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短編小説 主任と部下 【BL】15年後の同窓会 その3.5 スピンオフ
きれいな人が、好きだ。
ぶっちゃけ、「きれい」であれば、男も女も関係ない。
だけど、恋愛対象は女性。
どれだけ「きれいな男性」がいたとしても、それは鑑賞して楽しむものであって、そこに恋愛感情はわいてこない。
だが。
高校を卒業後、今の会社に入社した時から、その認識は変わってきている。
岩下唯志主任。
俺の直属の上司である。
入社した時から、ずっとお世話になっているこの上司…
俺がこれまで見た、どの男性よりも「きれい」なのである。
きれい、といっても女性っぽいわけではない。
「カッコイイ」ともまた違う。
例えるなら、完璧に作られた菩薩像のような。
…ちょっと違うか。
入社したての頃は、その顔を見ているだけで幸せだった。
きれいな顔は、俺の心を和ませてくれる。
しかし。
仕事を教えてもらったり、一緒に仕事をしたりするようになって、少しずつ主任の人間性にも惹かれ始めた。
どちらかといえば、主任は器用なほうではない。
営業の仕事をしている割に、口下手なのだ。
にもかかわらず、顧客や取引先からは絶大な信頼を得ている。
それは、主任が「真面目」で「誠実」だからだ。
俺に対しても、その姿勢は変わらない。
仕事でミスをしてしまった時は、きちんとフォローしてくれる。
またうまくいった時は、ほめてくれる。
そんな主任に、俺が少しずつ惹かれていったとしても…
仕方のないことだろう。
入社して1年くらい経ったころ、俺にも彼女ができた。
合コンで知り合った、同じ年の女の子だ。
1年半ほど付き合ったが、結局別れてしまった。
見た目は可愛い子だったし、性格も悪くなかったのだが…
彼女とのデートより、主任と一緒に仕事をしている時間の方が、楽しかった。
もっとも主任には、奥さんがいた。
見た目、人間性に惹かれるものはあっても、相手は既婚者だ。
どうこうしようとは思わなかったし、まして同性だ。
いうなれば、「リスペクト」。
尊敬する、好意の気持ちを含めた敬意を払う、といったところか。
これが、主任に対する気持ちの、妥当なところだろう。
しかし…
主任は半年前に奥さんと離婚した。
その時、俺はふと思ってしまったのだ。
「主任と付き合いたい」
と。
相手は同性。
わかっている。
でも、仕事を離れたプライベートの時間も、主任と一緒にいたい。
休みの日は、どこかに出かけたり…
旅行に行ったりしたい。
恋愛感情、とは少し違うかもしれない。
でも、友達でも後輩でもない。
まぁ、いいや。
とりあえず今日は、職場の飲み会だ。
料理屋の座敷で、運よく主任の隣の席に座ることができた。
俺はチビチビとウーロン茶を飲みながら、主任の横顔を見る。
「ん?向井、どした?」
俺の視線に気づいたのか、主任がこちらを向いた。
もうかなりアルコールが回っているのだろう。
主任の顔は、赤く染まっている。
「いや、何もないっす。…主任、だいぶ飲んでるでしょ?顔、赤いですよ?」
主任は、それほど酒に強くないはずだ。
にもかかわらず、気分のいい時は飲む量が増える。
これまでの飲み会でも、そうだった。
「そう?赤い?」
首をかしげて、主任はヘラっと笑う。
ダメだ、可愛い。
「もうそろそろ、ヤバイんちゃいます?何なら俺、今日は飲んでないんで送って行きますよ」
どうせなら、持ち帰りたいところだが。
さすがに、そうはいかない。
「じゃあ…そうしよかな…」
「ちょっと俺、課長に挨拶だけやっときます。今日は課長のオゴリなんで」
「あ、俺も…」
「主任は立ったら危なそうなんで、そのまま座っててください。よろしく言うときますから」
座敷の奥で飲んでいた課長に、とりあえず先に抜ける旨を伝える。
主任が飲みすぎたので送って行く、と言えば課長はイヤな顔はしなかった。
「主任、出ましょか。立てます?」
「んー、いける」
立とうとして、主任はふらついた。
その足元が、怪しい。
「主任、俺につかまって。駐車場まで、とりあえず歩いてください」
俺は主任の腕をつかむと、自分の肩に回した。
そして一緒に立ち上がる。
そして、どうにかこうにか、主任を車に乗せることができた。
「主任のマンションって、中町でしたよね?」
主任の住む部屋へは、一度だけ行ったことがある。
といっても、仕事の書類を届けただけだが。
「あー…今、ツレんとこにおるねん。北町のほう…」
ツレのとこ?
