【読書感想】『ネガティブ・ケイパビリティ』
2022年の1冊目は『ネガティブ・ケイパビリティ』(帚木蓬生/朝日新聞出版)でした。
著者の帚木蓬生さんは精神科医であり、作家としても活躍されています。山本周五郎賞など、数多くの文学賞を受賞されているようです。刊行されたのは2017年ですが、コロナ禍で注目を浴びてから14刷(2021年10月)まで部数を重ねています。帯には以下のような文言が。
コロナの災禍の時代に早急な結論、過激な意見に飛びつかず、「急がず、焦らず、耐えていく」力=ネガティブ・ケイパビリティが必要です。本書が水先案内人になることを願っています。
著者は精神科医になり6年目を迎えた頃に、『米国精神医学雑誌』に掲載されていたある論文でネガティブ・ケイパビリティに関する記述を目にし、衝撃を受けたと言います。
今では有名になった兄弟宛ての手紙の中で、キーツはシェイクスピアが「ネガティブ・ケイパビリティ」を有していたと書いている。「それは事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」である。
著者はジョン・キーツというイギリスの詩人の生涯を振り返ることで、そこにネガティブ・ケイパビリティの発見の契機を見ます。そして、「分りたがる脳」が安易な解決を求めてしまうこと(第三章)。メディシンマンがプラセボを上手く利用して治療に役立てていたこと(第六章)。紫式部が『源氏物語』で描いた光源氏がネガティブ・ケイパビリティの体現者であったこと(第八章)。教育現場にもネガティブ・ケイパビリティが必要とされていること(第九章)。寛容の精神にもネガティブ・ケイパビリディが欠かせないこと(第十章)。このように、多岐にわたって論じていきます。
読み終えた第一印象としては、ネガティブ・ケイパビリティという概念についてあまり深掘りされていなかったところに少し不満を感じたというのが正直なところです。実際に、Amazonのレビューでもこのような感想がいくつか見受けられました。しかしよく考えてみると、ネガティブ・ケイパビリティがそもそも言葉では汲み尽くせないことを扱っている以上、深掘りのしようがないとも思うのです。深掘りする場合、それは言葉(学術用語)で徹底的に意味を限定し概念化することになるでしょう。ただ、そうしてしまうとネガティブ・ケイパビリティの本質は抜け落ちてしまいます。本末転倒です。
このように、「はっきり言ってくれないと気が済まない」と考えてしまうのも「分りたがる脳」の一事例であり、それがまさにネガティブ・ケイパビリティが回避しようとする陥穽であることに気づくまで、少し時間を要しました。「早急な結論に飛びつかない」と言うのは簡単ですが、実践するのはかなり難しいと改めて感じました。
壁にぶつかるとすぐに処方箋を求めるようとする現代には、詩や文学の素養こそが必要とされるべきではないのか。そう考えるようになっていた私にとって、まさに確信を与えてくれた本と言えます。(終)