは、ターゲットする課題についてカスタマーサクセス開発が完了した後に、各顧客へ恒常的な支援を行っていく上で必要なコストを指す。
初期コストには、最終形態としてプロダクトの開発や改善を含めるのであれば、当然これの開発コストも含まれる。また、サービス開発やプロダクトの要件定義のために必要となる調査や企画、研究開発などのコストも含まれる。
運用コストには、例えば都度顧客へのハイタッチでの説明や提案が前提として必要になるのであればこれが含まれるし、サービスやプロダクトの品質を担保するために必要な監視や管理のコストなども含まれる。
ただし、いずれにせよ、支援コストの見積りに関してターゲット選定の段階で求められる内容は、あくまでも優先順付けや体制構築に必要な情報である。そのため、厳密な計算は必要なくざっくりとした規模感が分かれば十分である。その目的を見失わないように注意されたい。
ターゲット選定に関する議論は以上だ。まとめると、「誰の」「何を」解決するのか整理をして候補を洗い出し、「インパクト」「貢献可能性」「支援コスト」を考慮し、優先順位付けを行う。そうすれば、優先的に解決すべき課題が見えてくるだろう。
(このほか、今回は触れないが低単価顧客と高単価顧客の区別などについても、要望があれば別の機会に論じたい。)
1. 実績の創出
さて、ここまでにカスタマーサクセス開発の「ターゲット選定」について、必要な評価基準やその観点について解説を進めてきた。では次に、実際にカスタマーサクセス開発のターゲットを決定した後に、その対象企業で成功の実績を創出するために必要なプロセスとポイントについて考えていきたい。「最初の一社目の成功」を生み出すために必要な取り組みという焦点で解説を進めていく。
そして、成功実績を創出するまでのステップを整理すると、以下の図のような5段階に整理できる。
以降は、上記の5段階のステップに従って、各ステップで押さえておくべきポイントについて順番に解説していく。
1.1. 顧客と成果を共創する基盤を整える
一つ目は「信頼形成・体制構築」だ。
まず、大前提として、顧客が求める成果を実現するには、顧客と共創することが欠かせない。あくまでも成果の実現に向けて取り組みを推進する主体は顧客であり、ベンダーは支援する立場にある。また、最終的には顧客が自走的に成果を上げられる状態を実現することが望ましい。その上で、顧客が単独ではたどり着けない所まで顧客をお連れするため、また、そのスピードを早めるために、ベンダーの支援が必要となる。
そして、顧客と成果を共創するためには、顧客と信頼関係を構築することが重要だ。前例の少ない課題へ挑戦するにあたって、顧客からセンシティブなものも含めて内部情報を共有して頂くことができるかどうかが、ベンダーが良い提案・良い支援を行えるかどうかの分岐点となる。ベンダーが顧客から「あくまでも外部の人」という線引きをされてしまうと、どうしても踏み込んだ提案は難しくなる。だから、課題解決のパートナーとしての信頼関係を構築できるかどうかが極めて重要だ。
信頼関係を構築するためには、顧客から信頼される行動を積み重ねることが重要となる。必要な事前準備とアフターフォローを徹底しつつ、お預かりした一つ一つの要望や質問に対して、顧客の期待以上の水準のスピードとクオリティでお応えしていくことが鍵となる。以下図で示すように、良い提案をすることで良い結果に繋がって信頼が高まり、結果的に深い情報を共有して頂けるのでさらに良い提案が可能になる、といったポジティブなスパイラルを回すことが重要だ。
なお、顧客との関係深耕については、以下の記事の後半で詳しく説明しているので、さらに詳細の議論は以下記事を参照されたい。
また、顧客と成果を共創する基盤として、ここまで述べてきた「信頼形成」に加えて「体制構築」も重要だ。一口に「顧客」と言っても、顧客社内だけでも、推進部門以外に、経営層、現場部門、管理部門といった多様なステークホルダーが存在する。顧客が取り組みを効果的に推進するためには、取り組みの規模や性質に応じて然るべき体制を構築することが重要だ。
特に、エンタープライズ企業で全社的な取り組みを推進していくようなケースにおいては、部門を跨いだ連携を上手く調整する必要がある。各部門の然るべき関係者の方にプロジェクトチームへ参加して頂くことはもちろん、コミュニケーションフローの整備、会議体の設計、進行管理の方法やツールの手配などプロセスを整えていくことが肝となる。
