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そのまた逆も然り。
僕の住む県で新型ウイルスの感染者が報告されてから、親から連絡が来る頻度が相当増えた。
元々頻繁に連絡を交わしていた訳でもないので、少し億劫に感じる僕がいる。
同じ県内とは言え、子どもの近くで感染者が出たとなれば、心配になるのは当然だろう。
親の気持ちがわからないではない息子だという自負が、一応はある。
そんな親から突然
「明日、陣中見舞いに行きます」
と連絡があった。
残念ながら、僕のいる県での感染者数は少ないながらも未だ増加傾向にある。
だから「陣中見舞い」という表現は非常に的を射ていると思う。
本来の予定では、僕はGWに帰省することになっていた。
地元での予定があったことが最も大きな理由だったが、それもなくなった。
そのため、今回の帰省は不要不急になると思い、取り止めたのだ。
親からその連絡が来た時、僕は僕の意図が伝わっていなかったのだと思い、なんだかやるせない気分になった。
それに「陣中」だと思うのであれば、来ないことが一番の見舞いだと僕は思う。
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僕は親の前では “いい子ちゃん” なので、親の親切心を無視できない。
こんな状況なのだから来ないでくれと言えないのだ。
さらに言うと、僕はストレスが溜まっている時ほど人に会いたくなくなる。
そして、申し訳ないことにその代表が親なのである。
理由は至極単純で “いい子ちゃん” として振る舞うためにかなり気を遣うからだ。
僕の親は、僕が煙草を吸っていることも知らないし、彼女がいるかいないかも知らない。
僕は親の前では、そういう僕を演じなければならないのだ。
大人になってから親と喧嘩すると死ぬときまで会えなくなるという俗説を耳にしたことがあるが、それはさすがに嫌だ。
それもあって、僕はいつまでも “いい子ちゃん” でいる必要がある。
「親の心、子知らず。」という言葉があるが、僕はそれに「そのまた逆も然り。」と付け足したい。
そんな思いを抱えながら、煙草を片手に風を浴びる春の夜。