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あっぷっぷ

あたしはずっと、睨めっこに弱かった。大人になって睨めっこをする機会は全くないけれど、小学生の頃はただひたすらに「あっぷっぷ」が苦手だった。面白い顔をするとか、笑いを堪えるとか、そういう睨めっこの本質以前にあの「あっぷっぷ」が面白すぎるのだ。「睨めっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ」って、来たる変顔バトルを前に人々はあっぷっぷを無視しているけれど、本当はあっぷっぷこそが意味不明で面白い。

しかも、自分の顔の準備に気を取られるあまり、「あっぷっぷ」という黄金の輝きを持つ面白ワードを無視して突き進んできたセンスのない人間が堂々表明する「面白い顔」が眼前にバーンと示されて、あたしにはその面白い顔がスローモーションになり、モノクロームに見えてしまうのだ。それと同時に、数十億の人間がこの地球上に存在すること自体のおかしみに直面し、笑ってしまう。そしてあたしは敗北する。

∩^ω^∩

考えてみれば、睨めっこというのは意味不明な競技である。「笑うと負け」って、ついつい場の雰囲気に流されて愛想笑いしてしまう日本人の弱点を巧妙に突いている。あたしのように愛想笑いばかりしてしまう人間は、結局人生にも負けている。人生は睨めっこなのだ。睨めっこは、自分が面白いと勘違いして、周りの人間は気を遣って笑っていることに気づかない人間が勝つようにできている。

睨めっこを本気で勝ちに来る人間に対して、できることは何もない。こちらも本気で勝ちに行ったところで、顔面をめちゃくちゃにしながらどちらも笑わずに膠着するという地獄を見るだけだ。そんな地獄が嫌だから、どんなに上手いスタートダッシュを決めても「あ、この人本気だ」と感じた瞬間に笑ってしまう。

いや、笑ってしまって睨めっこに負けることで、実は人生には勝っているのかもしれない。うん、そんな気がしてきた。睨めっこに負けて人生に勝つ!

小学生の頃、誰よりも睨めっこが強かった末金くんは、両頬を強烈につまんで目尻を極端に下げることによって、完全に目を閉じていた。相手の顔を一切見ない末金くんは、絶対に負けることがなかった。本気で勝ちに来ていたのだ。そんな末金くんは私立中学に進学し、あたしたちが進学した地元の公立中学の運動会に、トレンチコートを着て来て伝説となった。今ごろどうしているだろうか。

海外の睨めっこは、笑ったら負けなのではなく、視線を外したり、瞬きをしたら負けなのだという。もし仮に「笑ったら負け」というルールで外国人に睨めっこをさせたら、お互いに全く笑わないまま、変な顔をしたままミイラになると思う。

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