(ここからさらに話を拡げると、言わば「プロジェクトマネジメント」の専門知識・スキルが求められる。この記事の中ではこれ以上踏み込まないが、要望があればまたの機会に詳しくご紹介したい。)
1.2. 経営と現場に学び、課題を特定する
顧客との信頼形成、プロジェクトととしての必要な体制の構築ができれば、次は「現状把握・課題設定」だ。
カスタマーサクセス開発の最初のステップ「0. ターゲット選定」において、テーマ・課題の絞り込みはある程度できているであろうが、実際に問題解決を推進していくにあたって真の課題を的確に設定することが極めて重要だ。この点はいくら強調してもし過ぎることはない。安宅和人さんの名著「イシューから始めよ」の中では、解決策の質を高めることよりも、まず先にイシューの質を高めることが重要だと説かれている。
この点の詳しい解説は本書に譲るが、顧客の課題を適切に設定するためには、そのテーマに関して熟考された仮説を持つことが重要である。そしてそのためには前提として、顧客が置かれた環境と、顧客が直面している問題や事象を高い解像度で理解することが必要不可欠であろう。このためには、「経営」と「現場」の二つの視点が鍵となる。
まずは「経営」の理解だ。顧客が企業として目指す理想を実現できるよう、そのために必要なテーマを課題として設定する。企業内のどの部門の活動も、あくまでも上位目的を実現するための手段である。言わずもがな、競争環境が激変を続ける現代社会においては、常に機動的な経営判断と執行が要求される。そして、各部門の日々の活動においても、全体の目的や活動を理解した上で機動的に実務を遂行していくことが重要となる。さもなくば、部分最適、手段の目的化といった典型的な失敗に陥ってしまうであろう。だから、ベンダー側でも、顧客企業の経営が求める方針やメッセージをしっかりとキャッチアップし続けながら支援を行っていくことが重要だ。
そして、当然、経営理解は容易でなく、個別性も高い。しかし、キャッチアップする観点や項目については、一定の枠組みが提供できる。以下の図に記載しているようなポイントを整理すると、キャッチアップが進めやすいだろう。ここで個別の解説は控えるが、各要素を関連付けて理解することが重要だという点は補足しておきたい。
さて、「経営理解」と並んで重要なのが「現場理解」だ。現場理解が不十分だと、どうしても提案がリアリティを欠いたものになってしまう。現場に適さない取り組みは、顧客から理解を得られないばかりか、失敗要因にすらなりうる。
そして、実際に現場理解を進めていく上でキャッチアップすべき項目の内容やその優先順位は、カスタマーサクセス開発を進めようとしている課題の種類や性質によって異なるであろう。プロダクトやサービスの性質によって変動すると言い換えても良い。しかし、一般的な観点を挙げると以下の図のように整理できる。こちらも詳しい説明は控えるが、組織や業務の構造を理解した上で、問題となっている事象の構造を事実ベースで捉えることが重要だ。
もしかしたら、経営理解や現場理解について、ここまでの説明を聞いた上でも、いまいちピンと来ていない方もいるかもしれない。仮に頭では理解できたつもりになっていたとしても、実践経験がないと真の理解には至らないかと思われる。上記のような深さでキャッチアップをした経験が、一社でもあるかないかは、雲泥万里のごとき大きな隔たりがある。ぜひ一度、一社を深く理解する経験を積んでみることを推奨する。
さて、以上のような考え方で経営理解と現場理解に基づき課題を設定する。なお、繰り返しになるが、課題設定が極めて重要である。課題を適切に設定することさえできれば、課題解決に向けて大きく前進することができる。逆に課題設定が不適切であれば、その課題の解決は難しいだろう。その点は改めて強調しておきたい。
1.3. 多角的なインプットをベースに方針を定める
三つ目のステップは、「方針企画・プロセス設計」だ。ここまでに設定した課題をどのような方針で解決していくのか、ということを検討していく。
なお、課題が適切に設定されていれば、自ずと解決の方向性は見えてくるものだ。ただし、基本的には複数の選択肢が考えられることが多く、また優れたアイデアが解決の度合いを引き上げてくれることもある。
