【日記】延々の応用態
何の気無しにテレビを見ていた。
芸能人が行きつけの店のおすすめメニューを紹介する…みたいな企画をやっている。
美味そうな酒の肴。
その横に表示されたテロップに、僕は目を疑った。
…あぁ、ついにここまできたか。
常々、『延々と』と言うべきところで『永遠と』なんて表現をする人に違和感を覚えていた。
とはいえ、これだけたくさんの人が使っているのであれば『永遠と』も一つの表現として定着していくだろうとも思っていた。
思ってはいたが。
…事態は僕の想定を遥かに超えていた。
本来『延々』がタリ活用であることを考えれば、上述のテロップは次のようになる。
これなら直感的にも違和感がない。
でも実際に放送されたのは、
誤ってナリ活用されたこっち。
みんな『永遠と』の誤用に慣れすぎて、活用形の認識がぐちゃぐちゃになり始めているのだ。
しかもこれ、公共性の高いテレビで使われているということは個人レベルでは既に『延々に』が定着しつつあるのでは…!?と思い、
Xで『延々に』が使われているポストを検索。
ザッと目を通しただけで、こんな用例がゴロゴロ出てきた。 (さすがにポストのリンクを貼ると晒し上げみたいになるのでやめた。気になった人は各々検索してみると面白いと思う)
…僕は今、言語のドリフトというものをリアルタイムに目撃しているのかもしれない。
僕が言語学におけるドリフト(駆流)について知ったのは「ゆる言語学ラジオ」の以下の回だ。
にわか仕込みの知識ではあるが、この『延々に』に関する日本語の変化は動画の中で水野さんが語っていたドリフトのメカニズムと重なるところがある気がする。
「個人の (言葉の使い方の) 変異がなぜか一致しており、その小波が集まり大きなドリフトになる」
最初はおそらく『えんえん』と『えいえん』という音の近さから始まった小さな混同が、同時多発的に生じたことで単語の活用形まで変化させる大きな波になりつつある。
やっぱり、言葉って生きてるんだなぁ。
…どっかで「延々じゃないんだと、ないんだと云フ」ってくだりブチ込みたかったんだけどスベリ倒す予感がしたのでやめた。英断。