ルームシェアでもしてるのか?
とりあえず主任に番地を聞き、カーナビをセットする。
ナビの表示を見ると、ここからは10分ほどの道のりらしい。
「ほな、行きますよ」
シートベルトを締めて、俺は車を発進させた。
「向井、すまんな…」
シートにもたれ、主任は目を閉じている。
「いえいえ。主任のためなら、俺は何だってやりますよ」
俺は、本気でそう言った。
「てか、主任今、友達と一緒に住んでるんですか?彼女とかじゃなく?」
「うん…まぁ、中学ん時の、同級生やねん…」
なぜ、今になって中学の同級生と一緒に生活をしているのか。
少し、気になる。
確か、前の奥さんと離婚してからは、一人暮らしだったはずだ。
…どういう関係なんですか。
聞きたかったが、やめた。
ほどなくして、目的地に到着したことを、ナビが告げた。
目的地は、田んぼの中の一軒家だった。
割と大きな家で、表札に「北浜」と書かれている。
「主任、ここで間違いないです?北浜、て書いてますけど」
車を停め、一応確認する。
「うん…それで合ってる。ごめんな、ありがとう。今日はお疲れ様…」
主任はそう言って、車を降りようとした。
だが、やはり体がふらついている。
俺は車を降り、助手席のドアを開けた。
「主任、俺につかまってください。歩けます?」
「あ…うん。悪いな」
居酒屋を出た時と同じく、俺は主任を支えながら玄関まで歩いた。
主任の重さが、少し愛しく感じるのは気のせいか。
主任が、玄関の引き戸を開ける。
「ただいま~」
しばらくすると、長身の男性が奥から現れた。
この人が、主任の言う「同級生」か。
「主任、大丈夫ですか?歩けます?」
いつまでも、俺が支えているわけにはいかない。
「うん、いける。たぶん、あるける」
主任がそう言うので、俺は主任を離した。
だが次の瞬間、細い体がよろめく。
とっさに受け止めたのは、主任の同級生だった。
「あ、すみません。僕、岩下主任の部下で、向井といいます。主任、ちょっと飲みすぎたみたいで…」
とりあえず、挨拶はしておかねば。
「送ってきてくれたんや、手間かけさせてしもたな」
主任の同級生は、俺に対し軽く頭を下げた。
「いえいえ。主任、大丈夫ですかね?」
主任は、同級生の両肩に抱きついた形になっている。
何これ。ちょっと妬ける。
「あ、いけるいける。後は何とかするから。ほんま、ありがとう」
主任の体をしっかりと抱きかかえ、同級生はにっこりと微笑んだ。
ダメだ。
俺なんかが太刀打ちできる相手じゃない。
悔しいがカッコイイ!!
「ほな、よろしくお願いします」
それだけ言って、俺は玄関を後にした。
同級生の腕に、しっかりと抱かれた主任の姿を見ていられなかった。
おそらく彼は、主任のことが好きなんだろう。
いや、それだけではない。
とても大事に思っているのだろう。
…俺の完敗だ。
だが、悪い気分ではなかった。
主任のことを大切に思っている人がいる。
主任もまた、彼のことを信頼しきっている。
主任が幸せなら、俺はいい。
俺はこれまでと同じ、「部下」として…
あのきれいな顔を愛でていよう。
そのくらいなら、許されるはずだ。
妙に爽やかな気分で、空を見上げると…
満月が冴え冴えとした光を放っていた。
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