見出し画像

【日記】何味噌?


『脳味噌』という表現がある。

成り立ちは知らないが、
おそらく脳の質感を味噌のネットリとした感じに例えた比喩なのだろう。

このインターネット社会。
やや悪趣味ではあるが生物の脳味噌を見る機会がなくはない。

取り出してからの経過時間にもよるだろうが、
僕が見たことのある脳味噌は白っぽくてプルプルしたものが多かった。


それで思ったのだが、

コレを脳『味噌』と表現するのは厳しくないか?

普通、『味噌』と言われて連想するのって茶色いペースト状↓アレ↓だろう。

いらすとや 『味噌のイラスト(赤味噌)』


こんな感じの。

どちらかと言うと、脳実物の色味に近いのは↓こっち↓

いらすとや 『味噌のイラスト(白味噌)』


白味噌である。


となると…

『脳味噌』という比喩を使い始めたのは白味噌文化圏にいた人たちなのでは?


と思ったのである。


上記リンクの地図を見てもらうとわかりやすいが、大体西側に白っぽい味噌が多く存在する。

このマップで白味噌の代表的な産地とされているのは

近畿各府県と岡山、広島、山口、香川

とのこと。


白味噌の影響が強い地域は分かった。

あとは実際に『脳味噌』という言葉を使っている用例の古いものを紐解けばいい。


使用するのは国立国語研究所が提供している『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)。


1970年代以降のさまざまな媒体に収録された単語の用例を調べられる優れものだ。


下記は『脳味噌』と、表記ブレを考えて『脳みそ』『脳ミソ』で検索をかけたものを総合して収集したデータである。

出てきた用例は三つの表記の合計で244件

一番古いものが1983年発行の書籍だ。

1983年 1件
1984年 0件
1985年 1件
1986年 2件
1987年 2件
1988年 1件
1989年 3件
1990年 8件
1991年 6件
1992年 3件
1993年 1件
1994年 5件
1995年 2件
1996年 4件
1997年 2件
1998年 5件
1999年 3件
2000年 5件
2001年 29件
2002年 16件
2003年 22件
2004年 25件
2005年 39件
2006年 0件
2007年 0件
2008年 59件


検索範囲が1971年~2008年の各媒体であり、71年~82年には1件もなく、83年~08年までほぼ途切れることなく用例があることと基本的にずっと増加傾向にあることを考えると、少なくとも書き言葉として『脳味噌』類の表現が出始めたのが83年という仮定はそこまで外してはなさそうだ。


この83年の用例について詳しく調べてみよう。

…『彼は血に腫れあがった獣を国で狩る昼間中、町をむさぼり喰い脳みそを飽くほど喰い悪しき欲望をもって大地を引き裂いた獣』…

唐 十郎(著) 『佐川君からの手紙』より 1983年

不思議な文章だ。
前後の文脈があってもよく分からないが、
しっかり『脳みそ』という表現が使われている。


著者の『唐 十郎』さんについて調べてみよう。

唐 十郎(から じゅうろう、1940年2月11日 - 2024年5月4日)は、日本の劇作家・演出家・俳優。本名:大靏 義英(おおつる よしひで)。

(中略)

東京府東京市下谷区下谷万年町出身。明治大学文学部文学科演劇学専攻卒業。作家としても活躍、『佐川君からの手紙』(1981年)で芥川賞を受賞。


東京じゃん。

いや、ひょっとしたら親が白味噌圏出身だった可能性も…と思って調べてみると、お母様は福島県の方だった。

全然赤味噌圏だ。

お父様はどこの出身か分からなかったが、本名の苗字『大靏』について調べるとこんなデータが。

【名字の由来解説】
現大分県中南部である豊後国大分郡大鶴村が起源(ルーツ)である、大神氏がある。


ルーツは大分にあるのか。

大分を含む九州地方で主流なのは麦味噌であり、
麦味噌は比較的白っぽい。


…いやぁ、ちょっと苦しいなぁ。

やや恣意的な感じがある。


次いで古い用例、1985年のものを見てみよう。

…『ああ、何だか頭の中の脳味噌がブンプクグズグズと煮えてきた。』…

井上 ひさし(著) 『腹鼓記』より 1985年


あ、この人ってルロイ修道士の人じゃん。


井上ひさしさんの出身は…

1934年11月16日、井上靖と競った文学青年の井上修吉を父とし、井上マスを母として山形県東置賜郡小松町中小松(現・川西町)に生まれる。


ゴリゴリ東北地方。

お母様は神奈川県小田原市のご出身。

いずれも赤味噌圏内。

これに関してはこじつける隙もない。


次、1986年の2つの用例。

…『スポーツマンが勤め先で奨励優遇されるのも、脳味噌が単純で、使いよいからにすぎない。』…

小山 觀翁(著) 『古典芸能うけうり指南』より 1986年


脳味噌がどうとか以前に、とんでもない主張してんな。
スポーツマンに恨みでもあったのだろうか。


東京都のご出身だった。

次。

…『また、恐竜は小さい脳みそのわりに、脳のしたがわにある「下垂体」(図91)とよばれて、』…

井尻 正二(著)/後藤 仁敏(著) 『恐竜の世界をたずねて』より 1986年


井尻さんは北海道小樽市出身。


後藤さんは愛知県出身。

…関係ないなこれ。

逆にここまで白味噌圏外すことある?


よくよく調べてみると、

精選版 日本国語大辞典 「脳味噌」の意味・読み・例文・類語

[初出の実例]「天竺の(うそ)つきは、唯我独尊と頭がちの脳(ナウ)味噌を上げ」
(出典:談義本・根無草(1763‐69)後)

1986年から200年以上古い用例が余裕で出てきた。


これはもうお手上げだ。


暇があったらもうちょっと調べてみるかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!