新しい食器
一人暮らしを、したことがなかったんだな。
夕飯のポトフを食べながらそのことに気がついてハッとした。
18歳で実家を出てから15年。その間に10回ほど引っ越したり結婚したり子供ができたり離婚したり、色々あったけれど、その間ずっと愛犬のロクがいた。昨年の初めに息を引き取ったロク。黒い鼻と、小さい頃は黒かったけどだんだん白毛になっていった顔、白い首元に柴の茶。耳はカクンと折れ曲がって、後ろから歩き姿を見ると楽しそうに踊っていた。洋種と柴が混ざっていて、スマートな柴、顔はなんとなく洋犬。
抜け毛がすごくて掃除が大変だったし、旅行もそんなにはいけない。疲れている時は憎たらしく思うこともあったけど、一緒にいることができて本当に幸せだった。心から信頼し合えること、目を見つめ合うとたくさんのことをわかりあうことができること。朝の散歩の気持ちよさ。沢山の美しいものをロクといることで感じることができた。
落ち着いているときの彼の顔は安心と叡智に満ち溢れていた。
ロクを思い出すと、美しい川面のきらめきを眺めているような、清浄な水で身体が満たされていくような気持ちになる。
ここ一年、時折一人でいる時間に慣れない感じがするのはなぜだろう。
料理が楽しいと思えないんだろう。寝るときに苦しくなるのは何故だろう。
暮らしに大きな穴があるように感じるのは何故だろう。と考えていたけれど、それはロクがいなくなってしまったからだ。
最近1人用の、直火が使えるスープボールを買った。
水を入れて、少しの野菜と手羽元とニンニクを入れて、気分によってローズマリーやクミンを入れて。
手軽で美味しくて、美しい。荒みがちな一人暮らしを魔法のように創造的な時間に変えてくれる、調理器具は素晴らしい。
ロクが息を引き取って1年とちょっと経って、暮らしぶりが変わった。
今までは住めなかったペット不可の集合住宅の3階に住んで、仕事の方向性も変わり、来年度から通信の大学に行くことにもなっている。
止まっていた時が動き出した、というよりはロクのいない暮らしの形が見えはじめている。
食器ひとつで暮らしが大きく変わる。これからどんな食器を買って、どんなものを食べて、誰といて、どんな暮らしを送っていくんだろう。
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