![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/154993072/rectangle_large_type_2_7dbeeac044517373825df75aeddad8bc.jpeg?width=1200)
和田華音の音楽観
本記事は、演奏家・和田華音が自身の表現に対する想いを綴ったものです。
音楽観について
私は演奏家として、自分自身で作品を生み出していないことに対するさまざまな思いがあります。過去(もちろん現在の場合もあります)の素晴らしい作曲家が残してくれた作品を音で再現するという演奏家としての行為を、尊いものだと思っているし、もちろん誇りを持っています。しかし、この世に何も形がない状態からひとつの作品を生み出す美術家や作曲家の人たちへ、憧れと尊敬と、そして決して手が届かない存在としての気持ちをずっと持ってきました。
彼らの心の中にしまわれていて誰も覗くことができない“思考”が、ほかの誰の作品も介さず自身の作品となって外の世界に表されていることに強い刺激を受けていたのです。
そうして演奏家としてのクリエイティブを打ち出せる方法はないかと模索する中で、「リサイタル」を自身の一つの作品として創り上げたいと思うようになりました。
そこで、1曲1曲はそれぞれ別々の個性を放っていたとしても、全体を通して聴いたときに一つの大きな意味が浮かび上がるよう、曲の間に有機的な意味の繋がりを持たせてコンサートをデザインしていきたいと考えました。コンサート全体を通して、私の世界観や思考をお客さまと共有できるような空間・時間にしたいと思ったのです。
私のリサイタルを「体験」することによって共に思考を広げてもらえることがあればとても嬉しいです。
自分の思考や想いを頭の中に留めておくだけでなく、それを形に表したいという気持ちがあり、表現者として、外の世界に表現を出し続けて「生きている」実感を得たい。そのような想いで演奏活動をしています。
Taiki Sudoの存在
このような考え方になったきっかけの一人には、もちろん須藤くんがとても大きく存在しています。
須藤くんとは、コロナ禍の真っ只中、蔦屋書店で同じバイト仲間として出会いました。それはちょうど音楽との向き合い方に悩んでいた頃で、須藤くんの絵に対するひたむきな情熱に強く刺激を受けました。日々思考を重ね、自分の表現だと言い切れるものができるまで、毎日キャンバスに向かい続けて努力を怠らないストイックな姿に、友人として、人として、表現者として心から尊敬しています。
彼の描く絵には、一体どこから湧き出てきたのだろうという不思議なエネルギーの表出と、強い信念を感じます。特に私は“目”の表現が好きで、どの絵を見てもひとつとして同じ目はなく、その目に見つめられるとすべてを見透かされているような、自分の心が裸になってしまうような感覚を覚えるのです。
須藤くんは描きたいものや想いがはっきりとしていて、その軸からブレずにまっすぐ活動を続けていることがすごいなと思います。その芯の強さが、絵の色使いや眼差しに表れているのでしょう。
そんな彼から展覧会でのコラボレーションのお誘いをいただき、とても光栄に思います。須藤くんの表現への“想い”に、私の音楽が微力でも役立てることがあるのなら、これ以上に幸せなことはありません。
和田 華音
現在、展覧会開催に向けたクラウドファンディングを実施中です。
▼<Perfect Circle & 和田 華音>チケットは下記よりご覧いただけます。