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センスメイキング #79
ある時、ハンガリー軍の偵察部隊がアルプス山脈の雪山で、猛吹雪に見舞われ遭難した。彼らは吹雪の中でなす術なく、テントの中で死の恐怖におののいていた。
その時偶然にも、隊員の一人がポケットから地図を見つけた。彼らは地図を見て落ち着きを取り戻し、「これで帰れるはずだ」と下山を決意する。
彼らはテントを飛び出し、猛吹雪の中、地図を手におおまかの方向を見極めながら進んだ。
そしてついに、無事に雪山を下りることに成功したのだ。
しかし、そこで戻ってきた隊員が握りしめていた地図を取り上げた上官は、驚いた。
彼らの見ていた地図はアルプス山脈の地図ではなく、ピレネー山脈の地図だったのである。
この逸話にはいくつかポイントがあります。それは、
隊員の見つけた地図は間違った地図であったこと
地図が見つかったことで、皆がこれで帰れると信じたこと
テントを飛び出すという行動を起こしたこと
です。
「センスメイキング理論」という経営理論があります。
一般的には「納得」「腹落ち」の理論と理解されています。
このセンスメイキング理論は「見通しの難しい、変化の激しい現代で、組織がどのように柔軟に意思決定し、新しいものを生み出していけるか」に多大な示唆を与えると考えられています。
この理論の背景にはいくつかの前提があります。
1つ目は、「我々は一人ひとり違う人間であり、その認識のフィルターを通じてしか、物事が見えていない」ということ、つまり、「人の認識は多義的である」というものです。
2つ目は、「我々自身が行動を起こして環境へ働きかければ、その環境認識も変化していく」というものです。
そして、最後の3つ目が、「変化が激しく、いままでの経験が通用しない、解釈が多義的になる環境では、そもそも正確な分析は不可能」であるというものです。
冒頭のハンガリーの偵察隊の逸話をもう一度見てみます。これは、センスメイキング理論の象徴的な事例といえます。
この話では、アルプスで遭難した隊員の一人が「地図を見つけた」ことが、彼らに下山を決意させるきっかけになっています(しかし、実はそれはピレネー山脈の地図でした)。
ここで重要なのは、その地図がアルプスかピレネーか、という「正確性」ではありません。隊員たちが、地図を見つけたことで(そしてそれをアルプスの地図と勘違いしたことで)、「これで下山できるし、そうすれば命が助かる」ということを、皆でセンスメイキング(腹落ち・納得)したこと、信じたこと、です。
だからこそ彼らは、猛吹雪の中、テントを飛び出して歩き始めることができました。その行動が吹雪の雪山という環境に、働きかけることになりました。
そしていったん下山を始めれば、吹雪の中でも山の傾斜、風向きなどから、少しずつ環境について新しい情報が感知できるようになります。
それをもって、彼らは細かいルートの修正をし、地図からのおおまかな方向性だけを頼りにして、自身の環境認識を変えていきました。
「下山できれば、命が助かる」ということに皆が腹落ちしているから、偵察部隊の団結は揺るぎませんでした。そして、その結果、彼らは危機を脱することに成功したのです。
VUCA(「予測不能な状態」の社会経済環境を表す用語)時代と言われる現代のような環境下において、また、組織が何か新しい目標に向かって進んでいく場合において、このセンスメイキング理論からはいくつかの示唆が得られると思います。
1つは、人の多義的な解釈を減らし、「足並みを揃える」ことの重要性です。つまり、皆の「納得」「腹落ち」の重要性です。
もう1つは、「行動」です。ハンガリーの偵察隊の逸話では、「テントを飛び出す」という「行動」が運命を変えました。恐らくそのままテントに留まり吹雪が収まるのを待っていたら、皆、凍死していたと思います。「行動」して周囲の環境に働きかけることで、情報をアップデートして、環境への認識を変えることができ、下山に成功しました。
そして、最後は、刻々と情勢が変化する中では、緻密で正確な分析はあまり重要ではないということです。普通に考えれば、ピレネー山脈の地図でアルプス山脈を下りられるはずがありません。
しかし彼らは、発見した地図をアルプスの地図だと思い込むことで、「これで山を降りられる」というセンスメイキングを得て、実際に下り切ってしまったのです。
すなわち、冷静で客観的だったら不可能だったことを、「思い込む」ことで実現してしまったということです。
このように、「大まかな意思・方向性を持ち、それを信じて進むことで、客観的に見れば起きえないはずのことを起こす力が、人にはある」というのがこのセンスメイキング理論の一つの大きな命題であるといえます。これを、セルフ・フルフィリング(self-fulfilling:自己成就)というそうです。
第35代アメリカ合衆国大統領のジョン・F・ケネディは、
“We choose to go to the moon(我々は月へ行く)”
と宣言して、当時国民の多くが不可能だと思っていたことをその数年後に実現させました。
そこにはその方向性に「センスメイクメイキング」して「行動」を起こした人たちがいたのです。最初は実現できる「客観的な見込み」はなかったと思いますが、できると「思い込んで」「行動」したことで実現させました。
センスメイキング理論とは直接関係はありませんが、個人的には、「根拠のない自信」の力を信じています。
皆ができると信じて、それを「思い込むこと」で不可能と思えることも可能になるのです。
そして新しい未来を創ることができるのです。
出展・引用:「世界標準の経営理論」入山章栄著(ダイヤモンド社)