スタンドバイミー函館②「競馬場五人抜き」
競馬場五人抜き
「もういいかい」
「まあだだよ」
「もういいかい」
「もういいよ」
観客がいないせいか声が反響する。
お決まりのかくれんぼである。
しかし隠れる場所は競馬場の観覧席である。隠れると下の芝生広場から見上げてもわからない。鬼は観覧席に上がり一列一列探し回る。私達隠れる方は鬼の足音を聞いて、列を移動して見つからないようにする。
競馬競技が開催されてない時の遊びの一つである。親友の寄本と遊びに来た。ここ函館競馬場は我々近所の子供たちの遊び場である。
市電湯の川温泉停車場の二つ手前で、私たち小学校の学区域にあり、競馬場と、競輪場、それに競馬場と接して保安隊(現自衛隊)の駐屯地もある。
ただパチンコ屋は1件もない学区域である。
今日は天気が良く、同級生も来ていた。内田のグループ3名と川島、小林の女子達である。
「みんなで遊ぼうよ」
「よし、何する」
「かくれんぼしようよ」
「かくれんぼか、まあいいか、やろう」
と始まった。観覧席は広く私たちだけでだれも居ない。探しに来る鬼の足音が響く、よく耳をそばたて、静かに移動する。
鬼がしばらく見つけられないときは、「トントントン」と、
わざと音を出して、位置を知らせたりもした。
女子が鬼の時はなかなか見つけられず、すぐに「こうさん、こうさんよ、出てきて」と叫んだ。
内田が鬼の時はみんなすぐに見つかってしまう、内田は靴を脱ぎ裸足で上がって来る。それも速い。さすがだ。しばらく遊んだあと内田が
「米谷、馬場に入ってトランボ取りやらないか」
かくれんぼ飽きてきたので「いいよ、やろう」
「誰が一番でかいのを捕まえるか競争しようぜ。」 「分かった。寄本もいいよな」
「OK」女子達と別れて、柵を越えて馬場に入った。
「バタバタバターー」「バタバタバターー」
私は胸を手で叩いて、競馬場の競走馬が走る芝のコースの中を走りまわった。この競馬場は観覧席から函館山と海が望める景観抜群である。今日は競馬はやっていない。やってない日の方が多い。馬場で遊んでいても禁止や注意をされたことがなかった。
また「バタバタバタ」「バタバタバタ」と胸を叩き音を出す。
これは「トランボ」を追い出す音である。私達は「トランボ」と呼んでいるが、正式名称は「殿様バッタ」である。
音を出すと、トランボがサーと10m、20mと飛び立つ。追いかける、今日は虫取り網を持っていない。野球帽を片手に持って走る、追いかける。近づいて捕ろうとすると、飛び立ち逃げられる。追いかける。その繰り返しでやっと捕まえる。
「寄、捕まえたぞ、大きいぞ」
「どれどれ見せて、うん、これは大きい」
緑色の体で15センチはあろうか大きい。
手で掴んでみるが、足のバネが強く、しっかり掴んでいないと、指を振り払い逃げてしまうすごい足の力である。
内田達を見ると、あちこち駆けずり回り、トランボを追い出している。
そして追いかけている。ただトランボが飛び立つと同時に、内田は走る、追いかける、早い、もう何匹かは捕まえたようで、比べて、小さいのは逃がしている。いよいよ比べる時が来た。
私は先ほど捕まえた大型のトランボ持ち
「寄、これなら勝てるかな」
「勝てるよ、大丈夫」
野球帽に入れたトランボを、それぞれ持ってきた。
まず僕が野球帽から出ししっかりつかみ内田達に見せた。
内田も同じくしっかりつかんだトランボを出してきた。どっちが大きいか、みんなじっと見比べる。
「引き分けだな」
と言うと、
「いや、俺の方が少し大きい」
と、譲らない。
「わかったよ」
こんなことでけんかしてもしょうがないので折れた。
競馬場は自然がいっぱいである。
サークルの中は、草が生い茂り、野いちごを採ってつまんだりした。
