生物学的経済学1

もう20年以上前、インターネットが普及する以前。パソコン通信Nifty-serveの経済フォーラム内にある「環境と経済(だったと思う)」という会議室で、「生物学的経済学」と題して半年ほども連続投稿をしていたことがある。

まあ、Niftyの経済フォーラムといっても知っている人はいないだろうが、当時から悪名高かったI田N夫さんが居座っていたことで知られたフォーラムだ(笑)。そのほか経済学系の院生らしき人とか、講師らしき人とか、投資家の人とか、けっこうその筋のひとたちがそろっていて、レベルの高いフォーラムだった。そんな場所で突然「生物学的経済学」なんて言い出すと、ふざけていると思われても仕方ない。

今でこそ「進化経済学」という経済学の分野が一般化してきているし、マルクスとダーウィンの関係なども知られてきたので、経済学と生物学がいかに関連性のある学問かということは、かなり認知されてきていると思う。しかし、20年も前には、生物学的経済学などというと異端と言うか、ふざけた話しとみなされても仕方なかった。当時の経済学の主流は物理学をお手本とした近代経済学とか、新古典派経済学だったのだから(今でも?)。

しかし、ぼくはH・G・ウェルズの愛読者なので、おお真面目だった。というのも、1932年のウェルズの著書に「人間の仕事と富と幸福」という彼の経済学書があり、その冒頭にウェルズが「経済学は生物学の一分野である」と書いているからだ。

「今西進化論」で有名な生態学者の今西錦司は、次のように言っている。
「ウェルズよれば、歴史学、社会学、政治・経済学、心理学、人類学などはすべて生物学という幹から派生した枝であり、社会科学は人間生態学(ヒューマン・エコロジー)にほかならない」(今西錦司)というわけである。

経済学が生物学の一分野であるというウェルズの主張に、あの大経済学者であるケインズが同意していたとまでは言わないが、そういう主張があるということをケインズが知っていたことは確実だと思う。なぜならウェルズとケインズはかなり親しい知人であり、上記のウェルズの経済学書の執筆にはケインズも協力しているくらいだからだ。それに、ケンブリッジ大学でケインズの先生だった新古典派経済学のアルフレッド・マーシャルは、「経済生物学」を目指していると公言していた人物なのだから。

ケインズ自身は、「経済学とはなにか」ということについて、彼独自の主張を持っていて、それは「経済学は道徳科学である」というものだ。これもまたもっともな主張ではあるのだが、彼は気づいていなかっただろうが、彼の主張する道徳科学としての経済学もまた、生物学と関連があるものなのである。

(つづく)
(参考文献)
・H・G・ウェルズ「人間の仕事と富と幸福」(浜野輝訳、鹿島出版会)
・伊藤光晴「現代に生きるケインズ」(岩波書店)
・H・G・ウェルズ「世界の頭脳」(浜野輝訳、思索社)


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