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本の世界を地でいく (#読書日記) 

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』
(三宅香帆 集英社新書 1212B 2024年4月)

これは面白そうな本だなあと思って購入したのが今年の6月ごろ。
読み終わったのは今日8月16日。
この本が言わんとしていることをしっかりそのまま実践したような読書になりました。

実は一度読み始めたのですが、どうにも頭に入らない。なんとなくぱらぱらっと読むだけではなんだかわからないことが多いな、と思って今日はじっくり腰を据えて読んでみました。
なぜ働いていると本が読めなくなるのか。私自身のことで言ったら「なぜあんなに好きだった江國香織の新作発売に気づけなくなったのか」「大好きだった小説が読めなくなったのはどうしてなのか」「仕事に関連する本は少し高くても買うのに、なぜ小説のハードカバーを買うことに躊躇するようになったのか」などなど、本に関する自分の内なる問いに答えが見えた気がします。

本書では、本が読めなくなることを就職と繋げていて、それは自分自身も本当に身に染みてわかります。本が読めるのは通勤時間だけ、図書館に行く時間もないという20代のころ、仕事帰りに駅前の23時まで開いているブックオフに行っては推理小説を買い、片道2時間の通勤時間にガンガン読んで、読み終わったものを元手に新しいものを買うまでして読んでいたこともあります。しばらくして実家を出て結婚して、生活環境が変わるとさらに本が読めなくなりました。その後は仕事で必要な本はなんとかして読むけれど、特に小説はほとんど読まなくなりました。なぜか、物語の中に入り込めなくなったのです。

就職して25年も経つと、それ以外の理由も出てきました。まず、通勤時間が短くなったこともありますが、携帯電話からスマホに変わると同時に得られる情報量が変わり、スマホを見ていると本を読む暇がなくなってしまったこと、その上、目がしょぼしょぼして特に帰り道の電車では揺れる中で本を読む気にならないこと、さらに、寝る前にふとんに入ってから本を読もうと思うと、五十肩が痛い!こと。結局本を読むためにはきちんとした座り方をして読まなくてはならないとなると、その時間が取れないのです。

「自分から遠く離れた文脈に触れること」が読書であると本書では述べています。仕事以外の文脈が取り入れられないほど、全身全霊で働くことで読書ができなくなるという分析に、思わずメモをとるほど納得しました。

でも、スマホでパズルゲームをする時間はあるのです。というか、何も考えたくない時に、私の心の隙間にするっとパズルゲームが入り込んでくるのです。本書では、映画「花束のような恋をした」の登場人物が、これまでは本を読んでいただろう時間に、スマホでパズドラをして、読む本は自己啓発書になったという話が出てきますが、全く納得です。ゲームするぐらいなら積んである本を読みゃあいい、と自分でも思うのですが、本を読んでも頭に入らない。スマホのパズルゲームのような単純作業に集中することで仕事やその他のことを一旦リセットできるからまた手を出してしまう。そしてゲームをしばらくやっていると目が疲れて本を読むどころではなくなる、の繰り返しです。それがこの本を読むのに2ヶ月以上かかった理由でもあります。仕事に打ち込んでいる時、具体的な情報や単純作業以外のことが、頭に入らなくなるしできなくなる気がします。

この本、本当に面白かった。
読書って本当はものすごくエネルギーのいることだったんだ、と再確認しました。全身全霊で働いて苦しくなるぐらいなら、半身で働いて(お金を稼ぐということだけではなく家事や介護も含めて)、半身で読書(だけでなくても、自分がやりたいこと)をして、長く元気でいたいもんだなと思いを新たにした1冊です。「なんか最近、本読んでないな〜」というみなさま、この本で自分の読書や、働き方、はたまた生き方を振り返ることができますよ。よろしければぜひ、お手にとってみてください。



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