蟋蟀と待ちあわせたのはポストだった。【新潮新人賞応募作】
蟋蟀と待ちあわせたのはポストだった。銀杏アベニューのカッフェで俺に渡されたのは鳩の封蝋の押された手紙、代理人はやたらと上機嫌で、カンカン帽の角度をこまめにいじくりながら、たくわえた口髭をこゆびでしならせた。かんたんなことです。あいつはいつもそういう。ただ、待つだけ。そう、いつものようにあなたは待つだけ。能なしのあなたにはぴったりだ。いつもながら俺をさげすむのも忘れずに。ぴんとはじかれた銅貨、俺はダイヤルをまわした。黒電話はときどきしかあらわれない。十とひとつの交叉点のまんなか、赤い薔薇のうつろう茂みで、俺はとげにやられながら受話器をとった。もしも、おとうとさんはいかがおすごしですか? うさぎの帽子をかぶった、あなたの、おとうとさんは。生き別れになってから、ずっと探してらっしゃるんでしょう? どうして待ちあわせてしまったか、どうして手をはなしてしまったか、あなたはそればっかり気に病んで――くそっ、舌打ちとともに奥歯にはさまったガムを吐き捨てる。渡されたのはたったの三枚きり、俺はもいちどダイヤルを、文字盤は消えていた。たちまちのうちに俺は地に伏せた。頬骨をえぐるマンホール、ぱっぽぅ、つきぬける鳩の、にょろりとほじくられた俺の左眼が、プラタナスの街路樹がいっせいにさざめいた。ちらと俺をかえりみた目ん玉はあざけるよう転がりだす。なんてやつだ、俺は俺になんらの赦しを与えていないというのに、だのに俺のあいつは、俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺をほっぽって、曲がりくねったストリートに身投げした。ちくしょうっ、十とひとつのうち、よりにもよって選んだのは急勾配のくだり坂、馬車に曳かれた霊柩車のひしめきあう、ひづめはぽくぽく鳴らされる、一投のいななきをくろがねが与えきったなら。赤い薔薇を胸にほどこした葬列が、かざした手燭には赤い蝋涙がたれていた。どけっ、そろいもそろって喪をまとう、みんなして目出し帽をかぶっていた。やめろっ、ふむな、ふむんじゃないっ、血塗られたピンヒール、底のすり減った革靴、すすけたスニーカー、俺のあれはかかとをすりぬけ遠のいてゆく。青虫のよう俺は、いや、蚯蚓になって俺は、まてっ、べつに、べつに、左眼がなくったって。たいして変わりゃしない、ああ、でも、なにかをなくしたやつからみんないなくなった。最初に消えたのはウェンズデイだった。煙草の吸殻だけをホームのベンチに残して。あいつはまゆげがなくなったと、次に消えたのはサンデイ、あいつはまつげがなくなったと、マンデーだけが、ちょっぴり悲しそうに。歯が、ぜんぶぬけちまった。ごっそりはがれた赤い爪、サタデイだけが毅然と、彼女の指はあかんぼのようすべすべに、ほっときゃいいのさ。ないないっておおさわぎするから、あいつら調子にのりやがるんだ。代理人だけは上機嫌に、会うたびに帽子を変えて、でもあいつはシルクハットだけはだめだと、あれは特別なものだから。俺だけが、いつも待ちあわせて、もし、もし。損をかぶるのはいつも俺だけ、ねえ、あなた。耳たぶの食まれたような、ビビッドピンクの目出し帽、ひとみの縁をかがるオレンジのステッチは陽にきらめいていた。これ、あなたのなんじゃないかしら? そいつはおっぱいの谷間にはさまった白百合をぬちゃりとひきぬいた。茎にはしみでたしずくがいくつも粒になって、女は俺の鼻っつらにふうと息を吹きかけた。やっぱり、あなたのなんだわ。