宵闇横丁 -壱-
踊リハ楽シ… 祭リハ楽シ…
今宵 宵闇横丁二 市ガ立ツ 神ガ立ツ
踊リハ楽シ… 祭リハ楽シ…
飲メヨ歌エヨ 食ラエヨ舞エヨ
ハァ… 宵ノ酔イノ夜イ
この世とあの世の境があいまいな場所、逢魔が刻の一瞬に、昼と夜とが入れ替わる。昼と夜とは別の顔・・・・。
昼は1日、夜も1日と数えられていた時代のこと。逢魔が刻は思わぬ時、黄昏時の訪問者。黄昏、たそかれ、誰ぞ彼?
ムラの境のオドリバで化粧を興じて入り込む・・・・妖モノにご用心
《 オカクレサマ 》
祭りが近づくにつれ、どこからともなく村神楽が空を伝って響いてくる。
ピーピーぴーひゃらら…ドンつくドンつくぴーひゃらら…
神社に続く長い階段に提灯が吊るされ、祭りのぼりが立ち並ぶ。さびれた鳥居も赤く化粧され、闇夜に橙の妖しさを挿す。
「お祭りって大好き! だってお化粧できるもの」
「そうかい、じゃぁきれいに仕上げてやるべぇね」
「おばあちゃん、どうしてお祭りの日は化粧をするの?」
「そうさね、それは馬鹿にされねぇためだべなぁ」
「馬鹿にされないため?」
「そうさ。わらしゃ(童)生まれて間もねぇ、この世とあの世を行った来たできる危うい生き物さね。んだがら、惑わさんにようただのわらしじゃねぇもんに扮装すんだよ」
祭りの夜は、神さまが気まぐれを起こす。この世に落とした人の子を、手元に戻そうとカドワカス・・・・なだめすかして惑わせる。無垢な子どもは染まりやすい。よからぬことを企む妖しきモノが、神の名を借り悪に染めることもある。
祭りの刻は善し悪し無礼講。この世のあらゆるモノが入り乱れ、神も獣も人も妖しきモノもすべてが集う。子どもはあの世の賜り物、大事に大事に致しましょう。
「化粧をしないとどうなるの?」
「そうさなぁ…オカクレサマに連れでいがれちまうがもしんねぇなぁ」
「オカクレサマ?」
「連れでいがれちまったら最後、もうおとうさもおかあさも会えなぐなっちまぁなぁ」
「え~そんなのいやだぁ」
「んだがら、ちゃんと化粧すんだよ」
「ふ~ん」
「オカクレサマに連れて行かれたら、どこにいくの?」
「はぁて、行ったごどねぇがらわがんねげっちも、おっかねぇどごさ連れてがれんだべよ」
「おっかないところって?」
「はぁて、行ったごどねぇがらわがんねげっちも、夜のような真っ暗でなぁんもねぇどごが、地獄のような鬼がいるような、そったらどごがもしんねぇなぁ」
「おっかないね」
「おっかねなぁ」
昔、祭りの前日の夕暮れ時に、大人たちが火を囲んで神さまに備える餅つきをしていた時のこと。ふと、静寂に見舞われ、すぐ脇で遊んでいた子どもらが風のようにぷいといなくなってしまったことに気づいた。
大人たちは慌てた。「オカクレサマ」が現れたと口々に言い、村の大人総出で子どもらを探して回った。
山の上、森の中、村はずれ、暗くなり松明を持ち、大声で子どもらの名前を叫んだ。そうしていよいよ丑三つ時になり、よもや子どもは「妖しきモノにさらわれた」のだと観念し、皆がムラオサの家に集まった。親たちはさめざめと泣き崩れ、他の大人たちももう祭りどころの騒ぎではなくなり、夜が明けても祭りはできない…と話をまとめたところだった。
その時、ムラオサの家の天井で「どん、どん」と大きな音がふたつなった。大人たちは恐れおののきながらも天井裏を見た。すると、さらわれたとも思った子どもらが天井裏に倒れていたという。しかもなにやら化粧をしたように真っ白な顔で…。
聞けば、餅つきの傍らで一陣の風が吹いたかと思いきや、杉の木の陰から子どもらを呼ぶ声がしたという。子どもらを呼んだそのモノは、人のようで人ではないような、祭りの時に村の外からやってくる「見世物商売」の化粧をした輩のようだったという。
そのモノは子どもらを手元に呼びつけると、風のように梢を渡り、矢のようにくうを切って祭りの様子を見せてくれたのだという。祭りはまだ始まっていないというのに…。
そうして最後に、たらふく「餅」を食わせてもらったと言った。普段は食べたことのないような米だけでできた柔らかい餅をたらふく食べたと言った。食べ終わると、どこかへ行こうと手をひかれた。だが、そのモノは、餅を食ったあとの子どもらが見えていないかのように、必死に子どもらの体をつかもうと大きな手で手探りを始めた。いよいよ子どもらは「なにかがおかしい」と思い、必死で逃げた。どこにいるのかもわからないようだったが必死に走り、真っ暗闇に落とされた。
目が覚めると、ムラオサの家の天井裏で大人たちが皆、自分らの顔を不思議そうに覗きこんでいたのだそうだ。
どうやらそれは、やはり「オカクレサマ」だったようで、餅を食ったあとの子どもらは餅の粉で祭りの化粧をしているようになり、事実上「童じゃないモノ」に変身したように見えたのか、さらわれずに済んだという…嘘のようなホントの話。