「鬼太郎」が好きな理由
1.好きな物事には全てに「好きな理由」がある。
インターネットが世界に普及し、ITの著しい進歩の為、なんでも情報が手に入り簡単に世界へ発信できる現代。私が高校生の時は担任の教員から「FacebookなどのSNSは個人情報がすぐに特定できてしまうから使うな」と学校に止められていたにも関わらず、現代はそんなことお構いなしだ。
今回こうして記事を投稿しようと思ったきっかけは尊敬するベーシストが、「ミュージシャンは常に周りに話題を提供していかなければならない」と言っていたからだ。私はボーカルではないし歌がないバンドをしている。だからこうして自分の言葉や思いを世界に発信できるツールが出来たからこそ、学生の時の自分からすれば少し尺だが、逆にそれを大いに活用して行こうと思う。
この場では私の好きな「サブカル」にフォーカスして魅力を発信する。本や映画などの良さを伝えて、見てくれる方々に面白そうと思ってもらえれば幸いだ。題名は必ず『「〇〇」が好きな理由」』とする。好きな物にはそれが「好きな理由」があって、それを掘り下げて書くための場所だからだ。
2.「鬼太郎」が好きな理由について
今回は「鬼太郎」。幼稚園から小学生の頃にかけて4期のアニメーションが放送されており、それを見たのがきっかけだ。
妖怪は種類がとても多く知れば知るほど面白い。寝ている人の枕をひっくり返す「枕返し」、正体は気体で取り憑いた人を牛鬼にしてしまう「牛鬼」。牛鬼は、牛鬼を倒した者に再び取り憑き復活し、倒すことが不可能である。
鬼太郎本人については、指鉄砲も今や霊気を指先に込め発射しているアニメーションに対し、漫画では指先そのものが飛んでいき後で指が再生するという武器だった。また悪い妖怪を退治するという設定は、やはり子供心をくすぐるものがある。
3.「正義のヒーロー」ではないということ
妖怪が沢山いる、ヒーロー要素などの魅力なら少し漫画やアニメーションを見れば分かるだろう。それぐらいなら私もTwitterでわざわざハッシュタグをつけて毎回放送が終わった後にツイートしたりはしない。本当の魅力は別にある。それが副題につけた
「正義のヒーロー」ではない
ということ。一般のヒーローものであれば悪者が出てきてそれを倒してハッピーエンドを迎える。
それとは別に鬼太郎は「見限る」という行為をする。人間と妖怪、両方の立場を理解した上で、どうしようもない者は見限る。事件を解決せず放っておく。時には悪いことをした相手に対して仕返しをする。先日放送が終了したアニメーション6期ではそれに加えて、現代社会の闇を顕著に描いたストーリーがあり見どころの1つと言える。
善悪ではない「中立」という立場が、ゲゲゲの鬼太郎という作品を観るにあたって重要な視点になってくると考えている。
4.益々必要になってくる鬼太郎、そして水木しげるワールド
アニメーション1期が1968年に放映されてから50年以上が過ぎ、今やお年寄りから子どもまで鬼太郎を知らない人はいない。しかしながらライブハウスの現場で他の共演者と話をすると名前は知っているが、内容は知らないという人が多いというのも現状である。
SNSも発展し、それに加えて自粛期間でもあり、人と対面で話す機会が少なくなっているのが現代社会である。そんな時、鬼太郎というちょっと変わった話題を持ち出してみたり、水木しげるワールドの様なユーモアを常に持ち続けて、楽しく愉快に生活を送るべきと私は常に考えるのである。