そして、優れたアイデアを出すために重要になるのが、多角的なインプットだ。伝説の広告マン、ジェームス・ウェブ・ヤングさんは、名著「アイデアのつくりかた」(A Technique for Producing Ideas)の中で、「アイデアとは既存の要素の組み合わせである。アイデアの材料を収集すればするほど、新しい組み合わせを作る可能性も高くなる。」という旨の主張をしており、この考えは各所で引用されるなど大きな影響を与えている。
また、博報堂ブランドデザインは、広告制作などのビジネス企画の際に活用できる思考法として、以下のリボン思考を提唱している。リボン思考では、多様な要素情報を収集した上で、情報と主観を統合し、具体的なアイデアを発散させていく。企画と名の付く仕事では、このプロセスが有効であると説明されている。
以上のように、良いアイデアを生み出すためには、インプットが重要だ。多角的なインプットにもとづき解決の方針を決定する。そして、その方針を実現するためのスケジュールを立てて、実際に課題解決を推進していくのだ。
また、この段階において、企画したプロセスについて、定量的な評価指標を用いたチェックポイントを設けて顧客と合意しておくことが重要だ。実施後に取り組みを振り返る上での評価基準となるが、これを定めておくことで計画と実績の差分を検知しやすくなる。さらに、明確な評価基準があれば、顧客社内の関係者との期待値をすり合わせておくことにも繋がり、その後の発展的な取り組みを相談しやすい土壌となる。
1.4. ステークホルダーの共感を得る
4つ目のステップは「センスメイキング・施策実行」だ。
このステップでは、関係者の理解・共感を得ながら、ここまでに立案した方針やスケジュールを実際に遂行していく。センスメイキングとは、関係者の「腹落ち」や「納得感」を生み出すプロセスのことだ。一人一人が能動的に取り組みに関わり、それぞれ異なる一人一人の主観的な理解を前提に、腹落ちや納得感を形成することが重要となる。馬田隆明さんの名著「未来を実装する -テクノロジーで社会を変革する4つの原則-」の中では、新しい技術やサービスを上手く社会に実装していくための方法論が見事に解説されており、その中で「インパクト」「リスク」「ガバナンス」と並んで「センスメイキング」が重要なポイントとして紹介されている。
そして、同著の中では、成功した社会実装の事例をもとに、センスメイキングの手法として以下9つが紹介されている。
ナラティブ:関係者の語りや動画などを用いて、成功に至るストーリー(もしくは失敗に至るストーリー)を伝える。
フレーミングを変える:これまでとは事象の捉え方やイメージが変わるように、その事象を異なる表現で言い表す。
言葉や概念を作る:多くの人が潜在的に感じていた問題を簡潔なキーワードで表現することで、人々の意識としてその問題を顕在化させる。
データを示す:アンケート調査などでデータを作成し、レポートなどにまとめて問題の存在とその深刻度合いを顕在化させる。
参加型の取り組み:討論会や協働プロジェクトなどを通じて、関係者が主体的に取り組みに関わるようにする。
共同での作成:ワークショップや共同でのデモ実施などを通じて、関係者と一緒に何を作り上げる。
プロトタイプを作って世に出す:必要最小限のプロトタイプを作ってそれを関係者に見てもらい、感想やフィードバックをもらうことで、主体的な参加を促す。
小さな成果から始めて好循環を生み出す:小さな成果を出し成功体験を創り、関係者のモチベーションを高めていく。
オーバーコミュニケーションを行う:シンプルなメッセージに整理した上で、意図的にしつこいくらいに情報発信を行い、関係者の記憶と印象に残るようにする。
実際の取り組みにおいては、上記のような方法論を参考にしつつ、状況や文脈に応じて適切な手法を選択し、地道な草の根運動によって関係者の腹落ちや納得感を形成していくことが重要だ。
ここで、関係者から十分に理解を得られずに、施策の実行度自体が不十分になってしまうと、取り組みが有効であったのかどうかの検証も難しくなる。そのため、小さく確実に遂行していくことが重要だ。
1.5. 予測と結果の差分から学び、課題を再定義する
5つ目のステップは「結果レビュー」だ。