厚塗りの紅が俺へとささやきかける。ねえ。媚びた仕草で俺の喉笛をひっかいて。俺へと押しつける、からまった指からはほんの少しつんとした、すっぱさのまさった、ふたつの乳輪は漆黒のワンピースごし、濡れていた。はやく、つかってやって。こいつは、どうしてどうして、いつだって俺は自瀆する、そう、いまこのときだって、地にすれた俺のペニスはとうに芯をもち、のたうつたびにあまやかなしびれを俺に、俺へと、ああ、AahAh、ほんのいっときまたたいたうちに。俺の目玉は消えていた。ちくしょうっ、ふいと俺はつまみあげられた。まだらになった黄色いくちばし、アルタイルは俺に、俺へと、俺のへそにあしゆび食いこませ、俺へとささやいた。おまえのとりえはどうした? 代理人のそれとはちがうやさしさで。アルタイルはこうもいう。まちあわせたのはおまえだろう? 俺のかかとはそらにぶらさがる、へそからつたった俺の血は、くるぶしからつちふまずでわだかまる。俺は右眼からしぶきをあふれさす、俺のくちびるはかさかさに、中空でぶつかった羽虫はメビウスを描いた。俺からしたたった血は子午線を描いた。俺の一滴は、爪をつきぬけ、噴水広場でフルートを吹く老爺のひたいに落ちた。ビオラでかたどられた花時計はちょうど十二時をさしていた。銃撃のこだまする、ハイジャックされた飛行機とすれちがう。麦畑で奏でられるヴァイオリン、スウィングする老爺のかたわらで。ポアントをきめる鳩、チュチュは枯れ葉でできていた。コロシアムでは腹をふくらませた女がはだしで駆けまわる。びよんとはだけた乳房、つきでたへそに血のういたうすっ皮、産みづきにはいったか、二の腕にはうさぎの焼印が押されていた。たるんだ臀部を追っかけまわすは雄牛の、うねりをみなぎらせたそれは、あの夜の月のような、俺たちの棄てられたみずうみ、バスケットには黴びたパンと、むかれて欠けたひとつきりのあめ玉、おやゆびを吸いながら。おとうとだけがわらっていた。んああああああああんぎゃああああああ後ろ影から心の臓をひと突きに、陽を浴びた指の端はひらひらと、雄牛のひたいにのけぞって、乳房の粒からみりみり裂けだす、真夜に吹いた風の、かげりをたたえた夜の森、ふくろうの息吹になでられたつむじが飛びだした。かけられたブリッジはレインボー、ひくつく喉笛は天頂に深くFUCKしていた。ふぎゃああああああああ旋回するアルタイル、三時のほう、灯台が浮いていた。海鳥はいただきを埋め尽くすほど群れていた。俺はいつも風見鶏を見ていた。磔になった時計台のてっぺん、赤い旗があがったなら。セントラルパークのくずかごから這いでる俺、ひたいに落ちた葉っぱを払ったなら。みずうみのゆらぐボートにはひとつきりのシルクハット、とびでた鳩のくちばしに俺はくちづける、アルタイルから羽根が散った。けずられてゆく俺のあご、くちびるはひどくとがっていた、喉笛つまらせた俺は鼻の孔から胃液をぶちまけた。あごをつたったそれは、ステンドグラスの天窓から俺とともに落下した。尻をしたたかにうった俺にライブラリアンはひとさし指をたて、おしずかに、銀縁の眼鏡で俺に告げた。俺のぶちやぶったはずの硝子は二十四の骨組みを整然とたたえていた。さざなみのような一瞥、ベネチアンマスクは俺にふれきるまえに。開きっぱなしの書に目をもどした。そいつらみんな、両の眼がそろっていた。書架にたれた金色のヴェールは、十字に吊られた髑髏の骨盤に巻かれた名残の、敷石にはてのひらひとつぶんほどの間合いで、蝋涙のこびりついた蝋燭の灯る、赤い羽根がブルズアイを射貫いたなら。