団地の遊び 帰り道と先輩
帰り道と先輩
自分は、自治会長の息子高橋と歩いていた。駅からの帰りである。団地に向かっている。
この時、中一だった。さっきから、元学級委員山岡しおりが、自分たちのあとをつけてるのは知っていた。すると、高橋が怒った。
「何やってんだ!?コッチ来いよ」
山岡が、小走りに近づいてくる。「制服着てる時って、あまり会いたくないんだよ。帽子とリボンがイヤだし」
成績優秀の山岡は、都内でもトップクラスの私立に通っていた。電車通学だった。自分たちは公立である。歩きである。
帽子取ればいいじゃん、高橋が言った。山岡が帽子とブレザーの下に着ている白ワイシャツのリボンを取った。リボンをポケットに入れた山岡は、帽子を私の頭の上に乗せた。
嫌な先輩いてね、山岡が言い出す。校則で家に帰るまで必ず制服は着ていなくてはならない。しかし山岡は、新宿で帽子とリボンを取り電車に乗って帰宅した。
すると翌朝、同じ駅から乗る二つ年上の先輩に新宿の雑踏の中で、「おい新入生、校則守れよ」
北口の人だろ?こっちなら大丈夫だろ、高橋が言った。そして、腹減らない?言うとUターンして。駅方向に向かった。
なんとなく高橋についていく。線路を渡り、駅方向に行く。ここは、北口のほうである。しかし、山岡はそれ程、焦ってもいず、「お蕎麦屋さん?」と聞いてくる。高橋は一日一麺の男である。
「あたし、そこの深大寺そば入ったことないんだよ」「マジか!?」立ち止まり高橋が驚くーーーそんなに驚かんでもいいと思うが。
そんなわけで、駅前の立ち食い蕎麦屋に入る。一応、深大寺そばである。
カウンターだけの狭い店であった。そして、白の割烹着を着て蕎麦を作ってるおばさんは、自称宇宙人だった。時々、変なことを言うがーーー知り合いの神様とかーーーそれほどは話しかけない人なので、良かった。「あら、女連れ」これは一言言わないとというように言った。
三人で一番安いかけそばを食べていると、山岡が、「先輩が前歩いた」そう言って、ドアに背を向けた。自分と高橋は並んで立ったままドアを向いて丼を持つという、不自然な形を取り、山岡を隠した。
山岡と同じ制服の女が、再び前を通った。チラッとコッチを見た気がした。
「何やってんのアンタたち?」事情を説明すると、自称アークトゥルス星人のおばさんは、カウンターの中に山岡を入れる。
先輩に入る所を見られたのかもしれなかった。
まったく落ち着いて蕎麦を食べられなかった。百二十円もするのだから、じっくり味わいたいものである。
いないみてえだぞ、高橋が引戸式ドアから顔を出して言った。
山岡は帽子を被りリボンを締め直していた。四角い鞄を抱えた。三人で走るように団地に帰った。
ところで、山岡は極度の方向音痴だった。団地から一人では出られない女と言われていた。なので、最初の一ヶ月は母親と一緒に通学した。駅員、車掌などの方々に、よろしくお願いします、と頼んでいた。新宿の雑踏を歩き電車を乗り換えるのが、一番大変だった。
何日かたって夜、集会所で会った。多分自治会のなんかだろう。「あの先輩。今度立ち食い蕎麦屋あたしも連れてけ、そしたら黙っててやる、そう言われた」
口の字型集会所の中庭みたいなところで、話した。下はコンクリートである。綺麗な三日月が輝いていたのは、覚えている。
「ならカンタンじゃん。一緒行けばいい」自治会長の息子高橋が言った。その自治会長の怒声が、集会所の一室から聞こえていた。あたしの名前出しな、これで全て解決してしまう高橋自治会長の権勢は、法をも凌ぐと言われていた。
「あたしこの前初めて行ったんだよ」「うまかっただろ」「おいしかった」
すると山岡が、私の肝臓を拳で叩いた。いわゆる肝臓パンチであるーーーなぜ?
要するに一緒に来てくれということだった。
そんなわけで、後日、駅の改札口で待っていた。自分と高橋である。山岡が先輩と一緒に出てきた。
すると、その目黒ゆかり先輩(仮名)が、近づいてきて、妙に馴れ馴れしい態度と口調で言った。「あのコ、大丈夫なの?道、全然わかってないわよ」
事情を説明すると、目黒先輩は、ため息をついた。自分からかえってヤッカイなヤツに関わってしまった、というふうにも見えたーーー多分そうだろう。
蕎麦屋にみんなで入り、和解した。目黒先輩も、おいしいと感激した。そしてさらに、先輩として覚悟を決めたようであった。これもなにかの縁だし、自分に言い聞かせるようにも聞こえた。
いつも一緒ってわけにはいかないし、それにそれじゃあ、あんたのためにならない。ともかく、見守ってはやるよ。
かくして、大方向音痴の山岡さんは、いい先輩に恵まれたのであった。