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【3限目】東京都知事選(政治経済)


まえおき

第3回目にして、早くも番外編。しかも、昨日更新した後に、すぐに投稿という、例外的な投稿となっているのだが、本日7月7日は、東京都知事選の投開票日である。民主主義を支える我々には、各立候補者の主張を吟味した上で、それを自らの投票行動につなげる義務があるのだろうが、いまいちどう政治と向き合っていいのかわからないというところもある。

このノートはあくまで周りと差をつけるための方法を考えることを目的としているので、東京都知事選挙について、何らか書くこともないと思っていたのだが、「中田敦彦のYouTube大学」に、立候補者の一人である元参議院議員の蓮舫氏との対談動画が上がっているのを昨日発見し、何の気なしに見ていたところ、政治の話題も周りと差をつけることに使えるのではないかと考え、急ぎ筆をとっている(キーボードを叩いている)。

対談の内容

それでは、早速、主なトピックごとに見ていこう。

行政改革

蓮舫氏は、「2位じゃダメなんですか?」のフレーズで一躍有名になったこともあってか、行政改革の人というイメージが強い。対談でも、最初に話が及んだのは行革に関するものであったし、そこに期待して投票した人も少なからずいるのではないかと思う。確かに、一納税者として、税金を有効に使ってもらうたいという思いは持っており、行革そのものには大賛成である。が、ここで少し立ち止まって、蓮舫氏=行革の人というイメージ像を検討することが、報道に踊らされない人アピールにつながるではないかと思っている。

組織で働いたことのある人、ましてや組織を動かした経験がある人であれば、よくわかると思うが、支出の中で、高い割合を占め、容易に削減することができないものが、「人件費」である。しかしながら、中央政府においては、行政改革の旗の下、かなりの人員削減が行われてきている。それは、以下のグラフを見れば明らかであろう。

国の行政機関の定員の推移(平成16年度~令和6年度)(内閣官房HPより)

その結果、中央政府で発生したものは、人員不足により、一人で捌く仕事の量が増え、官僚の残業時間が増える、いわゆる「ブラック霞が関」状態である。近年は、技術の進展に伴い、業務効率化が進んでいる一方で、災害の頻発化(災害が無縁の役所なんてないのではないかと思う)、行政課題の多様化・複雑化等により、必ずしも仕事の量そのものは減っていないのではないかと思う。

そのような中で、官僚の残業を減らすべく、国会において進められていることの1つが、質問の事前通告の早期化である。これはどういうことかというと、通常、国会では、国会議員が質問し、政府が回答するという流れで議論が進んでいくが、回答案を事前に用意しておくために、質問内容については、国会議員から政府に対して事前に通告されることとなっている。この通告が、例えば、前日の夕方になると、官僚はそこから答弁を作成し始めることになるので、必然的に残業を強いられることになる。こうした事態を防ぐため、与野党間において、質問の前々日までに通告をするとの申し合わせがなされている。

官僚の残業を減らすことは、ワークライフバランスを確保し、優秀な人材を採用してもらうという観点で重要であるが、当然人件費の削減の観点からも重要である。しかしながら、かつて蓮舫氏の質問通告の仕方が問題ではないかと、報道で取り沙汰されたことがあった。

質問通告は、先ほど述べたとおり、早くするということも重要だが、そのやり方も同じくらい重要であるという。多くの国会議員は事前に質問レクの機会を設け、官僚に対して直接、自分はこういう質問をするということを説明する。質問レクをしない議員であっても、メール等で質問内容を政府側に連絡し、もし内容に疑義があるようであれば問い合わせするようにといった対応をとっているらしい。

他方で、蓮舫氏の場合、質問レクが行われないばかりか、質問の要旨(例えば、「選択的夫婦別姓について」のようなざっくりしたもの)しか通告がなく、かつ問い合わせも不可、というやり方がとられているということが報道で取り上げられていた。これは、一度や二度ではないようで、これが発動される度に、官僚は、想定されるあらゆる質問(上記の例だと、選択的夫婦別姓に関して聞かれそうなあらゆる事項)に対する何十問もの回答を事前に用意しなければならなくなる。しかも、そのような正確性を欠いた通告の結果、大臣が回答に窮すると、それを鬼の首をとったかのように批判するという、まさにパフォーマンスありきの振る舞いも問題視されていた

つまり、蓮舫氏は、行革の人とのイメージを提示しながらも、一方では、官僚にかなりの超過勤務を強いた結果、無駄な人件費を発生させていたという可能性がある(実際に報道されている)のである。ある国会議員は、本当に自分が聞きたいことに対する政府の回答が欲しければ、そんなだまし討ちのような方法はとらず、むしろこういう趣旨で聞くんだと丁寧に伝えた方がよい、といった趣旨のことをXで発言していた。