鐘の響きわたる、短く三回、ゆったり三回、もいちど三回、気取ったマスクどもはすかさず立ちあがる、ぎゅうぎゅうにつまった、閉ざされた書架のはざまに、てずから絞めきった死骸のよう横たえる、あなた。見られた気がした。遠くの書架、Tからはじまる棚番の、見覚えのある乳房をしていた。黒いレースでかがられたマスクは蝶の、女は俺にうなずいてみせた。ああわかっていると俺はウインクして気づいた。左眼を失った俺にとってそれはたんなるまたたき、それでも女はバックレスドレスをひるがえす、ときおり女はちらと俺にふりむいて、百合の香が、そのたび俺はウインクして、螺旋の階段をもったいつけながら地下へ地下に地下へと進んでゆく。最後の一段、降りきるときのピンヒール、アキレスのかかとはくっきり俺を招いていた。ただいまから禁書会議をはじめます。宣したのは円卓の中央でとびはねる俺の左眼、ご静粛に、ご静粛に。野次なぞとんじゃいないのにあいつは。お手元の目録をご覧ください。黒頭巾をかぶった六つの陰が、のそりとドラゴンのうねる表紙を手に取った。金の翼をたたえるドラゴン、ねじに巻かれたような後ろ影、くえっくぇっと二度、肩をいからせる頭巾、昂ぶったときのフライデイの、派手なしゃっくりがな、とまらなくなるのさ。陰は六つあった。異議はございませんか? 目玉のくせしてメロディきざみながら。ございませんね? 六つの陰はそれぞれのしぐさでうなずいてみせた。せわしなくぶるぶると、水面のようゆらゆらと、キツツキのようがくがくと、俺はそのぜんぶを知っていた、そうでしょうそうでしょう。異議はございませんね! まるで代理人のよう決めつける、それでは全会一致ということで――角笛が地の底から響きはじめた。まて。なにが全会一致だ。おい、おまえ、目玉は赤いもやをうるませていた。俺のぽっかりあいた左眼からしずくがこぼれだす。ああうれしい、ほんとにうれしい、きょうという日を待ちわびていました。わたし、わたしは――すました声であいつは。あなたのこゆびではありませんか? 俺の肩をたたいたライブラリアンは、ひとさし指とおやゆびでだれかのこゆびをつまんでいた。うるさいっ、かかずらっていられるものか、俺のあいつは真っ赤になりながら、きょうという日をむかえるまで――あなたのこゆびではありませんか? ひややかにそれは繰り返された。ちがうといってるだろう、俺はっ、ふりはらうしぐさをした俺に。おしずかに。銀縁の眼鏡はまたしても、あなたの歩いたあとに落ちていたんです。俺の左眼にむかってこゆびをつきつける。これはあなたのですね。ぎざぎざに刈られた爪のきわにはちいさなほくろ、赤いマニキュアが塗られていた。俺のじゃない。aをエイというほどに、俺はくっきりはっきり繰り返した。いいえ。あきらめの悪いライブラリアン、かたわらでは最高潮にぶちあがる禁書会議、俺のあいつは目録にとびはねながら、ぜんぶ焚書です! 燃やして燃やして燃やしてやりましょう。俺の左眼には溶けきった蝋が赤くこびりついて、あなたが落としたんです。鼻っつらをかすめたそれは、なまぐさい臭いがした。嘘をつくのはおよしなさい。俺にめくばせしたはずの女は消えていた。六つの陰が円卓のぐるりを、かすかにただようミルクの、やめろ、俺のじゃない、嘘をつくのはおよしなさい。ひづめが鳴った。駈足をはじめた陰たち、黒頭巾はいつしか栗毛のたてがみに、俺の、俺の左眼だけはそのままに、みんな馬になっていた。目玉は身をしならせ濁った液をしたたらせ、たてがみにとびのった。