団地の遊び 学級委員の先輩と蕎麦

学級委員の先輩と蕎麦

 女学級委員山岡は、都内でもトップの私立中学に入学した。この女は、すさまじい方向音痴で、団地からは一人では出られないと言われる程で、そんな奴が、電車通学を始めた。
 同じ駅を利用する目黒ゆかり(仮名)先輩と知り合いになった。同じ駅とはいえ、方角が全く逆で、小学校も違った。
 ひょんなことから、自分たちも、知り合いになった。二才年上の女は、ものすごく大人に見えた。学校の先生ぐらいの感じであった。
 自分たちの住む団地は、駅の南口である。目黒先輩の住まいは北口であった。
 北口の方が、圧倒的に栄えていた。要するにたくさん店があった。よって、駅に買物行くときは、北口に行くということだった。
 すると、目黒先輩と本屋で偶然会ったりする。自分は体が小さかった。それに較べ、二才年上の先輩は、あきらかにデカかった。多分、百七十センチはあった。そして、妙に大人っぽかった。
 そもそも、まだ小学生気分が全然抜けてない頃の自分であった。
 そんな姐さんと、中一の小さなバカなガキが、会うとどうなるか、べつにどうもならないが、なんかオタオタした。
 アンタが山岡の彼氏っての、見てわかったよ、そう先輩から言われた時は驚いた。まず、言ってる意味がわからない。カレシ?おそらく人生で初めてカレシという言葉を聞いたのは、この時である。カレシってなんだ?
 その後、もちろん意味はわかったのだが、それでもやはり驚いた。山岡と、付き合ってるという意識はまったくなかった。しかし、世間では、そう思われていたということには、さらに驚いたーーーまっいいけど。
 ある日、駅北口を歩いていた。立ち食い蕎麦屋の前を通る。すると、なんと、山岡と目黒先輩がいた。二人も気づいた。都内トップの女子中学生が、学校帰り立ち蕎麦を食っている。山岡が手を振るので、中に入ると、なんとスタミナ蕎麦を食べていた。卵と天麩羅の一番高いやつである。
 こんな高いモノ、人生で食べたことはない。確か二百四十円した。ここの立ち食い蕎麦屋で、一番高いやつのはずである。
 ときおり食べるかけそばは百二十円。なんと倍ではないか。
 ーーーカレシ、あんたも食べる?おごってやるよ。自分より全然背の高い百七十センチの目黒先輩が、文字通りの上から目線で言ってきた。この時の先輩の大きさは、蕎麦をおごってくれるという言葉により、百七十よりはるかに大きく見え、確実なオーラを放出していた。
 ーーーカレシ、何食べんの?目黒先輩が、カレシと言うと、山岡が少し恥ずかしそうな顔をしていた。
 しかし、そんなことは問題ではなかった。かけそば以外のものが食べられるチャンスなのだ。
 ーーー同じのでもいいよ。アレルギーで生卵は食べられない。山岡が説明している。天麩羅か山菜かコロッケか、この三つである。
 ・・・・天麩羅にした。実際は、天麩羅というよりかき揚げのほうが正解かもしれない。
 自称宇宙人のおばちゃんが、よかったじゃない、と笑って作り始める。アークトゥルス星人(たしか)のおばちゃんが、さっさとカウンターに天麩羅蕎麦を置いた。
 ーーー最後のほうな、天麩羅がフニャフニャになってころもが汁にしみて、それを汁と一緒に飲むと、すげえうまいんだぜ、一日一麺の高橋の言葉を思い出す。
 カレシ、あんた足速いんだって?陸上かなんかやるの?首を振る。そんな話はどうでもよい。
 天麩羅を麺にひたす、まだ固かった。蕎麦を少しすすり、天麩羅のはしっこを箸で千切り食べる。小さなエビ、玉ねぎ、あとはなんかわからない中身の天麩羅だった。
 すさまじいうまさであった。言語を絶する美味とはまさに、このことを言うのだろう。
 夢中で食べた。そして、最後のバラバラの破片になってやわらかくなった天麩羅と汁。涙が出そうなほどおいしかった。
 それからあと、山岡と先輩とどうしたかは、まるで覚えていない。それより、次にいつ蕎麦を食べるか?ということで、頭がいっぱいだったからである。
 天麩羅にコロッケを入れたらどうだろう?いや、山菜に天麩羅は合うだろうか?いっそ、全部入れたら・・・
 中学に入って、少しだけこずかいは上がった。しかし、そうそう食えるものではない。これは、お年玉をくずすしかなかった。
 一日一麺の高橋に相談した。生まれてこのかた、これほど真剣に相談したことはなかった。
 そして、再び、立ち食い蕎麦屋に行った。自称宇宙人のおばちゃんがいるーーーそれにしてもいつ行ってもいる。宇宙人だからだろう(意味不明)。
 なんと目黒先輩が一人でいた。山菜蕎麦を食べている。挨拶したあと、注文した。「天麩羅コロッケ蕎麦」
 さあ食べようとした時だった。目黒先輩がニヤリと笑い、言った。
「カレシ、あんたも味しめたね」



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