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改造詩人肆拾弐号「キネマ支配人の憂鬱」

油の切れかかったハンドルを力任せに回し、シャッターを下ろす

エントランスの絨毯に落ちたポップコーン

くしゃくしゃになった半券

ゴミ箱からは コーラの甘ったるい匂いがのぼる

閉店したキネマの劇場には静寂が充満する
それは
数えるほどの客しかいないときの静けさとは別種の
不思議な静けさ

黄ばんだレジスター

幾十年の反復によって 指の動きは洗練されていた
それはちっとも嬉しいことではなかった

札を数えるとき
硬貨のかたまりがジャララと音を立てるとき

惨めさの中に期待があり
その期待の中に  もっと重い惨めさがあるのだった

エントランスのばかみたいな照明

心底うんざりして  映写室へ逃げた

ケースに保管され  棚に並んだフィルムたち

部屋の真ん中に屹立する映写機

それはかつて
本当に 本当に素敵なものだったのに

電卓を打つ音と
穴の開いたコート

月世界旅行 モダンタイムス

ゴジラ 地球へ2千万マイル

変身忍者嵐

フィルムは夢を閉じ込めた秘宝だった

スクリーンはどこまでも続くもう一つの地平線だった

この世界の外側へ行ける唯一の場所だったキネマは

割に合わぬ商売道具になってしまった

毎月送られてくる紙に羅列された数字は

私の頭の  一番大事な機関をダメにした

世界の外側

少しでも近づこうとして

どこよりも遠いところに来てしまった

スクリーンの向こうには
埃まみれの壁があるだけだ


映写機が回る

ロケットが黒い空を進んでいく

歯車の上をチャップリンが走る

ゴジラが街を壊す

嵐が荒野を駆けていく

……


スプロケットがからからと音を立てる

レンズから放たれる光が 映写室をぼんやりと照らす

映画が終わるより先に

私をどこかへ連れて行ってくれないか

肉体から剝ぎ取られた意識が

何処へと流れていってくれないか


スクリーンの向こうには

世界の外側が広がっている

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