ひゃっほう、はずむたびに鈎でひっかいたような亀裂が天に地に、おい、やめろ、もし、もしもあいつがやぶけてしまったら。俺は予兆にわなないた。おいっ、おとなしくしろ、円卓を駆けまわる馬たち、曲芸師のようあいつは次から次へとまたがる先を変え高笑いとともに地下のいただきに君臨する、おいっ、話はまだおわっていません。冷厳に告げるライブラリアン、どうしてあなたは嘘をつくのですか? あなたから落ちたのを見た者がいるんです。こゆびを落とすだなんてどうかしています。ライブラリアンは俺の肩ぐちにおやゆびの爪を食いこませた。どうしてうけとらないのですか、銀縁の眼鏡は遠くみずうみをのぞいていた。ほとりに敷かれたブルーベル、風の鳴るたび釣鐘のゆれる、代理人のはねあがった口髭はすましたブルーベルの、青のむらがる森で鳴きさけぶカッコウ、おとうとのくすり指は生まれつき欠けていた、だからあいつはいつも俺をにぎるときは親指とひとさし指と中指で、あなたがいつまでもうけとらないのなら。ライブラリアンはくちづけるよう俺の左手をとった。こうしてあげましょう。くすり指とこゆびの間に、赤いマニキュアの塗られたこゆびをくっつける、ほら、これでもう大丈夫、これならもう落とさないでしょう。ちぎって、おとうとさんに渡してあげることもできます。おとうとさんはいかがおすごしですか? うさぎの帽子をかぶった、あなたの、おとうとさんは。敷石のひび割れる、ひづめが蹴散らしたのだと、巻きおこった土煙は、しだれた尻尾から竜巻に、メビウスになった鳩の舞いこむ、かかとを鳴らして。俺にささやいたのは。黒のレースが俺の左眼をなぶった。できないの? 肥沃なくちびるの誘いかけるのだと、銀縁の眼鏡は渦に巻かれてこなごなに、ため息ついた女は乳房をほんのり支えるだけであったドレスの胸元をてずから引き裂いた。こぼれた乳房にはゆがんだパール、しとりと蜜をたらして、おのみなさい。あばらにはうさぎの焼印が、いくじがないのね。かき寄せられたうなじ、膝をついた俺は鼻の孔をふさぐふくよかで息をつまらせるそれを俺いっぱいに食んだ。あっ、かじった乳首のきわは、いまにもほどけそうで、ブルーベルの茎よりもやわらかで、すすった血をにじませた。俺を叱りつけるでもなく女は、歯ぎしりする俺におっぱいをさしだして、乳首が、とれちゃうじゃない。俺のつむじをひとさし指でくるくるなぞりはじめた。ああっ、蝶のマスクはひらひらと、羽ばたかせる翅は、いつだか俺のうずめた果樹の、俺をまねいた膝こぞうとひとしい波長で、俺の、尻の孔はむずむずと、はらわたからよられた毛が数本、アナルからひっそり生えだした。俺のペニスのふくれあがる、ガスでぱんぱんのバルーンみたく、尻は毛むくじゃらに、アキレスのかかとにしずくのつたう、朝露をたたえたブルーベルのようもったいつけて、女は俺ののどをかき鳴らした。おいき。ちぎれかけた乳首には俺のよだれがべっとりついていた。肉球から地響きのつたう、敷石の隆起する、おひらきになった禁書会議、円卓から羽ばたく影が、尻の孔の丸まる、ねじきられた臓腑、図書館はくずれようとしていた。ばかね。葡萄の房のよう乳房をたらし、女はひょいと俺をつまみあげた。いいから、いって。ピンヒールで石壁をけやぶって、拍子に真鍮の燭台から蝋燭が、きゃうんっ、女の右眼にほむらが落ちた。ふりかえらないで。とがったつま先が俺をぶった雨粒みたく。おいきなさい。