末寺の末事 227
価値なんてない。自分にとっての『答え』が意味を持つだけで、価値なんてサッパリない。だから、誰にも奪われる心配もない。取り上げられたり、壊されたりもしない。
じゃあ、そもそも『無い』のと何が違うの?
ドップリと価値の呪縛にズブズブ浸りきった発想だが、そこにある利益はかなり胡散臭い。
快楽、絶頂、興奮、歓喜、狂喜、支配…そういう類いの価値観で安心や満足を測ってみて、成功した者がこの世にはいない。
なのに我々は大好きだ。それに突き動かされて生きていると言っても過言ではない。
正直、それ以外解らないし、解りようがないってのが本当のところだと思う。
そこは、個々人が納得のいく『答え』を探すしかない。とか言って棄てたら、何だか乱暴な感じだし、何とかこの辺りを誰にでも解るよう伝えたいと思って模索を続けるも、適当なものがない…、だが。
先ずは、価値がない。という価値がある。
to be continued
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