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ふくらみつづける9年間の宇宙を未だに泳ぐ男の散歩
まぶしい白昼に、ずんずんと薄暗い地下室へ降りる。真夏の陽炎を踏み越えて、スーパーマーケットに入る。凍える厳冬の並木道を抜けて、オレンジ色の空気で満たされたログハウスに帰る。
登山道から逸れ、暗い獣道に鎌を振り下ろしながら歩く。潰された草葉の濃密な青い匂いに興奮し、なおも進む。幹に食い込んだ鎌を力の限りに引っ張ると、その切っ先で左腕を傷付ける。
惰性のままに振り下ろした鎌の、確実に肉を捉える感触が、指先から同心円状に波打ちながら心臓に到達する。一瞬のロングショットが早回しに終わり、撮影したそばから焦げ付き始めるフィルムの救出を試みるが、すでに原因不明の熱に溶け始めた撮影機の内部で、それらは急速に同化しつつある。
喬木の足元で火照る身体の、冷ややかな森の空気に冷えつつある皮膚を守るためには、たった今裂かれたばかりの肉からほとばしる血のしたたりに身を浴するほかないことくらい、誰にだって分かるはずだ。しかしまた、急激に生長し始める草葉の絡みつきを振り払い、より圧縮された緑の領域へ目を見開くとき、さきほど刺殺した肉の繊維の手触りを思い出すことでどれほどまでに勇気を回復しうるかについては、誰も教えてはくれない。
出口を探し求める者たちは―彼ら自らでは決して予想しえないことだが―その意に反して立ち止まり、いつしか素晴らしい樹木に変身する。それでもなお、宇宙に等しい大きさの森を魚に化けて泳ぐイメージで歩き続ける私たちの散歩は、たとえ草葉を踏みしだくのみに終始したとしても、この身体の全部を使って移動しつづけた痕跡を残すという点で、植物たちとは異なるうつくしさを表現するのだから、どうか安心してほしい。