穴ぐらのあなたに、鼻っつらはぬかるみをさらう、蚯蚓のふざけたあと、肉球にはいまわるうぶ毛の、地はちぢこまりのびあがり、うずくまる髑髏に線虫のすりぬける、燃された灰のかけらが、夜にほとりを照らした星くずの、俺をにぎったおとうとの、俺はあいつにほんのり肘を浮かせて、あいつの指にはいつもよだれがたれていて、しおれたうさぎの帽子、すきっぱをすりぬける風にのせて、マム、マァーム、あいつの呼ぶたびにブルーベルはうなずいて、幾度もめぐった俺たちのみずうみ、ひとつきりの太陽に、夜にのぞく三つの月、そのどれもがいびつに欠けていた。俺たちはそのひとつをヒキガエルと呼んだ。肉球を沈めたぬかるみは、砂糖味の石段、耳に生えた毛が風を受けた。月に照らされなめた小石は冷えきったミルクの、ハイ、俺にウインクしたやつは栗毛の金髪、きざはしはふたつの螺旋を描いていた。まじりあわないカーブの向こうでそいつは俺にほほえみかけた。まだらに散ったそばかすはみずうみに浮かんだ月の、鏡をみるのは、ひさしぶり? くちびるにつきそうな前髪をしていた、つきでた鷲鼻のさきっちょには疣のようなほくろ、いくらけずりとってもあとからあとから生えてくる、細いうぶ毛の一本までもが生えてきて、ナイフでそぎ落としたのは俺の肉、ゆがんだ鼻の孔はぴくぴくと、俺はいつも薄くくちびるをあけ、下くちびるを震わせながら息をした。君はいつまでも。栗毛は頬にかかっていた。そばかすが消えないね。のばしてはピンセットのようとがらせた爪で薄皮をむいた。めくるたびにうっすらただれた膚がかさついた膚にうるおいを、みずうみが俺に手はずをもたらす、ちぎれかけたそばかすは。だんだんと手をつないで、じゅくじゅくはいまわるそばかす、真っ赤な海に燃されている。ダイブする俺、火に巻かれてゆく俺、ヘイ、ボーイ。俺に声をかけたのはほとりにいた釣りびと、毛むくじゃらの髭をしていた。すきっぱのおとうとと、歯ならびのよかった俺のくちびるをみくらべたそいつは。銅貨をちらつかせながら俺の指を革のベルトにひっぱった。腹をすかせた俺には脂ののったヒキガエル、ブルーベルの茂みに尻をつけたそいつは栗毛をかきむしる、後ろ影に鳩の羽ばたいたのだと、糞がへそに落ちた。月からしたたったしずくはブルーベルのつぼみを鳴らした。俺の左眼に浴びせかける、ひとつ、ふたつ、みっつでまたたくポラリスの、俺へと落ちてくるポラリス、俺をおしのけたポラリスの。月が俺の左眼をかすめた。風は消えていた。粉雪降らすベルにならって。錆びたボディの機関車がゆくのだと、あえぎもらす星のそばで。扉をたむけるのだと、雨の濡れた日、茂みをたたいた雨粒の。星も鳴いていた。ひとさし指ではじいたなら。雨の濡れた日、木陰をたたいた雨粒の。おとうとは歌をうたった。あわせてくちぶえ鳴らす俺、森に響きわたるaのメロディ、俺があいつの手をはなしたのは。銀のつぶてが俺を撃ちぬいた。あなたにゆくそらの、俺へと羽ばたいたアルタイル、ぬけた羽根が闇に溶ける、指の腹にふれたポラリスはしろく輝いていた。水面をさらう鳩のしぶき、つたう波紋は幾重にも輪をつないだ。脈打つひかりの、ドップラーするAの長音、二の腕にはうさぎの焼印、裂けた胎からねじれた螺旋にむすばれながら。cry,cry,cry baby,あなたに消えた星に照らされる、ベガはうぶ声をあげた。肌にはみっしり生えたうぶ毛、放射されるスペクトル、星の、のびちぢむ、呼ばれたような気がした。とびこんだ先はcry baby,赤い珠につかまったなら。そらはゆらいでいた。なんにもないところから。ナイフのよう切りつけては消える、くすり指には幾重にもひかりが刺さっていた。さけんだのは俺の、bowwow,くそったれが、俺はただの犬っころ、肉球でかすめたうぶ声、俺はくすり指とともに落下した。