3000人と会い、1000人と通話した「プロの奢られ屋」が実践する、「聞き手の極意」について。セックスしないセフレと、徹子。
「話を聞く」というのは、必ずしも「共感する」ということではない訳で、「共感が前のめりになっている人」ほど、話を聞くことで意外と人間関係をぶっ壊してるのかもね、という話。それと、おまけ。
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まえがき
これはぼくが暇つぶしに散歩しながら思ったことを、数分の一筆書きでさらっと書いただけの文書である。読みづらいとか、わかりにくいとか、そういう文句は一切受け付けない。
つまり、ここにあるのはゴミ料理だ。素材は全部ゴミ。ゴミにしては美味しく仕上がっているかもしれないし、それでもちょっと臭うから、食べる人を選ぶかもしれない。けれど、「一部の人たち」にとっては、たまらない御馳走になるかもしれない。わからない。
そうであることを祈っている。これを「美味しい」と感じたなら、もしかしたらお前にも「スラムの住民」になる適性があるかもしれない。なかったらバイバイ。では、やっていく。
「いい聞き手」とは何か?
「人の話を聞く」というのは意外と高度な技術なようで、多くのひとは正直「できていない」と言わざるを得ない。
コミュニケーションには様々な形があり、「正解」はないけれど、それでも「聞き手」には「どれだけ情報を抜き出せるか」、あるいは「どれだけ温度を保ったままで情報を抜き出せるか」という指標があると思う。
思うに、コミュニケーションとは「ケア」である。人を癒す。人は「社会性動物」と呼ばれ、人と人との関わり合いを本能的に欲している。その欲求を最も多く埋めているのが「聞き手」である。実際、話し相手のいなくなったオジサンは、ただただ「すごーい!」と言って話を聞いてくれるだけの姉ちゃんにドンペリをおろす。「聞き手ケア」を買っているのだ。
今、世界に「聞き手が不足している」
これは面白いことなんだけれど、「聞き手ケア」が足りない人ほど、「自分のしたい話」を強引にしたがる。だって、普段聞いてくれる人がいないから。つまり、欠乏している。飢えている。中学2年生(のような男性)が女の子に不自然なまでにがっついて、かえって逃げられてしまうことに似ている。足りないから、余計に足りなくなるのだ。
「いい聞き手」になるには、まず「じぶんの聞き手になってくれる人」が必要だ。まず、足ること。「聞き手ケアをする」ことができるのは、十分に「聞き手ケアをされた」者だけである。つまり、満足していなければならない。「自分の話がしたーい!」となってはならない。
今、聞き手が不足しているように思う。みんな、自分の話がしたい。隙あらば、自分の凄さを暗にアピールしたい。悩みを誰かに打ち明けたいし、自分の秘密(?)を共有したい。なぜなら、足りていないから。みんな話したいから、誰も聞き手になれないのである。
「プロの聞き手」が実践する[聞き手]術
とにかく実戦経験だけは豊富だ。厳密にはカウントしていないが、ざっくりと「4年かけて3000人と直接会って、1対1で1時間以上」「2ヶ月かけて1000人とライブ配信にて通話で、1対1で数分ずつ」、僕は聞いてきた。
「自分の話をしたい」とは思わないので、聞かれたことにだけ答える。それ以外は「その人を観察する」のが主な行いだ。僕は「話している人」にヘブンズドアーをかけて、その人生を本のようにペラペラとめくり、シンプルに読んで楽しんだり、こっそりページに何かを書き込んだりしている。
(ジョジョの奇妙な冒険 第4部より)
僕は正直「いい聞き手になろう」とか考えたことは一度もなくて、ただ純粋に「もっとたくさん質のいいリアリティが欲しい」という欲求に従ってきた結果、聞き手としてある程度成熟してきたのだと思う。
そして、今考えてみるとこれが何より「いい聞き手」の条件であるのだ。
「いい聞き手」であるには、ある意味で「他人の人生」に無関心でなければならない。それは「体験そのもの」についてではなく、「他人の幸せ」とか「他人の気持ち」とか、そういうものだ。
「他人に自分を投影する」というのは、それはそれで楽しいかもしれないけれど、「聞き手」としては不要なものだ。自分ごとであっては鏡が濁る。他人事であって、初めて「鏡」が機能するのだ。聞き手とは「鏡」であって、そこに「濁り」はない方がいい。自分ごとは、いつも濁っている。鏡に忖度はいらない。
まず、満足すること。自分の「聞き手ケア」が不足していないこと。次に、相手から聞き出す情報・体験に誠実な関心があること。そして、それ以外には無関心であること。誠実な無関心を示すこと。
あなたは「聞き手」であって、「人生コンサル」ではない。相手の「生き方」に干渉するのは、はっきりとした言葉で求められたときだけにすること。もしもやるなら、バレないようにスタンド能力を使おう。スタンド能力が使えない人は、やめておこう。
「聞いてあげたい」はクソ聞き手
もっとエゴイスティックでなくてはダメだ。
「ケアしてあげたい」のは、「ケアが足りない」という証拠だ。ケアしてあげたい人に、他人をケアすることはできない。それは「自分がケアされるためのケア」であり、その方向性は無意識のうちに「自分がケアされるためのケア」になっていくからだ。
純粋に誰かをケアするには、まず自分がケアされなくてはならない。「ケアしてあげたい」のではなく、もっとエゴイスティックに「この人がケアされた後に出てくるページが見たい」と思っていなればならない。
誰かを幸せにしたがるのは、決まって幸せでない人だ。誰かを幸せにすることで、自分が幸せになろうとしている。それは濁った鏡。真実を映し出さない。それは、「いい聞き手」ではない。聞き手にとって、ケアは手段であり、目的ではないのだ。だからこそ、濁らない。だからこそ、「いい聞き手」であることができる。すぐれた聞き手は濁らない。岸辺露伴は動かない。
【ここからオマケ】
さて、ここからはスラムの民だけに向けて。
今回の「いい聞き手」のさらに先の話をしたいと思う。スラムではだいぶ「聞き手の研究」が進んできた。ここらで少し、それを整理しておきたい。ここからは「群れ」として「いい聞き手」を目指すチャレンジである。
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