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蟋蟀と待ちあわせたのはポストだった。【新潮新人賞応募作】

 蟋蟀と待ちあわせたのはポストだった。銀杏アベニューのカッフェで俺に渡されたのは鳩の封蝋の押された手紙、代理人はやたらと上機嫌で、カンカン帽の角度をこまめにいじくりながら、たくわえた口髭をこゆびでしならせた。かんたんなことです。あいつはいつもそういう。ただ、待つだけ。そう、いつものようにあなたは待つだけ。能なしのあなたにはぴったりだ。いつもながら俺をさげすむのも忘れずに。ぴんとはじかれた銅貨、俺はダイヤルをまわした。黒電話はときどきしかあらわれない。十とひとつの交叉点のまんな

    • もしも、鳩が鳴いたなら。【第57回北日本文学賞3次選考通過作】

       いつのまにかこんなところまできていた。わたしがたたずむのは白いたてじまで結ばれた横断歩道、ぱっぽぅ、ぱっぽぅ、のんびり鳩が鳴いている。信号待ちの交差点、吹きでるメロディに背を押されのろのろ進む。  向こう岸には祈りを捧げるよう、黒い日傘がふたつ並んでいた。だれ? 風にはためかない、身にきっちりついたワンピース。そう、たしか、お葬式のときに見たのだ。横目で知られぬように会釈しながら。もしかしたら、遠い知りあいかもしれない、わたしは通りすぎてゆく。  陽射しはわたしをこげつかせ