子午線をゆく飛行機からくすぶった煙がでていた。そろそろ墜ちるだろう、俺はひややかに見積もる。乗客全員の命か、落下する街ぜんぶの市民か、テロルにおびえながら。俺にもつきつけられたのだ。さいしょに渡されたのは錆びた鍵だった。しばらくここで、連絡をお待ちください。シルクハットをかぶった代理人は銀杏アベニューのカッフェでそういった。あいつはホットココア、俺は虫歯が痛むので気つけがわりに氷を噛み砕いていた。かんたんなことです。あいつはいつもそういう。ただ、待つだけ。あなたにできるのは、待つだけ。たくわえたもっともらしい口髭、見せびらかした黄色い歯にチョコレートをつけながら。なんですか、あなたは。ゴッデスはきやしませんよ。あなたには、鳩の糞がシルクハットに落ちた。ああっ? 半狂乱になった男はカップでてずから頭をかち割った。俺には鍵だけが残された。つるのようはねあがった鍵には、八桁の数字が刻印されていた。一三〇六一四四五、俺は信号待ちの間もとなえ続けた。アパートメントの四〇四には一脚の椅子、置かれた双眼鏡で俺は磔にふさわしい十字のはしる窓をのぞきこんだ。蓑虫のようためらう蜘蛛の死骸、ずりさがったブラジャーに膝まで落ちたパンティ、ひざまずいた女は野郎のペニスをなめていた。革張りのソファに後ろ影を預けきった男はうっとりほつれた赤毛をくしけずる。あなたの、どう? ささやく女のくちびるはにじみでたザーメンでぬるぬると、赤いマニキュアのところどころはげた指の、うっすら生えた毛さえもがくっきりと、べろはちぢれた陰毛をよりわけながら、たるみきった、黒と茶のほくろのしみついた脇腹にこそりと爪をたてる、俺の俺の俺のための術は、いつだって利き手ではないほう、そうだから俺は俺の右の手で、少しくらいなめらかでないほうがそれらしい、俺は膝立ちになり窓のへりで首くくる、女は亀頭に食らいつく、俺は俺の皮をしごきはじめた。たれきった尻を振る女のタイトスカートはむっちりした腿でぱんぱんに、パンティからは薄い蜘蛛の糸が幾重にも曳かれて、野郎のあえぎがアパートメント四〇四にこだまする、すすりきった女はスカートをてずから切り裂いた。押し倒されたおちんちんのうらっかわ、ふやけきった尻が俺の目ん玉に、ブラジャーをかなぐり捨て、うすらかな腋の毛を太陽に見せびらかしながら、ぬっちゃんぬっちゃんと腰くねらせる女、吹きすさぶ風にねじれた蜘蛛の死骸、俺の精はアパートメントのすすけた壁にぶちまけられた。のどのかわいた俺は、コーヒーを淹れるため立ち上がった。キッチンのシンクにはペンの刺さった鶏が血をぬかれながらも俺にほほえみかけた。ごきげんよう。真っ赤になびいたトサカ、くちばしの肉だれはさっきの濡れ濡れのおまんこのよう紅くただれていた。うるせえ、このチキン野郎。湯を沸かすためのヤカン、薬缶はないかと俺はとびらをどったんばったん、鞭打つピストン、ぬききったあとのいつものあれ、俺の珠はあてどころのないしなびた鬼灯、俺のちんぽこはへたっていた。ヤカンなら釣り戸棚にありますよ。毅然ともの申す鶏、ただし、これをぬいてくだすったなら。カラスの羽根でできたペンはふかぶか、砂肝のあたりを貫いていた。かんたんでしょう? ちょいとひきぬくだけ。あなただってもうたまらないはずだ。俺はキッチンの引き出し、スプーンのかたわらに添えられた便せんを手にしていた。あなたはペンをひきぬく、そうしてそれで書きなぐる、これでようやくおあいこだ。鶏の持ちかけた取り引きだった。