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焦燥感【ショートショート#8】

胸には常に、焦燥感を抱えている。

やらなければならないことに追われている。
取引先の問い合わせ対応、情報提供、上司への形式上の報連相、後輩の育成、チームへの指示出し、二重の意味で言葉の通じないglobalとの交渉。
これらは全部、生きていくために必要なこと。

朝目が覚めると、今日の曜日を思い出し、酷く憂鬱になる。あと何回、この朝をやり過ごせば休日になるかを数えてしまう。そして、数えたことを後悔する。起きたら仕事をしなくてはならない。起きたくない。しかし、起きなければ仕事が積み上がっていく。残念ながら逃げ場がないことを自覚し、渋々身体を起こす。

ベッドから直でPCに向かい、画面を立ち上げる。YouTubeには理想のモーニングルーティン動画が溢れているが、僕のルーティンは一瞬だ。顔を洗うのすら面倒くさい。気づけば朝食を摂らなくなっている。このまま食欲が沸かなければ、昼食も摂らないだろう。

メールおよそ60件、チャット3件。昨日の夜遅くPCを閉じて、今までに受領した連絡の数。またタスクが溜まっている。

PCを前にタスクを整理していると、同棲している彼女が起きてくる。

「…おはよう」
「あぁ、おはよう」

彼女のおはように、PCに目を向けたまま答える。
彼女は少しため息をついて、出勤の準備を始める。


受領したメールとチャットを捌いて少し落ち着いてふと気がつく。部屋がしんとしている。彼女は既に出勤していた。
今朝は挨拶以外、何も話してない。思えば昨晩も、昨朝もほとんど言葉を交わしていないような気がする。事あるごとに話してかけてくれた彼女が、いつしか何も言葉を発さなくなった。

チャットが飛んでくる。どうやら、僕の対応に不備があったらしい。急ぎ修正に取り掛かる。苦しく辛い毎日が今日も過ぎていく。

何のために働いているのか、もう覚えていない。幸せとは何かを問うビジネス系YouTuberの言葉も、もう何も響かない。山積みの仕事に感情が支配されている。灯の見えない深海を泳いでいるような、そんな感覚だ。

同棲を始めた頃の、彼女と笑い合っていた穏やかな休日を思い出す。
もう今の僕たちにはないもの。何で変わってしまったんだろう。分かってるけど、わからない。幸せって何なのだろう。

一つ息を吐いて、PCを叩き始める。

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凡才
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