空にはそれこそ天高くひばりが鳴き、機を見てスーと降りてくる。
このひばりの巣を見つけるのも遊びのひとつである。
又内田が言った。
「ひばりの巣を見つけよう」
と、すぐに駆け出した。
私はひばりの降りたところには巣はないと知っていた。ひばりもさるもの、そこから少し離れた所に巣を設けている。私と寄本は慎重に探した。
「あった」
寄本の声
「どれどれ」
確かには茶色い卵が3個ある巣を見つけた。
内田達も来て、巣の中の卵を見て。
「これ、俺にくれないか、家でヒナに孵してみたいんだ。どうだ」
ぼくと寄本は顔を見合わせ、
「ダメだよ、見つけるだけでそのままにして置くよ、取ってしまってはひばりがかわいそうだよ。」
内田は残念そうな顔をしながらも
「チェ、しょうがない」と、あっさりあきらめてくれた。
内田達と別れ、さらにサークルの奥に入った、サークル内に水溜りもある。オタマジャクシがいっぱいいた。
その中の池のような大きな水溜りに行った時、
「あっ、あれは何だ」
「あれだよ」
「あれ!」
「えっ、トカゲ」
「恐竜の子供!」
それは池のほとりで、今にも水に飛び込もうとしている大トカゲのように背中にギザギザがある生き物である。
「シーシー、シーシー」
そっとそっと恐る恐る近づいていった。 「えっ」
「なあんだ」
「これかよ」
なんと枯れて曲がっている古木である。
枯れ木が本当にトカゲか恐竜の子どもに見えていた。たまらなく可笑しく、二人でしばらく笑い転げた。
今日は遠足である。
函館山の麓、護国寺前での写生遠足である。
「今みんなが見ている景色、内地本州と大きく違う所がある。どこだろう」
「山があり、両方に海が迫っている」
「電車が通っている」
「電車の有る町は、内地にも多くある。それと地形ではない。町全体、家、住宅をよく見て」
「大きい家、小さい家、赤い屋根の家、青い屋根の家、2階建ての家、わからないな」
みんなしばらく見ていたが、首をかしげるばかりだった。
「煙突だよ。どこの家にも必ず煙突がついているだろう。みんな普段見慣れて、これが普通と思っているが、内地本州には、これだけ全部の家に煙突が付いている町はない」
「へえ、そんなものか、やはり東京から来た先生は違うな」 と、感心した。
護国寺の前庭からは、函館の街並み、函館港が眼前に広がっている。
連絡船も岸壁に横付けになっている。遠くを見ると、横津岳と優美な駒ヶ岳もくっきり見えている。
今日の遠足には、五月端午の節句なので、母が特別にベコもちを作ってくれた。木の葉の形をしている茶色のもちである。
確か版木に入れ、型を取ったものだ。餡は入っていないが、もち全体に甘みがある。
一段落して、仲良しの寄本と食べていると、向うから内田がやって来た
「うまそうだな、俺にもくれよ」
母は友達の分もと、多めに持たしてくれたので
「いいよ」
と、一枚あげた。
内田はクラスで一番足が速い。ドッチボールなどスポーツ全般得意な子で、クラスで一目置かれていた。
「おっ、ありがとう」
と、食べながら歩き出し、少し行った所で
「なんだ、もっとうまいかと思ったが、たいしたことないないな」 とつぶやき、残りの食べかけを、ポイと草むらに捨てて行ってしまった。
二人でその様子を見ていて、寄本は
「なんだあいつは、」
と、怒った。私は、せっかく端午の節句で、母が作ってくれたのに 「コンチキショウ」
「もう奴とは、遊ばないぞ、奴とは」
の思いが募った。
その頃私は懸賞に凝っていた。懸賞の応募には、それぞれのお菓子会社のマークが必要である。
家では応募するだけのお菓子は買えない。
そのため競馬場でキャラメル、チョコレートの空き箱を拾い、マークを集めるのである。
競馬場は家から近く、正面入り口から少し離れた所の柵を乗り越えたり、厩務員の人達が出入りする所から、隙を見て入る。