ペンのインクは鶏の血、鶏はあっけなく死んでいった。血を受けるため探し求めたコーヒーカップはじゃがいもとともに床下収納に、脇にあった斧で鶏の首を切り落とす。血しぶきに虹がかかる、カップに吸われてゆく俺、カップの底、石だたみを降りきった先には、黒電話が一台、コケコッコとベルが鳴る。俺は受話器をとった。もしも、おまえのマムは気狂いだ。気狂いのおまえのマムは、ぷつっと切られた電話、俺は猫脚のバスタブにつったって、ドアにさしっぱなしの鍵は、とうにぬかれていた。ノブはかちっとかすれた金属音をつたえる。ひとふさがりの鍵穴、しばらくここで、連絡をお待ちください。代理人はそういった。俺のあしもとには粉々になったコーヒーカップ、もう二度とベルは鳴らないのではないか? 壁に沈みこんだクローゼット、真鍮の取っ手を引いた。大便器に腰かける老婆、タイルは糞尿にまみれていた。くそっ、とびらを叩きつける。窓ははめ殺しだった。俺が近寄ったとたん、鳩がくちばしをつきつける、ぶちあたった鳩は臓腑をぶちまけ落下した。ノックが鳴った。けたたましく三回、ついで三回、けたたましく三回、俺が駆け寄ろうとしたとたん、たっぷり二度、それは繰り返された。だ……めです、ここはもうだめです。あなただけでも、ふいと声は途切れた。ふれようとしたノブは真っ赤に焼けただれていた。俺には、鶏の血と、カラスの羽根でできたペンが残された。便せんは俺の精のかたわらに散っていた。俺にはメッセンジャーがいた。月のない夜、時計台の風見鶏がとまったら旗をあげる。俺はずうっとそうやってきた。まだるっこい手続きも契約も交わさない、旗があがったら俺はアベニューのカッフェにいく、代理人はいつもちがった帽子をかぶっていた。山高帽やハンチングにカンカン帽、目出し帽もあった。あいつはもう死んでしまった。俺もあいつもたいして変わりはない。俺は羽根ペンを鶏のよう肝につきさした。鳩の鳴いた朝だった。目覚めた俺は地下にいた。ベルトコンベアに踊る郵便物、ねずみは黒いエプロンをつけせっせと仕分けている。赤い封蝋には鳩がかたどられていた。それは俺にあてたものではないか? パジャマで俺は這いだした。左眼は欠けていた。くすり指とこゆびの間に、赤いマニキュアの塗られたこゆびがくっついていた。だれの指かわからないそれは、俺には満ちている気がした。小高い丘のよう盛りあがったセンターテーブルでは灰色のうさぎが後ろ影を見せつける。なめし革のエプロンは血に染まっていた。工場長、小脇で呼びかけたのは俺の目ん玉、おつぎはこちらをお願いします。うやうやしくとびはねるあいつには赤いもやがみっしりと、目玉は血珠に、赤く染まりきっていた。工場長の長い耳がぴくりとゆれる。俺は真後ろからのぞきこんだ。ラビットフットでそそり立つうさぎ、前足にメスをたずさえながら。きしきし薄皮を切りつける、かまいませんよ、ごゆっくりご覧になっていただいて。めくばせ交わす俺たち、木の根のはじけたような、目玉の朱はますます深くなっていた。メスを振るううさぎ、紙の束のひかれてゆく、こま切れにされた紙からはみでたaの、ふっとため息ついたうさぎは、エプロンの前ポケットからシルバーのピンセットを取りだした。えぐれた患部をよりわける、ほの暗い洋燈にきらめいたのは白い小石、つまみあげられたのはtの小文字、No,酒に嗄れきった、かすかすの声でうさぎは告げた。yes,ベルトコンベアが、黒いエプロンが、ねずみの前歯がさざめいた。