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彼女は多分、浮気をしている。【ショートショート#6】
「亜豆、お前、浮気してるだろ?」
僕は、愛する彼女の裏切りを問い詰めている。今日という今日は白黒はっきりさせてやらなくてはならない。
「またそんな自信満々に…。優太、今日は何か証拠があるの?」
彼女に焦りは見えない。TikTokの”踊ってみた動画”を眺めながら答える。しかし、今日の僕はいつもとは違う。浮気を疑えば証拠を求められることくらい、百も承知である。
「昨日、亜豆とC組の高橋が二人で歩いているのを見たって奴がいるんだよ」
そう、僕は親友の影山から情報を得ているのだ。
「その人、見間違えたんじゃないかな?私、高橋くんとそこまで仲良くないよ」
予想通りだ。物的証拠がなければ、彼女は認めたりはしない。過去の経験からも分かっているのだ。
「実は、写真もあるんだ。」
そう。今回は影山から、二人で歩いている写真を貰っている。こっそりと撮ってくれていたものを、送ってくれたのだ。
「写真?見せてみて。」
亜豆は携帯から目を離して、少し興味深そうにこちらを見る。
僕は、亜豆と高橋が腕を組んで歩いている写真を見せた。後ろ姿ではあるが、綺麗な黒髪ロングと見覚えのあるワンピースは、彼女と同定するのには十分であった。
しかし彼女は、少し怪訝そうな顔で答える。
「優太、彼女と他の女の子を見分けられないの?」
他の女の子?何を戯言を言っているのだ。髪型も服装もどう考えても彼女本人であろう。苦しい言い訳である。
「髪の長さが微妙に違うでしょ。この子は肘下まであるけど、私は肘上までしかないよ。」
そう言って髪をサラッと払ってみせる。ツヤのあるロングに一瞬見惚れてしまったが、違う違うと我に帰る。写真と見比べてみると、確かに彼女の言うように、僅かに長さが違うように見える。
「あと、ワンピースも似てるけど違うものだよ。柄が違うもん」
僕とツーショットで写っている写真を僕に見せながら言う。彼女が着ているワンピースは、確かに高橋の隣を歩く女性の着ているものと、柄が少しだけ違う。
「写真は勘違いね。他に証拠はある?」
彼女は冷や汗一つかかずに、飄々と聞いてくる。余裕綽々だ。写真の件は影山の勘違いだったようだが、他にも問い詰める要素はある。
「亜豆のTwitterを見ていて気づいたんだ。浮気相手へのメッセージが隠されていると!」
そう。僕は決定的な証拠を見つけてしまった。芸能人のゴシップを見ているときに気がついたのだ。不倫をする奴はSNSで誰にもバレないようにメッセージを残す習性がある。早速彼女のTwitterを探ってみたところ、やはり彼女も例外ではなかったというわけだ。
僕はTwitterから該当のツイートを選び出して、彼女に見せつけた。
高校2年の夏休み、せっかくなので…
橋本と田辺とスイーツ食べに来ました♪
大きすぎるパフェに大興奮。
好きな人と好きなものを食べている時が最高に幸せ
きづいたら夜になってましたw
彼女はうーん…と数秒考えた後、おー!と声を上げた。今わかったとでも言いたげである、白々しい。
「高・橋・大・好・き…、縦読みになってるね!すごい、よく見つけたね!」
僕の頭を撫でながら彼女は言う。感心しているのか、誤魔化しているのか、僕には判別ができなかった。ただ一つ、微塵も焦っているようには見えない。
彼女は少し真面目な顔になって、続けた。
「でもこういう縦読みって、浮気相手にこっそりとやるものでしょ?私、高橋くんフォローしてないしされてないよ。鍵垢だから外からも見れないし」
ハッとした。それは頭になかった。彼女のフォロワーを一通り確認してみたが、高橋と思われるアカウントは存在しない。
「そんなに嫉妬するなら、優太に向けて縦読みで呟こうか?優・太・愛・し・て・る・♡、って」
彼女はどこか嬉しそうに、ニヤニヤしながら僕に言う。浮気をしている人間の余裕ではない。今回も、僕の思い過ごしだったのだろうか。
でも、どうしても、彼女が浮気しているような気がするのだ。時たま、浮気を疑わせる仕草が垣間見える。影山のように、彼女の浮気をたまたま目にした友人もいるのだ。
もし浮気をしているなら絶対に許せない。何としても決定的な証拠を掴みたい。次は彼女の何を調べれば良いのだろう…。
優太は今回も、私の浮気を探ろうと懸命に動きまわってくれた。いつものように、影山くんにLINEをする。
「今回もありがと!またよろしくね」
程なくして、影山くんから返信があった。
「別にいいよ。何がしたいのかさっぱり分からんが」
女友達を紹介してあげたよしみで、影山くんは簡単なことであればお願いを聞いてくれる。私が浮気しているように”見せかける”よう、優太を上手く誘導することも含めて。
浮気をするのは最低。でも、浮気を疑われると、愛されてるなと感じる。一生懸命に私のことを考えてくれていると実感できる。
高橋くんの彼女さんとは、今度一緒にお洋服を買いに行く予定だ。そこでまた柄違いの服を買おう。優太と一緒に見ていた芸能人の不倫ニュースで思いついたTwitterの縦読みも、今度はもう少し分かりにくくしてみようかな。
さて。次はどんな風に、私の浮気を疑ってくれるのだろう。
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