顧客と結果を振り返ることで、今後の取り組みに繋げていく。「当初期待していた成果は得られたのか」「成果に至るまでのプロセスは計画通りに進捗したのか」「取り組みを進める中で得られた気付きや示唆は何か」などといった観点で取り組みを評価する。また、予め設定していた定量的な評価指標の結果について、予測と実績に差があったのであれば、その差をもたらした前提認識や理解の差は何であったかを確認する。
この時、大切なのが、いきなり評価や考察に入らないことだ。まずは、用意しておいた枠組みや評価指標をもとに、事実を整理することから始める。そうしないと、バイアスがかかったあまり意味のない分析・考察になってしまいがちだ。その点も踏まえ、適切な結果レビューの進め方は、以下の図のように整理できる。
上図に記載の「1. 結果数値」「2. 施策実行度」「3. 分析・考察」について、順にそれぞれ少し補足しておきたい。
まずは「1. 結果数値」の振り返りだ。目標としている数値と、その数値を要素分解した内訳の数値を集計する。このとき、内訳数値は様々な軸で切り分けることが可能であり、一つの軸で見ても有益な示唆が得られるとは限らないから、多角的な軸で設定することが望ましい。ただし、データ取得の可否や取得コストも考慮する必要があるため、闇雲にたくさん見ればよいという訳ではないので注意が必要だ。
次に「2. 施策実行度」の評価だ。ここは、施策が「量的に十分であったか」「質的に十分であったか」という二つの観点がある。すなわち、施策の実行度が十分であったか、その中身が目的と照らして十分な内容であったかという観点だ。ここも一つの事象に対して、複数の指標で多角的に捉えることが重要だ。
そして「3. 分析・考察」だ。ここで初めて意見・議論を行っていく。事実が適切に取得・整理されていれば自ずと方向性は見えるものであるが、足りない部分を補っていく。観察された事象について、より深く掘り下げて追及していく観点と、これを俯瞰して全体の中での位置づけや意味合いを捉えなおすという観点がある。仮に、実行度が十分であったのに結果が得られていないようであれば課題や仮説自体を描きなおす必要があるし、実行度自体が著しく不十分であったならばその要因や改善可否を検討しなおす必要がある。このように、あくまでも事実を基にした議論を行っていくことが重要だ。
事実の整理について、一つ例を挙げよう。まずこの例の設定を説明する。ある企業で「離職率の改善」について相談を受けていたとする。ここで課題を整理していくと、「入社後3か月以内の離職」が多く、この要因として「仕事内容がキツイこと」が主な要因になっていたとする。そこで、対策として「想定外のキツさ」が離職に繋がっていると考え、積極的に仕事のキツさについての情報開示を行っていく取り組みを行ったとする。この時の「1. 結果数値」「2. 施策実行度」としては、以下の表のような整理が考えられる。(ただし、説明のためにシンプルな整理にしている。)
上記の表について簡単に補足する。離職率の改善について、計画は21%であったが実績は25%となり期待していた水準での成果は得られなかった。しかしながら、施策の実行度は不十分であったものの、離職率について前年の30%と比べて十分に改善効果は見られたため、施策自体は有効であったのではないかと考えられる。だから、この後は施策の実行度を高めていくためのアプローチを進めていく。といったような振り返りが考えられる。
以上のように、結果レビューを事実に基づいて適切に実施すれば、次に取るべき対策は自ずと見えてくることが多い。ここで得られた示唆に従って、次なる打ち手を実行し、成果の創出につなげていく。そして、成功実績を創出していくのだ。
ここまでの議論を整理すると、カスタマーサクセス開発活動として、最初の1社目の成功実績を生み出すプロセスは、以下図の通りである。各ステップを適切に遂行していき、成果が出るまで改善を重ねていけば、実績の創出に繋げていくことができるだろう。
2. 実績の発展
成功実績を創出することができたら、これをさらに発展させて他の企業に横展開していく。横展開を上手く浸透させていくためには、そのために必要な要素を見極めつつ、十分な成功度にまで発展させていく必要がある。そのため、この実績を発展させていくフェーズは欠かせない。
2.1. ROIと向き合う