Yes,嵐に巻かれたブルーベル、つぼみはいっせいにしずく散らすのだと、yes,俺のつむじにのっかった俺の目玉はアルトの調べで高らかに、Yes,鳩の封蝋が羽ばたいた。No,tは後ろ手に投げられた。No,工場長はつぎからつぎへと文字を取りだす、a,b,c,d,e,f,g,きらきら星の歌われる、しなるピンセットの、駆けぬけるうさぎの、体毛はそよいでいた。Yes,封蝋のあわいに忍びこむ文字の、No,No,No,工場長だけがいらだって、Yes,ベルトコンベアではねる封筒の、エプロンひるがえし踊りだすねずみの、俺の左眼は指揮をとっていた。ピストンするQ、はじけるx,文字はばらばらに、工場長は鉗子で紙をつまむ、切り取られてゆくaの、シルバーの縫い針が、ぶつぎりにされたaは、羊皮紙に縫われだす、だれかのつづったはずの、eは。ベルトコンベアから転げ落ちて。D,e,a,r,さえも、俺のしるしたd,e,a,r,さえも、うさぎの野郎にひっぺがされて。鶏の持ちかけた取り引きだった。ペンのインクは鶏の血、便せんに書きなぐる俺、そう、そうだ俺は蟋蟀とポストで待ちあわせた、やめろ、やめろっ、しぶきあげるz,メスを棄てたうさぎは縫い針でちくちくと、つぶらな星くずの明滅する、俺たちの手紙は切りきざまれていた。蟋蟀と待ちあわせたのはポストだった。蟋蟀と待ちあわせたのは銀杏アベニューのカッフェで俺に渡されたのは鳩の封蝋の押された手紙、代理人はやたらと上機嫌で、カンカン帽の角度をこまめにいじくりながら、かんたんなことです。あいつはいつもそういう。ただ、待つだけ。そう、いつものようにあなたは。蟋蟀と待ちあわせたのはポストだった。ぴんとはじかれた銅貨、俺はダイヤルをまわした。黒電話はときどきしかあらわれない。蟋蟀と待ちあわせたのは俺はとげにやられながら受話器をとった。もしも、おとうとさんはいかがおすごしですか? うさぎの帽子をかぶった、あなたの、おとうとさんは。生き別れになってから、ずっと探してらっしゃるんでしょう? どうして待ちあわせてしまったか、どうして手をはなしてしまったか――蟋蟀と待ちあわせたのはポストだった。子午線をゆく飛行機からくすぶった煙がでていた。鳩の鳴いた朝だった。蟋蟀と待ちあわせたのは、ベルトコンベアにのせられてゆく郵便物、ねずみは黒いエプロンをつけせっせと仕分けている。赤い封蝋には鳩がかたどられていた。それは俺にあてたものではないか? 蟋蟀と待ちあわせたのは赤い封蝋には鳩がかたどられていた。それは俺にあてたものではないか? 俺の左眼は生まれつき欠けていた。くすり指とこゆびの間の、だれの指かわからないそれは、蟋蟀と待ちあわせたのは、cry,cry,cry baby,一三〇六一四四五、ポストが開けられるまえに、集荷されたらもう俺にはもどらない、もったいつけたブルーベル、カンカン帽をかぶった代理人、シルクハットをかぶった代理人、雨の濡れた日、茂みをたたいた雨粒の。蟋蟀と待ちあわせたのは、蟋蟀と待ちあわせたのは雨の濡れた日、木陰をたたいた雨粒の。おとうとは歌をうたった。あわせてくちぶえ鳴らす俺、森に響きわたるaのメロディ、蟋蟀と待ちあわせたのは、黒電話はもう俺にはあらわれない、みずうみのほとりでめくばせした俺とあいつ、欠けてばかりの俺たち、No,工場長に俺はうたう、あなたにできるのは待つだけ、No,俺は蟋蟀と待ちあわせた。うさぎの野郎をぶち殺す、俺の手には羽根ペンがにぎられていた。
蟋蟀と待ちあわせたのは。
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