外野の自分は、これが真実なのかどうかを判断する術はないが、「蓮舫氏といえば行革に期待できるよね!」なんて楽観的な見立てだけをしている人に出会った際には、「参議院時代は、国会での質問通告がひどくて、かなりの残業を政府側に強いていたらしいよ」と言えば、行政の内実にも精通していて、かつメディアに提示された蓮舫氏の為人を鵜吞みにしていない感じも出せてよいのではないだろうか

政治とカネの問題

政治とカネの問題については、納税者として、ついつい政治家が悪いことをしているのではないか!と糾弾したくなるが、ここでも一歩踏みとどまって、冷静な見方を提示することで、頭を良く見せることができるのではないかと思う。

蓮舫氏は、自分は「政治資金パーティーを開催しないし、これまで企業献金を受けてきたことがない」と語っていたが、(個人的見解が多分に入っているが)政治資金パーティーをしたければ、法の規制の中でしっかりと透明性を確保の上、開催すればいいと思っている。民間でも異業種交流会や飲み会があるように、ある一定数の人々が集まって人脈形成や情報交換をする必要性は一定程度あるのではないかと思う。そして、企業が行う献金やロビイングは、政治参加の一つの現れであるとすら思う。したがって、採られるべき対応策は、一切パーティーはしませんということではなく、どういう企業から献金を受けたかを透明性ある形で公開することだと思う(したがって、先般の政治資金規正法改正で、パーティー券の公開すべき基準額が5万円以下になったことについての是非については、当然議論があるものと思う)。

ある業界の利益を背負った「族議員」は良くないといった旨の発言もあったが、これについても、異なる利益や背景を背負った国会議員同士が議論をすることで、利害の調整機能が果たされるという面もあるのだと思う。

ペット殺処分/待機児童ゼロ

対談の中で、蓮舫氏は、小池知事は、自ら掲げた「ペット殺処分ゼロ」の目標を達成するために、環境省基準から乖離した東京都の独自基準で殺処分数を算定しようとしていると批判している。詳しくは知らないのだが、蓮舫氏曰く、環境省の殺処分数には、障害を持っている犬猫や人なれせず噛み癖を持っている犬猫等も含まれているが、東京都の殺処分の対象は、あくまで譲渡しやすい健康な犬猫に限っているとのこと。

内容の真偽は知らないが、ここでも冷静な見方を提示することは可能ではないだろうか。仮に目標を、全てのペットの殺処分ゼロとしたに設定したとしても、そこに至るまでの道のりは遠い。障害を抱えている犬猫の里親を見つけることは非常に困難で、一足飛びに減らせるものではない。したがって、まずは、譲渡しやすいペットに対象を絞るのは、行政の進め方として自然なステップではないかとも思われる。

また、待機児童に関しても、蓮舫氏は、例えば3人子供がいる場合に、3人目の子どもが、1人目と2人目と同じ保育園に通うことができず、送迎の際に、複数の保育園に行かなければならない保護者がいることを挙げ、3人目の子どもが待機児童にカウントされていないことを批判していたが、これも同様の問題ではないかと思う。もちろん、蓮舫氏のいうようにそういうことがないように行政が取り組むことの重要性は否定しないが、保育園間の最適化の問題(定数の配分の問題)を孕んでいて解決は容易でないようにも思われるので、まずは一般的な「待機児童」の解消に取り組むというのが自然な気もする。

国会議員の華

これはもはや揚げ足取りなので、深入りするつもりはないのだが、蓮舫氏は、小池都知事から「蓮舫さんは国会の華だから」と言われたことを取り上げ、未だに女性を華に例える時代錯誤な人と批判していた。

確かに「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉に見られるように、女性を花になぞらえることは少なくない。しかし、小池都知事がいう「華」は、必ずしも女性性の象徴として使われているわけではなく、例えば、「ヤジは議場の華」とか、「野球のショートは守備の華」と呼ばれるように、女性性を強調した表現ではなく、単にその華やかさを言っただけだと思われる。

おわりに

今回は、東京都知事選を題材に、政治や行政に関する話題の中で、少し冷静な見立てを提示することで、頭をよく見せる方法を考えた。対談の中では、選択的夫婦別姓や若者支援についても触れられていたが、内容がかなり多くなってしまうので、割愛した。念のため申し上げておきたいのは、蓮舫氏を批判したいとか、小池知事を支持しているといった、個人の政治的主張を伝えたいという趣旨ではないということであり(実際に個人として小池都政を評価しているわけではない)、むしろ100%正しい政治や政策なんてものはなく、様々な利害の比較衡量の過程を経て、政策は決定されていくべきものだと思っている。今後も、政治や経済に関するトピックについても随時取り上げていければよいと思う。



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