このフェーズで一番大切なことは、顧客にとってのROI(Return on Investment、投資対効果)ときちんと向き合うことだ。前項の「結果レビュー」の中で解説をしたように、事実に基づいて定量的で客観的な現状評価を行い、顧客にとって十分なビジネスインパクトが得られているかどうか、当初解決したかった問題は解決できているかどうかと向き合う必要がある。
顧客にとってのROIが不十分であれば、この実績を他社に展開したとしてもなかなか上手く浸透していかないであろう。<前編>でも解説をしたように、キャズムを越えていくためには顧客にとってのROIが非常に重要になるからだ。だから、顧客にとっての課題・ROIと真摯に向き合い、挑み続けていくことが求められる。
2.2. 方向性を見定めて、発展させる
十分なROIが創出できたら、次にこの実績をさらに発展させていく方向性を検討する。発展の方向性は、以下の図に示すような4つの方向性が考えられる。
すなわち、結果の水準を引き上げる「高度化」と「抽象化」、プロセスを洗練させる「最適化」と「繊細化」だ。それぞれ以下で順に補足する。
まず「高度化」とは、解決しようとしている問題・課題をより高水準で解決するということだ。先ほど紹介した離職率を改善する例で言えば、離職率の改善ポイントを引き上げるということだ。
次に「抽象化」とは、解決しようとしている問題・課題のレイヤーを上げて、価値提供の範囲を拡げることだ。つまり、「■■するために、△△を解消する」という文章において、△△が解決したい課題であったとしたならば、■■というテーマに立ち返って考えるということだ。先ほどの離職率改善の例で言えば、その上位目的として例えば「人手不足の解消」「採用経費の削減」「経営人材の育成」などといったテーマが考えられる。いずれかのテーマに対して、他の課題解決にも乗り出していくということだ。
そして「最適化」とは、課題解決のプロセスにおけるムリ・ムダ・ムラをそぎ落とすということだ。成功実績を創出する際には、様々な取り組みを試行錯誤しながら仮説検証を重ねている。その過程においては、効果的であった取り組みがあれば、効果がほとんどなかったか全くなかったものも存在するであろう。そういった効果の高い取り組みは強化し、低い取り組みは切り捨てていくことで、取り組みの効率性を高めていく。先ほどの離職率改善の例で言えば、仮に募集要項の掲載情報は効果に与える影響が小さく、一方で面接時の案内は影響が大きかったとするならば、後者の改善活動に注力するということが考えられる。
最後に「繊細化」とは、成果の創出に至るまでのプロセスについて、各関係者の体験価値を向上させることだ。各関係者の境遇や心理や感情にも配慮し、必要なフォローやおもてなしを行う。従来にはなかった成果を創出するためには何らかの変化を起こす形になるが、最初の段階であらゆる影響や課題に手当をし尽くすということは難しい。だから、取り組みを実施した後に、立場の異なる各関係者からフィードバックを得た上で、本来望ましくないが無理に対応して頂いていた問題の解消や、各関係者がより気持ちよく取り組むために必要なコミュニケーションを検討する。先ほどの離職改善の例で言えば、例えば仮に全体の方針が伝わりにくかったとするならば現場で面接を担当する方々に対して、より丁寧なガイドラインを用意したり、繰り返し説明会を開催しフォローするなどの対策が考えられる。
以上のように、実績を発展させていく方向性は複数存在する。「0. ターゲット選定」で検討していた基準や、実際に顧客と成果を共創する中で得られた示唆に基づき、必要な発展を進めていくことが重要だ。
3.実績の拡大
成功実績を創出し、これを十分に発展させることができたら、いよいよこの実績を他の顧客に展開していくフェーズに移る。つまり、カスタマサクセス浸透を行っていく。
カスタマーサクセス浸透については、今回の記事の中で詳しくは触れないが、その進め方について簡単に紹介しておく。概要は以下の図に示す通り、5つのステップに分けることができる。
顧客への提案・顧客との実践を重ねながら、仮説を洗練させていき、同時に成功実績を増やしていく。こうして今後の提案の肥やしを蓄え、新たな成功実績の創出に挑戦していく。そして、事業の成長に繋げていく。
以上だ。今後、CSMのみなさんのリーダーシップを通じて、日本中でカスタマーサクセスの実績が益々溢れていくことを願ってやまない。働きがいも、経済成長も。追求していきたい。