今回も簡単に入れた。今日は競馬開催日で、大勢の人が観戦に来ていた。
捨てられた馬券が、アスファルト一面に散乱している中、寄本といっしょに探しまくった。
「あった」
「こっちにもあった」
結構落ちていて、森永製菓のチューブに入っているチョコレートや、古谷、カバヤ、明治等のキャラメルの空き箱を集め回っていた。
突然
「米谷、寄本、お前たち何しているんだ」
と呼ばれた。
顔を上げると、あの内田がいた。
「ううん、なにも」
と言葉を濁すと、我々の手元を見て
「なあんだ、キャラメルの空き箱を集めているのか」、
「ごくろうだな」
「俺の空き箱もやろうか」
「いいよ、ところで内田、お前は何でここにいるんだ」
「親父と一緒に競馬を見に来たんだよ」
「またな」
と、言ってて去っていった。
そろそろ最終の競走馬が出走しそうな頃、
「残った、残った」
の声と、人だかりが見えた。
我々も行ってみると、観覧席前の芝生の広場で、子供たちが相撲を取っていた。
多分馬券で儲けたのであろう、少しお酒の入ったおじさんが、
「さあ、相撲で勝ったものに賞金だ」
と、キャラメルやチョコレートの入った、大きな菓子袋を持ち上げて誘っていた。
「いいか、三人抜いたら小さい袋、五人抜いたらこの大きな菓子袋だ」 「いいか、それ、それ、それー」
即席の小さな土俵、見渡すと知らない子がほどんとだ。
寄本が、
「米谷、お前やれよ、相撲強いよな、菓子袋もらえるよ」 私は、体は大きくないが、足腰の強さや腕の力には自信があった。 「やるか」
最初は二人を抜いていた私より少し体の大きな子と対戦した。
私が三人目で向うは気合いが入っていたが、しっかりと両方のベルトに手がかかり、熱戦の上何とか上手投げで倒した。
二人目は小柄な子で押し出した。
三人目は背が高くないが太った子で、これは強敵かと思ったが、意外にもろく、倒すことができた。
これで小菓子袋の権利ができた。でも五人抜きに挑戦だ。
四人目は体の大きな子で、多分学年も上のようだ、しかし頭を低くして当たり、前のベルトをつかみ、頭をつけて押し出すことができた。
あと一名倒すと菓子の大袋がもらえる。
三人抜きはいたが、五人抜きはまだ出ていない。
土俵の周りには子供達だけでなく、大人の人も大勢囲むようになってきた。
そして五人目が出てきた。内田である。目と目が合った。
運動神経抜群の内田で、私より5センチほど身長が高く手足が長い。
寄本は両手を握りしめ、こちらを見て、何度も何度もうなずいていた。 「見合って、見合って」、
の声、立った、早い、内田はさすがに早い,右のベルトを取られ寄られる、私もベルトをつかむ。
今度は左のベルトも取られいっきに土俵際まで押された。
こちらもぎりぎり両ベルトをつかむ。
押される。こらえる。弓なりになる。押される。
両ベルトを必死で握り、弓なりになり、右のベルトを強く引き体を少し右に向ける。
内田はそうはさせずと左に力を入れ一気に倒そうと覆い被さって来る。
その瞬間左に思い切り払いのけた。
内田の体と私の体が重なるように倒れた。
二人して行事のおじさんの顔を見た。
一瞬の間があり、
「うっちゃり、うっちゃり、君の勝ちだ」
おじさんの声、そして大袋の菓子をもらった。
「やったな、米谷」
寄本の声、五人抜きもそうだが、内田を破った思い、高揚している気持ちを抑えながら、寄本と一緒に観覧席の上段に上った。
競馬場から帰る人々の喧騒と共に、函館山に夕日が落ちようとしていた。海にその日射しが長く伸びてきた。
二人でしばらくただじっと眺めていた。
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