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視覚障害を持っていたピアノの先生

私は、小学校入学と同時にピアノを習い始めました。

週に1回、土曜日の午後。
当時習っていたのは、まだ若い女の先生でした。

「学校の先生みたいに、上手にピアノを弾きたい」

と思っても、ピアノは一朝一夕では弾けません。
まずは、子供用の楽譜から始まり、少しずつステップアップする必要があるのです。

当然、毎日の練習は必須です。

しかし、小学生だった私は…
友達と遊ぶことを優先させました。

練習をせずにレッスンに行くことも、しばしば。

それでも何とか、小学6年生の頃に、初級の「バイエル」を終えることができました。
バイエル卒業まで、実に5年半。
長すぎです。

練習はあまりしませんでしたが、ピアノのレッスンを辞める気はありませんでした。

小学校からピアノを習い始め、すぐに辞めた友達もいましたが…
私は、ピアノだけは続けました。
(珠算は3級まで取って、速攻で辞めました)

高校生になっても、ピアノは続けていました。
なぜか。
せっかく買ってもらったピアノを無駄にするわけにはいかない、私はそう思っていたのです。

そして、高校生になる頃、ピアノがとても楽しくなりました。
高校入学と同時に、先生が替わったからです。

中古のグランドピアノを買ってもらい、その時に楽器店の方から先生を紹介してもらいました。
それが、H先生です。

H先生は、音大を卒業して間もない、若い先生でした。
しかし、クラシック一辺倒ではなく、「私が弾きたい曲」をレッスンしてくれました。

当時、ジブリの世界にハマっていた私は…
迷うことなく、久石譲さんの楽譜を選びました。

その後2年ほど、私はH先生のレッスンを受けていました。

転機が訪れたのは、高校3年生の時です。

いよいよ、音大に受験するかという話になり…

「でしたら、音大コースの先生の方が良いですね」

と、楽器店教室の担当さんに言われました。

その時に紹介してもらったのが、最後の先生となるI先生です。

レッスンは教室ではなく、先生の自宅ということで、私は先生のご自宅にうかがいました。

レッスンは、玄関わきの部屋ということで、そこに案内されました。

当時I先生は、50歳くらいだったでしょうか…。
白髪交じりで、目にはサングラスをかけていました。

「ああ、私は目が見えませんのでね」

最初に、I先生はそう言いました。

I先生は、ガッチガチのクラシック弾きでした。
現代曲は、レッスンしてもらえませんでした。

しかし私は、I先生のおかげで、クラシックの楽しさを覚えたのです。

新しい曲を開始する時、I先生は最初に「お手本」として曲を弾いてくれました。
その演奏たるや…

面白みのない「練習曲」も、たいくつだった「ソナチネ」も、I先生が弾くと「感動すら覚える」ほどの名曲になったのです。

がぜん、やる気が出ました。
…しかし。

クラシックの曲をピアノで弾く場合、「指番号」という指定があります。
親指は「1」、人差し指は「2」、中指は「3」、薬指は「4」、小指は「5」となっています。

指番号は、音符の上(あるいは下)に記載されています。
「この音はこの指で弾いてください」
という意味合いです。

クラシックは、指番号を守ることが重要なのです。
指定された指番号で弾くことにより、スムーズに曲が弾けるからです。

しかし私は…
「指番号」を見るのが苦手でした。

つい、自分が弾きやすい指で、鍵盤を叩いてしまうクセがあったのです。

つまり、曲の「音」は間違っていないけど、「指」は違っている。
そんなことが、多々ありました。

「多恵さん、今、指間違えたやろ」

よく先生に指摘されました。

「先生、本当は見えてるんちゃいますん」

と言いたくなるほどに。

目が見えない人は耳が敏感になる、という話を聞きます。
I先生も、まさにそれでした。

「音」は間違っていないのに、微妙なタッチが違っているんでしょうね。
先生は、それを正確に聞き分けていたのです。

私がI先生にピアノを習っていたのは、2年ほどでした。
結局音大には進学しませんでしたが、就職してもピアノは続けていました。

先生のお宅には、レッスン用の古いピアノのほかに、「スタインウェイ」というピアノがありました。

高い物だと数千万。
安い物でも1千万はくだりません。

そんな「憧れのピアノ」が、先生のお宅にあったのです。

「いつか多恵さんが上手くなったら、弾かせてあげるよ」

と、先生は言いましたが…
弾かせていただく機会はないまま、私は仕事の忙しさを理由に、レッスンを辞めてしまいました。

後でわかったことですが、I先生はもともとはピアニストとして、世界中を回っていたんだそうです。

今はどうなさっているんでしょうか。
記事を書いていると、もう一度I先生のカッコいい練習曲を聴きたくなりました。



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