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丼茶碗に大盛りの自尊心

2022年5月8日。
大型連休最終日の夜、私は真っ暗闇の中に居
た。

遡ること更に3ヶ月前の2022年2月に、今現在も働いている事業所へ転勤、そして事業所に併設の社宅へ転居となった。

業務内容も今までと変わり、何もかもゼロから覚える日々。それだけでストレスが溜まるものだが、周りの環境もとても良いものとは言えなかった。その事業所及び社宅は北関東の山奥にあり、コンビニまで歩いて20分はかかる。徒歩圏内には古びたドライブインレストランしか無かった。超僻地勤務だったのだ。

山奥の閉鎖的な環境は、私の気持ちを暗くさせた。幸い職場の人達はみんな親切だったが、それ故に早く仕事を覚えて戦力にならねばと焦る日々。

配属から3ヶ月が経っても、なかなか仕事には慣れなかった。何かひとつ業務を覚えても、また更に覚えることが増え、先が見えないのだ。何より、どれだけ頑張って日々の業務に取り組んでも誰も褒めてくれない。社会人なんてそんなもんだと頭では分かっていても、ゴリゴリと自尊心は削られていった。自分は職場に居場所が無く、誰にも認められていない感覚がずっと胸にあった。

そんなこんなで話の時間軸を冒頭に戻すと、楽しいゴールデンウィークが終わり、東京の実家から山奥の社宅に帰ってきた私は、翌る日からの勤務に頭を抱えていた。

この憂鬱な気持ちを、何か美味しいものを食べることで忘れたい。
そういえば、社宅の隣にドライブインがあることを思い出した。
徒歩圏内にある唯一の飲食店。何かにすがるような気持ちで足を運ばせた。

昭和を感じさせる、洋風とも和風とも取れるピンク色の瓦屋根の一軒家の店。古びた大きな看板にはこれまた昭和なタッチでウエイトレスのイラストが描かれていた。

まるで数十年前から時が止まっているよう。本当に営業しているのだろうか…。恐る恐る店内に入り、ロースかつ定食を注文した。こういう時はガッツリした揚げ物に限るのだ。

「ロースかつ定食でお待ちのお客様〜!」
しばらくして、配膳口から料理を受け取る。

なんか…、全てにおいて量が多い。ご飯が入った茶碗なんて殆ど丼サイズだ。

黄金色に揚がったロースかつを一切れ口に入れた。衣はサクッサク、お肉は脂身たっぷりでジューシー。付け合わせの味噌汁の味も濃いめで、ツヤツヤほかほかの白ご飯がとにかく捗る。無我夢中でかき込んだ。何だか体の内側から元気が出てきた。

あっという間に完食。食べ終わったお皿を配膳口まで返却しに行くと、店員のお姉様から「あら〜、綺麗に食べてくださって嬉しいわあ。ありがとうねえ。」とお褒めの言葉をいただいた。

思えば、誰かに褒められることなんて久々だった。知り合いのいない北関東の山奥で、初めて誰かに認められて、生きていていいんだと思わせられた瞬間だった。

店を出ると、満腹の身に5月の夜風が心地よく感じた。暗い山奥の田舎道を、店の明かりが優しく照らしていた。

それから、仕事で嫌なことがあるとこのドライブインに足を運んだ。
どの定食もかなり量が多いのだが、不思議と楽々完食出来た。完食する度に、お姉様はとても喜んで下さり、沢山褒めて下さった。丼茶碗一杯分、いや、それ以上に自尊心を満たしてくれた。

しかし、暫く足が遠のいていた11月末に閉店してしまった。店の前には「年を取り過ぎた私達に限界が訪れたようでございます。」との知らせが貼られていた。
ロースかつも唐揚げも生姜焼きも、全部美味しかったなあ。お腹と心を沢山満たして下さってありがとうございました。直接お礼を言えずに終わってしまったので、このnoteに感謝の気持ちを記しておこうと思う。

いつまでも私の心の中に、古びたドライブインのあたたかい明かりが灯っていることだろう。

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