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殴る前に怒れ--ウィル・スミスと先延ばしのための試論

 2022年3月28日、アカデミー賞の授賞式で、ウィル・スミスが司会の男性に平手打ちをした。妻の容姿を揶揄われたウィル・スミスが「怒って殴った」ことになっているが、よく見ると「殴ってから怒った」と言った方が正しい。平手打ちを放つその瞬間まで、ウィル・スミスが怒ってるのかどうか、その場にいた人たちも判断ができなかったように見える。

https://www.youtube.com/watch?v=myjEoDypUD8

 むしろ、冗談を聞いた時には笑ってすらいて、ウィル・スミスは表情を変えずに壇上に上がり、司会の男性をいきなり殴ったあと、悠々と自席に戻って、すごく怒りはじめた。

 僕は今回のウィル・スミスについて、「怒ってから殴れば」よかったのであって、「殴ってから怒った」のが良くなかったと思う。というよりも、殴る前に怒っていれば、実際には「殴れなかった」はずなのだ。

 まず、2022年現在の常識では(そしておそらく法的にも)、相手に対して頭に来たら怒っていいことになっている。いきなり殴られた、なんて時はもちろん、嫌味を言われたり、無視されたりしたときも、とりあえずは怒っていいはずだ。

 怒ると、相手は身構える。周囲の人たちも、怒ってる人をなだめたり、怒られてる人をたしなめたり、あるいは庇ったりできる。「怒り」は表明されることで、周りを巻き込んで、みんなでコントロールする対象になる。何よりも、怒られた人は「あ、怒らせちゃった」と思うだろうし、「怒ってるんなら悪かった」と謝るかもしれない。もしも怒ってる人が近づいてきたら、逃げることだってできる。

 つまり、「怒る」はコミュニケーションなのである。何かに腹が立っているなら、いきなり「殴る」みたいな断固とした行動を取るのではなくて、まずは普通に怒るべきなのだ。

 ちょっと話が広がるけれど、殴る前はもちろん、辞める前にも別れる前にも、叫んだり飛び降りたりする前にも、とにかく何かに「キレる」前に、まずは怒るように心がけたい。すぐにキレるのではなくて、まずは怒って--おそらくできるだけ長く--具体的な行動を先延ばしにするべきだ。

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